第4話:死角の乙女と、台無しにされた女子会
鏡の中にいたのは、
凛々しい銀髪の皇子ではない。
栗色の柔らかな髪。
新緑のような瞳。
そして、ずっと着てみたかった、
ふんわりとしたワンピース姿の「私」だ。
精霊王から授かった魔法で外見を変えたこの姿なら、誰にもアステリアだとはバレない。
「よし。……可愛い。完璧に女の子だ。……いける!」
私は寮の窓から音もなく着地し、
念願の城下町へと繰り出した。
目的地は、女子生徒たちが口を揃えて
「天国の味」と称賛する、限定マカロンのお店だ。
(今日こそ、正面からお店に入って、普通に注文して、女の子たちの輪の中で『おいしいね』って微笑み合うのよ。死角からじゃなく、光り輝く青春のど真ん中で!)
だが。
いざ店の前に着くと、華やかな女子たちの笑い声が耳に飛び込んできた。
その瞬間、私の心臓が「敵襲!」と
勘違いするほどの速度で脈打ち始める。
(ま、眩しい……! あんな眩光の中に入ったら、キノコの私は蒸発しちゃう……!)
気づけば、身体が勝手に動いていた。
おばあちゃんの『周囲の視線を意識の端へ受け流せ』という教えが、乙女の決意を無慈悲に上書きする。
一歩、二歩。私は誰にも気づかれることなく、行列の隙間を縫うように歩き――気づけば店の一番奥、観葉植物の巨大な鉢植えが作る**「完璧な死角」**に、音もなく収まっていた。
「……あ。またやっちゃった」
手元には、いつの間にか注文して受け取っていたマカロン。
隣のテーブルでは、同じクラスの女子たちが楽しそうにお喋りしているが、彼女たちの視界に私は一ミリも入っていない。
(……ま、いいわ。聞こえてくる会話に合わせて、心の中で相槌を打てば、これも立派な女子会よ!)
私は幸せを噛みしめるように、
マカロンを一口かじった。
「……ふにゃぁ。……おいひい……」
皇子姿では絶対に出せない、情けないほど蕩けた声が漏れる。
「――おい。そこに隠れているのは誰だ」
不意に背後から響いた、
場違いに野太い声。
振り返ると、
そこには私服姿の帝国の皇子、
レオが立っていた。
(げえぇぇっ! 脳筋レオ!? なんでこんな所に……っ!)
「……何よ。私はただの、地味な通りすがりの女の子よ」
「嘘をつけ。お前の座り方、腰の据わり方……ただの女じゃねぇ。どこかで会った気配がする」
レオは野性の嗅覚で、私の「栗髪の美少女」という外見ではなく、その内側に潜む「磨き抜かれた武人の気配」を嗅ぎ取っていた。
田中先生に**『如月、座っていても隙を見せるな。常に自然体で構えておけ』**と仕込まれた結果、リラックスしているつもりでも、私の姿勢は「完璧な応じわざ」が可能な状態になっていたのだ。
そこへ、さらに最悪なことに、
東側連合王国のジークヴァルトが通りかかる。
「やれやれ、帝国の皇子ともあろう者が、そんな……気配すら薄い、村娘のような地味な女を追い回すとは。西側の美意識は、もはや床下のキノコ並みですな」
ジークヴァルトの嘲笑。レオの熱視線。
八歳の子供たちらしい、
騒がしくも平和な光景。
……それが塗り替えられたのは、その直後だった。
「……アハッ! 運がいい。こんな上物が、護衛もつけずに茶をしばいてやがる」
粘りつくような声とともに、
カフェの空気が凍りついた。
現れたのは、人攫い専門の盗賊団。
彼らは一瞬の隙を突き、
私の隣のテーブルで震えていた少女を、
汚れた手で掴み上げた。
「レオ皇子の前だぞ! 貴様ら、その汚い手を離せ!」
「下郎め、やはり西側は民度が低い、全員捕らえろ!」
レオとジークヴァルトが即座に動く。
だが、盗賊の首領は
少女の喉元にナイフを突き立て、あざ笑った。
「動くなよ、坊主ども。……へっ、いくら血筋が良くてもガキはガキだ。殺気と魔力がダダ漏れなんだよ。……おい、ずらかるぞ!」
投げ込まれた煙幕。混乱と悲鳴。
レオたちは、霧の中に消えた
「見える足跡」を必死に追いかけていった。
だが、それが誘い込みであることに、
彼らは気づいていない。
(田中先生が言ってた。**『焦りは目線を狭くする。見える獲物だけを追う奴は、見えない罠に嵌るぞ』**って。……二人とも、完全に見失ってるじゃない)
***
薄暗い裏路地。盗賊たちは、足を止めた。
「……ヒヒッ、チョロいもんだ。西側の英雄(笑)も、これじゃ先が知れてるな」
少女を抱えた男が、勝利を確信して笑う。
だが、その笑いは不自然に止まった。
「……? おい、どうした」
一人が仲間に声をかける。返事はない。
そこには、先刻まで笑っていた男の姿が、
影も形もなく消えていた。
悲鳴も、争った音もない。
ただ、男が立っていた場所に、
食べかけのマカロンが一つ、ぽつんと置かれているだけ。
「な、なんだ……? どこに行った!?」
残った盗賊たちが背中を合わせる。
だが、
彼らの視界にはレンガの壁しか映らない。
なのに、誰かに見られている。
頭上ではない。足元でもない。
目の前にいるはずなのに、認識できない。
自分たちが最も注意を払っている場所――
その「三センチ」隣の死角を、何かが音もなく並走している。
「ひっ……! 誰だ、そこにいるのは!」
恐怖に駆られた一人が、
虚空に向けてナイフを振り回した。
その瞬間、男の視界の端で、
さらさらとした栗色の髪がふわりと揺れた。
おばあちゃんの声が、静かに脳内で響く。
『恐怖は、相手が「何に襲われているか」を
理解する前に終わらせるのが情けだよ』
私は、まだ何も気づいていない盗賊の首領の背後に、影のように張り付いた。
彼がどれほど首を振っても、
私は常に彼の後頭部に密着し、
その「死角」に存在し続ける。
「……マカロンの恨みは、地獄より深いって、おばあちゃんが言ってたよ」
男の耳元で囁いた私の声は、
甘いお菓子の匂いと、氷のような殺意に満ちていた。
悲鳴を上げる暇も与えない。
私はなぎなたの「スネ当て」を狙う要領で、
手に持っていた硬いマカロンの箱を、
首領の弁慶の泣き所に叩き込んだ。
「が、はぁっ……!?」
最強の「スネ粉砕」を喰らった男が、
声にならない絶叫を上げて崩れ落ちる。
私はその隙に、震える少女を優しく抱き寄せた。
「もう大丈夫。……私の名前? 私は……キサラギ。ただの、キノコ好きの女の子よ」
後から駆けつけた
レオとジークヴァルトが目にしたのは、
無傷で解放された少女と、
悶絶して転がる盗賊たちだけだった。
「……おい、あの女はどうした!」
「わ、わからない。キサラギ、という名前を呟いて……空気に溶けるように消えたんです……」
少女の言葉に、レオの目がギラリと光る。
(……いけない。名前、うっかり名乗っちゃった。でも、マカロンを台無しにされた怒りで、つい……!)
私は建物の屋根を跳ねながら、
寮へと急いだ。
明日から、学園生活がさらに
面倒なことになるとも知らずに。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
長編ファンタジーも書いてます。
宜しくお願い致します。




