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英雄の息子は魔王の娘と旅に出る  〜魔王を討った父の伝説が嘘だったので、僕は彼女を守ることにした〜  作者: 星喰ゆう
第二章 口の悪い女の帰る場所

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第十話 煙の上がる村

 煙は、ラトム村の方から上がっていた。


 近づくほどに、焦げた匂いが強くなる。


 俺は道の脇に身を寄せた。

 ノエルも、俺の後ろで足を止める。


「アレン?」

「静かに」


 声を低くして、俺は木の陰から村の方を見た。

 ラトム村は、ルーエ村より少し小さいくらいだった。


 家は十軒ちょっと。低い柵に囲まれていて、中央に広場がある。畑は村の外側に広がっているが、その一部が踏み荒らされていた。


 煙は、村の端にある小屋から上がっている。

 火は大きくない。けれど放っておけば家に燃え移りそうだった。


 そして、広場には村人たちが集められていた。

 男も女も、子供もいる。


 みんな膝をつかされ、何人かは手を縛られていた。


 その周りを、武器を持った男たちが囲んでいる。

 革の鎧。汚れた上着。腰に短剣や斧。

 冒険者には見えない。


「野盗……か?」

 小さく呟いた。

「どうするの?」

 ノエルが聞いた。


 俺はすぐには答えられなかった。


 どうする。


 相手は十人近くいる。

 こっちは俺とノエルだけだ。

 ノエルの魔法は強い。でも、本人もまだ怖がっている。


 村人の一人が、野盗に蹴られた。

 年配の男だった。

 倒れたところを、別の野盗が笑う。


「おい、まだ隠してんだろ。食い物でも金でもいい。出さねえと次は家に火をつけるぞ」

「もう出した……本当に、もう何も」

「ちっ。しょっぼい村だな。じゃああんたの命でも貰っていくか」


 野盗が男の胸ぐらを掴んだ。

 俺の中で、何かが切れた。


「……あいつら」

「アレン」

「ノエルはここにいて」

「でも」

「もし危なくなっても、火は使うな。家が燃えたらまずい。できる?」

 ノエルは少しだけ迷ってから、うなずいた。

「たぶん」


 俺は剣を抜いて木の陰から飛び出した。

 広場の外側にいた野盗が、俺に気づく。


「あ? なんだ、まだガキが残ってたか」

 俺は息を吸って、剣を構えた。

「その人たちを離せ」

 

 一瞬、広場が静かになった。


 次の瞬間、野盗たちが笑い出した。


「聞いたかよ。ガキが英雄ごっこだと」

「剣なんか持ってるぞ。どこかの坊ちゃんか?」

「おいおい、怪我する前に武器を捨てろ」


 笑われた。


 たぶん、顔が熱くなっていたと思う。

 けれど、逃げるわけにはいかなかった。


「だまれ。その人たちを離せ」

 野盗の一人が舌打ちした。

「うるせえな」


 斧を持った男が、こっちへ歩いてくる。


 でかい。


 背はダリオさんほどじゃないけど、腕が太い。斧の刃は錆びているが、当たれば普通に死ぬよな。


 男が斧を振り上げた。


「後悔すんなよ、ガキ!」


 半歩横へかわすと、斧が地面を叩いた。

 今だ。

 俺は剣の腹で、男の手首を思いきり叩いた。


「ぐあっ!」


 男が斧を落としたから、そのまま膝を蹴る。

 男は体勢を崩して、地面に倒れた。


「なっ……」


 周りの野盗たちの笑いが止まった。


「このガキ!」


 二人目が短剣を抜いて走ってくる。

 こいつは素早い。真っすぐ突っ込んでくる。

 短剣が横から来た。

 俺は剣で受ける。


「っ!」


 押される。

 相手は大人だ。力が強い。


 俺は剣に魔力を込めかけて、すぐに止めた。

 駄目だ。

 ここで暴れたら、村人に当たるかもしれない。

 でも、このままだと押し切られる。


「アレン!」


 ノエルの声がした。

 風が吹いた。

 俺と野盗の間に砂と土が巻き上がる。


「うわっ、なんだ!」


 野盗が目を押さえた。


 その隙に、俺は足で相手の腹を打った。


「ぐっ……」


 男が前のめりになる。


 俺は剣の柄で首の後ろを叩いた。

 野盗は地面に崩れた。


「助かった!」


 俺が叫ぶと、ノエルは少し驚いたような顔をした。

 でもすぐ、こくりとうなずいた。


 いける。


 そう思った瞬間、後ろから怒鳴り声が飛んだ。


「調子に乗んな!」


 背中がぞくりとした。


 振り向く。

 間に合わない。


 野盗の一人が、俺の背後に回り込んでいた。

 剣が、俺の頭めがけて振り下ろされる。


 やばい。


 そう思った時、何かが空を切った。


 ひゅっ、と小さな音。

 剣を持っていた男の手に、短い刃が突き刺さった。


「ぎゃあっ!」


 男が剣を落とす。


 俺は反射的に飛び退いた。


 何が起きたのか、わからなかった。


 次の瞬間、上から女の声がした。


「敵がいるのに油断しすぎ。ましてや、背を向けるなんて。まだまだだね坊ちゃん」


 俺は声の方を見た。


 村の倉庫らしき建物の上に、女がしゃがんでいた。


 赤茶色の長い髪。

 軽そうな革の上着。

 腰には短剣が二本。片手には、さっき投げたのと同じような細いナイフを持っている。

 年は、俺よりいくつか上に見える。

 笑っているけど、その目は全然笑っていなかった。


「だ、誰だよ、あんた」

「それは、こっちの台詞」


 女は屋根から飛び降りた。


「人の村で、何やってんのさ」

 野盗の一人が顔を歪めた。

「リ、リザ……!」

「げ」


 女――リザは露骨に嫌そうな顔をした。


「名前覚えられてる。最悪」

「てめえ、村を離れてるはずだろ」

「どっから仕入れた情報か知らないけど、残念だったね」


 リザは肩をすくめた。

 その間にも、目だけは野盗たちの位置を見ている。


 隙がない。


 村人たちがざわついた。


「リザだ……」

「リザが帰ってきた」


 帰ってきた?

