第十話 煙の上がる村
煙は、ラトム村の方から上がっていた。
近づくほどに、焦げた匂いが強くなる。
俺は道の脇に身を寄せた。
ノエルも、俺の後ろで足を止める。
「アレン?」
「静かに」
声を低くして、俺は木の陰から村の方を見た。
ラトム村は、ルーエ村より少し小さいくらいだった。
家は十軒ちょっと。低い柵に囲まれていて、中央に広場がある。畑は村の外側に広がっているが、その一部が踏み荒らされていた。
煙は、村の端にある小屋から上がっている。
火は大きくない。けれど放っておけば家に燃え移りそうだった。
そして、広場には村人たちが集められていた。
男も女も、子供もいる。
みんな膝をつかされ、何人かは手を縛られていた。
その周りを、武器を持った男たちが囲んでいる。
革の鎧。汚れた上着。腰に短剣や斧。
冒険者には見えない。
「野盗……か?」
小さく呟いた。
「どうするの?」
ノエルが聞いた。
俺はすぐには答えられなかった。
どうする。
相手は十人近くいる。
こっちは俺とノエルだけだ。
ノエルの魔法は強い。でも、本人もまだ怖がっている。
村人の一人が、野盗に蹴られた。
年配の男だった。
倒れたところを、別の野盗が笑う。
「おい、まだ隠してんだろ。食い物でも金でもいい。出さねえと次は家に火をつけるぞ」
「もう出した……本当に、もう何も」
「ちっ。しょっぼい村だな。じゃああんたの命でも貰っていくか」
野盗が男の胸ぐらを掴んだ。
俺の中で、何かが切れた。
「……あいつら」
「アレン」
「ノエルはここにいて」
「でも」
「もし危なくなっても、火は使うな。家が燃えたらまずい。できる?」
ノエルは少しだけ迷ってから、うなずいた。
「たぶん」
俺は剣を抜いて木の陰から飛び出した。
広場の外側にいた野盗が、俺に気づく。
「あ? なんだ、まだガキが残ってたか」
俺は息を吸って、剣を構えた。
「その人たちを離せ」
一瞬、広場が静かになった。
次の瞬間、野盗たちが笑い出した。
「聞いたかよ。ガキが英雄ごっこだと」
「剣なんか持ってるぞ。どこかの坊ちゃんか?」
「おいおい、怪我する前に武器を捨てろ」
笑われた。
たぶん、顔が熱くなっていたと思う。
けれど、逃げるわけにはいかなかった。
「だまれ。その人たちを離せ」
野盗の一人が舌打ちした。
「うるせえな」
斧を持った男が、こっちへ歩いてくる。
でかい。
背はダリオさんほどじゃないけど、腕が太い。斧の刃は錆びているが、当たれば普通に死ぬよな。
男が斧を振り上げた。
「後悔すんなよ、ガキ!」
半歩横へかわすと、斧が地面を叩いた。
今だ。
俺は剣の腹で、男の手首を思いきり叩いた。
「ぐあっ!」
男が斧を落としたから、そのまま膝を蹴る。
男は体勢を崩して、地面に倒れた。
「なっ……」
周りの野盗たちの笑いが止まった。
「このガキ!」
二人目が短剣を抜いて走ってくる。
こいつは素早い。真っすぐ突っ込んでくる。
短剣が横から来た。
俺は剣で受ける。
「っ!」
押される。
相手は大人だ。力が強い。
俺は剣に魔力を込めかけて、すぐに止めた。
駄目だ。
ここで暴れたら、村人に当たるかもしれない。
でも、このままだと押し切られる。
「アレン!」
ノエルの声がした。
風が吹いた。
俺と野盗の間に砂と土が巻き上がる。
「うわっ、なんだ!」
野盗が目を押さえた。
その隙に、俺は足で相手の腹を打った。
「ぐっ……」
男が前のめりになる。
俺は剣の柄で首の後ろを叩いた。
野盗は地面に崩れた。
「助かった!」
俺が叫ぶと、ノエルは少し驚いたような顔をした。
でもすぐ、こくりとうなずいた。
いける。
そう思った瞬間、後ろから怒鳴り声が飛んだ。
「調子に乗んな!」
背中がぞくりとした。
振り向く。
間に合わない。
野盗の一人が、俺の背後に回り込んでいた。
剣が、俺の頭めがけて振り下ろされる。
やばい。
そう思った時、何かが空を切った。
ひゅっ、と小さな音。
剣を持っていた男の手に、短い刃が突き刺さった。
「ぎゃあっ!」
男が剣を落とす。
俺は反射的に飛び退いた。
何が起きたのか、わからなかった。
次の瞬間、上から女の声がした。
「敵がいるのに油断しすぎ。ましてや、背を向けるなんて。まだまだだね坊ちゃん」
俺は声の方を見た。
村の倉庫らしき建物の上に、女がしゃがんでいた。
赤茶色の長い髪。
軽そうな革の上着。
腰には短剣が二本。片手には、さっき投げたのと同じような細いナイフを持っている。
年は、俺よりいくつか上に見える。
笑っているけど、その目は全然笑っていなかった。
「だ、誰だよ、あんた」
「それは、こっちの台詞」
女は屋根から飛び降りた。
「人の村で、何やってんのさ」
野盗の一人が顔を歪めた。
「リ、リザ……!」
「げ」
女――リザは露骨に嫌そうな顔をした。
「名前覚えられてる。最悪」
「てめえ、村を離れてるはずだろ」
「どっから仕入れた情報か知らないけど、残念だったね」
リザは肩をすくめた。
その間にも、目だけは野盗たちの位置を見ている。
隙がない。
村人たちがざわついた。
「リザだ……」
「リザが帰ってきた」
帰ってきた?
