第8話:決闘の延期と、少年の背中
大講堂を包んでいた喧騒が、一瞬で凍りついた。
伝令兵の叫び声は、ジークヴァルトの誇り高き横顔を絶望の色に染め変えていく。
「……何だと? 我が連合王国の国境が……突破されただと?」
ジークの手から、決闘の証であった白手袋が力なくこぼれ落ちた。
先ほどまでの尊大な態度は影を潜め、眼鏡の奥の瞳が、
八歳の子供らしい動揺で激しく揺れる。
「そんなはずはない! 不可侵条約は……我が国の魔導防壁は鉄壁のはずだ! どこの軍だ、どこの国が攻めてきたと言っている!」
「わ、わかりません! 紋章は見たこともない黒い旗……。ですが、先遣隊からの報告によれば、軍を率いているのは――かつて追放されたはずの『死霊魔導師』の残党だと!」
その言葉を聞いた瞬間、レオが身を乗り出した。
「死霊魔導師……。昨日の悪魔と根っこは同じか。ジーク、ぼさっとするな! 迷っている暇はないぞ!」
ジークヴァルトは震える脚を叱咤するように一歩踏み出し、
私を鋭く睨みつけた。
「 ……アステリア。決闘はお預けだ。今の報告を聞いて確信した。お前の国は地理的に我が国と隣接している……。この混乱に乗じていないという保証はどこにもない。……今の貴様は、私にとって『敵』か、あるいは『監視対象』でしかないからな!」
(……そりゃそうなるわよね。ジーク君からすれば、最高の容疑者だもの)
ジークヴァルトは翻り、駆け出す直前――、
不安げに立ち尽くす聖女マリアの前でピタリと足を止めた。
彼は一瞬だけ、八歳の少年に戻ったような顔をしたが、
すぐに無理やり尊大な不敵な笑みを作ってみせた。
「マリア殿。……貴女が選んだ『石ころ』が震えている間に、私がその数倍の輝きを持つ本物の『宝石』であることを、戦場にて証明して差し上げましょう。次に会う時、貴女の隣に立つのは、この私だ!」
キザな台詞を残し、
ジークヴァルトは風を切って走り去った。
マリアが唖然とする間もなく、レオもまた、自国の援軍を要請するために伝令室へと向かう。
「待て、二人とも! 一人じゃ危ない、ボクも――」
「来るな、アステリア!」
レオが足を止め、見たこともないほど険しい表情で私を拒絶した。
「お前はここにいろ。……戦場にお前のような足手まといを連れていく余裕はないんだ。……わかったら、おとなしくマカロンでも食ってろ!」
二人の背中が、学園の門を抜けて遠ざかっていく。
あとに残されたのは、私と、不安げな表情を浮かべる聖女マリアだけだった。
(……マカロンでも食ってろ、か。いいわね、安全な檻の中で震えてるだけなら、どんなに楽か)
ふと、脳裏に前世の記憶が蘇る。
竹刀の音、床の冷たさ、そして厳しいあの声。
『如月。友達の家が燃えているときに、隣で芋を焼いているような薄情者にはなるな。武道の道に生きるなら、その足は逃げるためではなく、踏み込むために使え』
(……田中先生。転生してまで、あなたの小言が脳内に直接響くなんてね。鬼軍曹の教育、恐るべしだわ)
私は、アステリア皇子の仮面を脱ぎ捨てるように、ふっと口角を上げた。
「マリア様、ごめんなさい。ボク、ちょっとマカロンを買い足しに行ってきます」
「ええっ!? アステリア様、この状況で……?」
「ええ。……とびきり激辛のやつを、不法侵入者たちに届けにね」
私はマリアの制止を振り切り、寮へと走った。
精霊王の魔法で姿を変え、なぎなたを手に取れば、
そこにはもう「お飾り皇子」はいない。
その夜、学園から三つの影が消えた。
二人の若き英雄と、それを闇から支える「見えない守護者」――キサラギ。
八歳の子供たちの、本当の戦いが幕を開けようとしていた。
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