 俺はその言葉に引っかかった。


 リザは、野盗たちの方へ一歩進む。


「で、あんたら。うちの村で何してくれてんの」

 野盗が笑う。

「笑わせんな。ここにいたのはいつの話だよ。お前なんか、とっくに村を出た女だろうが」

「出たよ。だから何?」

 リザの声が少し低くなった。

「帰ってきちゃいけないなんて、誰が決めたの?」


 その瞬間、リザが動いた。


 速かった。


 俺が一歩踏み出すより早く、リザは野盗の懐に入っていた。


 短剣の柄で顎を打ち、足を引っかけて転ばせる。そのまま振り返りながら、別の男の手首を切る。

 血が飛んだ。


 野盗は武器を落としたけど、傷は深くはない。


 この人、強い。


 派手なわけじゃない。けど、無駄がない。


「ぼさっとしてんな、坊ちゃん! まだ終わってないよ」

 リザが叫ぶ。

「坊ちゃんじゃない!」

「口答えするな! 右のやつ!」

 反射的に右を見る。


 野盗が一人、村人の方へ走っていた。

 人質を取るつもりだ。


「行かせるか!」


 俺は走った。


 剣に黒紫の光をまとわせる。

 でも、斬りすぎるな。殺すな。

 俺は野盗の足元を狙った。

 刃ではなく、剣の腹で膝の横を打つ。


 男が転ぶ。


 そこへ、ノエルの風が吹いた。

 土埃が舞い、男の視界を奪う。


 俺はそのまま男の腕を押さえた。


「動くな!」

「くそっ、離せガキ!」

「お、おい。動くなって!」


 暴れられて、腕が抜けそうになる。


 その時、リザのナイフが男の顔のすぐ横の地面に刺さった。

 男の動きが止まる。


「次はおでこに当たっちゃうかもよ」


 リザが言った。


 冗談みたいな声だったけど、たぶん本気だった。


 男は青ざめて動かなくなった。

 残った野盗たちは、形勢が悪いと見たらしい。


「引け!」

「覚えてろよ!」

「覚える価値があればね!」

 リザが投げたナイフが、一人の尻に刺さった。

「ぎゃっ!」

「そいつは覚えとく価値はありそうだよ」


 野盗たちは村の外へ逃げていく。


 追おうとして、俺は足を止めた。

 村人がいる。

 縛られた人もいる。

 火もまだ消えていない。

 追いかけるより、今はこっちだ。


「火を消さないと! 水を!」


 俺が叫ぶと、村人たちがはっとしたように動き出した。

 俺も手伝おうとしたが、リザが俺の肩を掴んだ。


「あんたは怪我人見てな。火は村の連中に任せた方が早い」

「でも」

「でもじゃない。こういう時は、自分が何をできるか考えな」

 リザの言い方はきつい。

 でも、言っていることはたぶん正しい。


 俺は村人の縄を切って回った。

 ノエルも一緒にしゃがんで、手が震えている子供のそばにいた。


「大丈夫?」


 ノエルが聞く。

 子供は泣きながらうなずいた。


 ノエルは少し困った顔をして、自分の上着の袖を見た。

 俺の上着だ。

 袖が長すぎるせいで、手がほとんど隠れている。

 ノエルはその袖で、子供の頬についた土をそっと拭いた。

 子供は少しだけ泣き止んだ。

 それを見て、俺は胸の奥が少しだけあたたかくなった。


 やがて火は消えた。

 小屋の一部は焦げたけど、家に燃え移ることはなかった。


 村人たちはリザの周りに集まっている。


「リザ、帰ってきてたのか」

「兄さんたちは?」

「また無茶して」

「あんた、飯は食べてるの?」

「一度に喋んな!」

 リザが顔をしかめる。

「相変わらずうるさい村だね!」

 文句を言っているのに、村人たちはどこか安心したように笑っていた。


 リザが、今度は俺たちの方を見た。

 目が細くなる。


「あんたたち、見ない顔だね」

 俺は少し身構えた。

「旅の途中で、煙が見えたんです。それで」

「へえ。旅」


 リザは俺の剣を見る。

 それから、ノエルを見る。

 ノエルは俺の後ろに少し隠れた。


「その子、ずいぶん変わった魔法を使うね」


 胸が嫌な感じに鳴った。

 見られていた。


「……魔法?」

「とぼけなくていいよ。風の魔法使ってただろ」

 リザは腕を組んだ。

「それにあんた。剣に変な色の魔力を乗せてた」

「見てたんですか」

「あたしを誰だと思ってるんだよ」


 リザは少しだけ笑った。

 でも、その笑みはすぐに消えた。


「で、名前は?」

「アレンです。ルーエ村から来た。この子はノエル」

「アレン? ルーエ……」

 リザの表情が、ほんの少し変わった。

「まさか、クロヴィスさんの息子?」


 俺は息を呑んだ。


「父さんを知ってるんですか?」


 リザはしばらく俺を見ていた。

 口の悪そうな顔のまま、目だけが少し違っていた。

 昔の何かを見ているような目だった。


「知ってる」


 リザは短く言った。


「あたしは昔、あの人に命を拾われた」


 村の煙は、まだ空へ細く残っていた。

 俺は剣を握ったまま、リザから目を離せなかった。

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