第5話:マカロンの代償は「闇の使い」
翌朝、聖アルカディア学園は重苦しい静寂に包まれていた。
王族や有力貴族の子女が集うこの場所では、騒ぎ立てる者はいない。
だが、冷ややかな空気の中で、毒を含んだ噂が囁きとなって廊下を這っていた。
「聞いた? 昨夜の城下町の事件。帝国のレオ皇子の目の前で、人攫いが出たんですって」
「ええ。でも本当に恐ろしいのはその後よ……。犯人たちは、骨をバラバラにされ、物言わぬ肉塊のように積み上げられていたそうよ」
「助けられた令嬢は感謝しているそうだけど……あれは聖女なんてものじゃないわ。あれは、**『闇の使い』**よ」
私は「第一皇子アステリア」の仮面を被り、優雅に廊下を歩く。
だが、耳に飛び込んでくる言葉に、胃のあたりがキリキリと痛んだ。
(バラバラにしてない! 田中先生に教わった通り、関節を外してスイッチを切っただけよ!)
そこへ、背後から低く、這い寄るような声が響いた。
「……アステリア。昨夜、街に現れた『闇』の噂を聞いたか」
レオだ。いつもの猛々しさは消え、
その瞳には獲物を追う猟犬のような鋭い光が宿っている。
「闇、ですか? いいえ、何のことでしょう。ボクは昨夜、寮で早めに休みましたが」
私は努めて平然と、首をかしげて見せた。
するとレオは顔を近づけ、忌々しそうに、だが熱を帯びた声で説明を始めた。
「昨夜、俺の目の前で人攫いが出た。だが、俺が追いつく前に――一人の女が、盗賊どもを影のように全滅させたのだ。キサラギ、と名乗ったその女は、まるで呼吸をするように人の関節を断ち、闇に溶けるように消えた」
レオは、自分の指先をじっと見つめている。
「……あれは災厄の種だ。今はたまたま盗賊を狩ったが、次は誰に向けられるか分からん。人間が御せる殺意ではなかった。アステリア、お前、その名に心当たりはないか?」
(……地獄を語る災厄扱い!? 私はただ、マカロンを台無しにされた怒りで、ついおばあちゃんの殺意が出ちゃっただけなのに!)
「キサラギ……。珍しい響きですが、あいにく存じませんね。そんな恐ろしい方が、本当にいるのでしょうか?」
「……いや、絶対にいる。俺はこの首筋に、あいつの氷のような息吹を感じたんだ」
レオの執念は、感謝よりも
「得体の知れない強者への警戒と執着」に振り切れていた。
そこへ、学園の憲兵に連れられた一人の少女が通りかかる。
昨日、私が助けた少女だ。
彼女は私と目が合うと、恐怖に震えながらも、すがるような視線を向けてきた。
「……アステリア皇子、殿下。……私を助けてくれたあの方は、『殿下の使い』だと仰っていました。……あの方は、本当に、悪魔、なのですか……?」
少女の震える問いが、静かな廊下に響く。
(……えっ、私、殿下の使いなんて一言も言ってないわよ!? 勝手に設定盛られてる!?)
周囲の貴族たちの視線が一斉に私に集まった。
レオの視線が、さらに鋭く私の顔に突き刺さる。
(田中先生、おばあちゃん……助けて。今こそ、人生最大の『死角』に逃げ込みたい……!)
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
長編ファンタジーも書いてます。
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