第9話:お茶はやっぱり緑茶に限る
エーデルシュタイン連合王国の最前線「蒼氷の砦」は、
地獄の様相を呈していた。
吹き荒れる呪いの吹雪に、騎士たちの盾は凍りつき、
骸骨兵の軍勢は絶え間なく城壁を削る。
「……くっ、私は……何もできないのか!」
本陣の最奥。ジークヴァルトは、壊滅しかけている防衛線を
水晶に映し出し、唇を噛み切りそうなほど強く噛んでいた。
まだ八歳の少年だ。
初めて間近で見る「本物の死」の臭いに胃の奥がせり上がり、膝の震えが止まらない。
本当は、今すぐにでも逃げ出したい。
「ジークヴァルトよ。歯痒かろう。……だが、その悔しさこそが王の器を磨く」
重厚な足音とともに現れた国王が、
傍らに控える大臣へ静かに、しかし重々しく告げた。
「……大臣。あれを出してもよかろう。我が息子は、その重みに耐えうるはずだ」
「はっ……。ついに、お使いになるのですか」
大臣が捧げ持ってきたのは、眩い光を放つ一本の霊杖。
ジークヴァルトはその神々しさに息を呑んだ。
「それは……伝説の……」
「そうだ。代々の国王と、選ばれし皇太子のみが扱うことを許される至宝。**『プライム・ジュエリー』**だ。ジークヴァルトよ。これを掲げ、我が国の誇りを示せ」
「ジーク、拝承いたします……! 」
杖を両手で握りしめた瞬間、白銀の魔力が爆発的に吹き上がった。
彼はよろめきながらも城壁の頂へと駆け上がった。
眼前を埋め尽くす死霊の軍勢。
彼は目から溢れそうになる涙を、マリアへの執着とプライドで力尽くで押し戻し、傲慢なまでに凛とした声を響かせた。
「――顔を上げなさい! 愚図どもが!」
絶望に俯いていた騎士たちが弾かれたように仰ぎ見る。
そこには、死の霧の中で今にも折れそうなほど細い体で、
燦然と輝く杖を掲げる少年皇太子の姿があった。
「見なさい、この光を! 呪いの霧など、私の愛する世界を汚すには到底足りません! 私はエーデルシュタインの第一皇子、ジークヴァルトである! この私を誰だと思っているのですか!」
八歳の子供特有の万能感と危うさが混ざり合った、無敵の尊大さ。
「私が道を照らしてあげましょう! 貴様らはただ、私の光の後ろをついてくればいいのです! 行きなさい、我が国の宝石たちよ! 泥にまみれることは、この私が……決して許さない!」
「殿下がお立ちになられたぞ! 続けぇぇーッ!」
ジークヴァルトが掲げた『プライム・ジュエリー』の白銀の光は、
一瞬にして戦場の空気を変えた。
だが、多勢に無勢。
相手の陣営には死霊に混じり、不気味な紫の光を帯びた剣を持つ東側の剣士たちがひしめいていた。
彼らが手にするのは、死霊魔導士の呪いによって強化された**「魔剣」**。
魔法障壁を容易に切り裂くその刃は、魔法士主体の連合軍にとって天敵だった。
魔導士の援護を受け、
魔剣士たちが魔法の弾幕を掻いくぐって懐へと攻め込んでくる。
「……っ! 魔法が、防がれる……!?」
至近距離まで肉薄され、ジークの光が届かぬ死角で剣が振るわれる。
魔法士たちの悲鳴が上がり、防衛線が崩壊の危機に瀕した――その時だった。
「――道をあけろ! 弱卒ども!」
紅蓮の旗を掲げ、黒鉄の鎧に身を包んだ騎兵集団が、
猛烈な砂塵を巻き上げて現れた。
先頭を駆けるのは、まだ八歳とは思えぬ覇気を放つ少年、レオ。
彼は愛馬の背で大剣を抜き放ち、戦場を劈く咆哮を上げた。
「これより先は帝国の狩場だ! 腐れ骨ども、俺たちの餌食になりやがれぇッ!」
レオの号令とともに、
帝国軍の精鋭たちが鉄の塊となって死霊の群れに突き刺さる。
魔剣の呪いなどお構いなしに、
圧倒的な質量と膂力で粉砕していく様はまさにスペクタクル。
城壁の上では、ジークヴァルトが『プライム・ジュエリー』を掲げ、
白銀の光で帝国軍の進路を照らす。
「ふん、相変わらず野蛮な登場だな、レオ! ……だが助かりました。私たちが宝石であることを、世界に知らしめてやりましょう!」
光と紅蓮の共演。少年英雄二人が並び立ち、
一時は連合軍が圧倒的な優勢に立ったかに見えた。
……しかし、戦場から少し離れた岩陰。
そこには、戦火の熱気とは無縁の「異空間」があった。
(……わぁ、すごい迫力。レオ君、あんなに叫んで喉枯れないかしら。ジーク君もピカピカ光って、まるで人間提灯ね。若いっていいわねぇ……)
あおいは、戦場の「三センチの死角」に腰を下ろし、
持参したマカロンをポリッと齧った。
(……甘いわね。やっぱりこの紅茶じゃ物足りないわ。……ごくり。ふぅ。……やっぱり、お茶は緑茶に限るわよね。……って、私まだ八歳(中身は十五歳)なのに。味覚だけは完全にお年寄り。少女として、ちょっと問題あるわよね、これ)
独り言を呟きながら、あおいの瞳は冷徹に戦場を俯瞰していた。
レオが斬り伏せ、ジークが焼き払うが、敵の数は減るどころか増えている。
地面から這い出す死霊のスピードが、明らかに異常だった。
(……おかしいわね。あの二人、派手に暴れてるけど、結局は手のひらの上で踊らされてるわ。蛇の頭を叩かなきゃ、朝までかかっても終わらないわよ、これ)
あおいは最後の一口を飲み込み、視線を戦場の最奥へと向けた。
数万の死霊を操る魔力。その巨大な供給源となっている「歪み」を探す。
(……いた。あそこね)
うごめく死霊たちの遥か後方。
周囲の魔導士たちとは、纏っている「闇の密度」が違う。
たった一人で戦場全体の呪いを制御している、圧倒的な魔力の持ち主。
(……あの杖、禍々しいわね。あそこが裏ボスってわけね)
あおいは、ゆっくりとなぎなたを手に取った。
お年寄りな味覚の少女が、その「若すぎる英雄たち」の光を守るために。
「……よし。お茶の続きは、あいつも片付けてからにするわ」
音もなく立ち上がったあおいの影が、戦場の闇に溶けていった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
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