俺はその言葉に引っかかった。
リザは、野盗たちの方へ一歩進む。
「で、あんたら。うちの村で何してくれてんの」
野盗が笑う。
「笑わせんな。ここにいたのはいつの話だよ。お前なんか、とっくに村を出た女だろうが」
「出たよ。だから何?」
リザの声が少し低くなった。
「帰ってきちゃいけないなんて、誰が決めたの?」
その瞬間、リザが動いた。
速かった。
俺が一歩踏み出すより早く、リザは野盗の懐に入っていた。
短剣の柄で顎を打ち、足を引っかけて転ばせる。そのまま振り返りながら、別の男の手首を切る。
血が飛んだ。
野盗は武器を落としたけど、傷は深くはない。
この人、強い。
派手なわけじゃない。けど、無駄がない。
「ぼさっとしてんな、坊ちゃん! まだ終わってないよ」
リザが叫ぶ。
「坊ちゃんじゃない!」
「口答えするな! 右のやつ!」
反射的に右を見る。
野盗が一人、村人の方へ走っていた。
人質を取るつもりだ。
「行かせるか!」
俺は走った。
剣に黒紫の光をまとわせる。
でも、斬りすぎるな。殺すな。
俺は野盗の足元を狙った。
刃ではなく、剣の腹で膝の横を打つ。
男が転ぶ。
そこへ、ノエルの風が吹いた。
土埃が舞い、男の視界を奪う。
俺はそのまま男の腕を押さえた。
「動くな!」
「くそっ、離せガキ!」
「お、おい。動くなって!」
暴れられて、腕が抜けそうになる。
その時、リザのナイフが男の顔のすぐ横の地面に刺さった。
男の動きが止まる。
「次はおでこに当たっちゃうかもよ」
リザが言った。
冗談みたいな声だったけど、たぶん本気だった。
男は青ざめて動かなくなった。
残った野盗たちは、形勢が悪いと見たらしい。
「引け!」
「覚えてろよ!」
「覚える価値があればね!」
リザが投げたナイフが、一人の尻に刺さった。
「ぎゃっ!」
「そいつは覚えとく価値はありそうだよ」
野盗たちは村の外へ逃げていく。
追おうとして、俺は足を止めた。
村人がいる。
縛られた人もいる。
火もまだ消えていない。
追いかけるより、今はこっちだ。
「火を消さないと! 水を!」
俺が叫ぶと、村人たちがはっとしたように動き出した。
俺も手伝おうとしたが、リザが俺の肩を掴んだ。
「あんたは怪我人見てな。火は村の連中に任せた方が早い」
「でも」
「でもじゃない。こういう時は、自分が何をできるか考えな」
リザの言い方はきつい。
でも、言っていることはたぶん正しい。
俺は村人の縄を切って回った。
ノエルも一緒にしゃがんで、手が震えている子供のそばにいた。
「大丈夫?」
ノエルが聞く。
子供は泣きながらうなずいた。
ノエルは少し困った顔をして、自分の上着の袖を見た。
俺の上着だ。
袖が長すぎるせいで、手がほとんど隠れている。
ノエルはその袖で、子供の頬についた土をそっと拭いた。
子供は少しだけ泣き止んだ。
それを見て、俺は胸の奥が少しだけあたたかくなった。
やがて火は消えた。
小屋の一部は焦げたけど、家に燃え移ることはなかった。
村人たちはリザの周りに集まっている。
「リザ、帰ってきてたのか」
「兄さんたちは?」
「また無茶して」
「あんた、飯は食べてるの?」
「一度に喋んな!」
リザが顔をしかめる。
「相変わらずうるさい村だね!」
文句を言っているのに、村人たちはどこか安心したように笑っていた。
リザが、今度は俺たちの方を見た。
目が細くなる。
「あんたたち、見ない顔だね」
俺は少し身構えた。
「旅の途中で、煙が見えたんです。それで」
「へえ。旅」
リザは俺の剣を見る。
それから、ノエルを見る。
ノエルは俺の後ろに少し隠れた。
「その子、ずいぶん変わった魔法を使うね」
胸が嫌な感じに鳴った。
見られていた。
「……魔法?」
「とぼけなくていいよ。風の魔法使ってただろ」
リザは腕を組んだ。
「それにあんた。剣に変な色の魔力を乗せてた」
「見てたんですか」
「あたしを誰だと思ってるんだよ」
リザは少しだけ笑った。
でも、その笑みはすぐに消えた。
「で、名前は?」
「アレンです。ルーエ村から来た。この子はノエル」
「アレン? ルーエ……」
リザの表情が、ほんの少し変わった。
「まさか、クロヴィスさんの息子?」
俺は息を呑んだ。
「父さんを知ってるんですか?」
リザはしばらく俺を見ていた。
口の悪そうな顔のまま、目だけが少し違っていた。
昔の何かを見ているような目だった。
「知ってる」
リザは短く言った。
「あたしは昔、あの人に命を拾われた」
村の煙は、まだ空へ細く残っていた。
俺は剣を握ったまま、リザから目を離せなかった。




