最終話:拝啓おばあちゃん、私、異世界の顧問になりました
真っ二つに割れた魔王城。
吹き抜けになった玉座の間には、夜風が吹き込み、
瓦礫の山と化した中に魔王は消えた。
「……魔王さん。どうせ、まだ息はあるのでしょう?」
< ガラガラガラ >
瓦礫が音を立てて崩れていく。
そこから歩み出たのは、驚くほど「あの日のまま」の男だった。
無駄な装飾を削ぎ落とした、灰色の質素な麻の衣。
腰には使い込まれた黒檀のなぎなたを佩き、鋭い眼光を放っている。
白髪混じりの短髪も、眉間の深い皺も、
あおいたちが毎日道場で見ていた田中先生そのものだ。
「「た、田中先生……っ!!!」」
あおいとかをるの絶決が、異世界の夜空に響き渡った。
「先生、先生が魔王だったなんて……!」
あおいの問いに、田中先生は「ふん」、と鼻で笑った。
そして、現役時代さながらの「長い説教」が始まった。
「……ワシもな、数十年前はこの世界に呼ばれた**『勇者』**だったのだ。そして当時の魔王を、このなぎなたで討ち果たした。だが、それが間違いだった」
先生は、自分の掌に浮かび上がる黒い紋章を見せながら、
とうとうと語り続ける。
「この世界の魔王は交代制なのだ」
「えぇ?なにそれ?日直じゃあるまいし」
かをるが、素っ頓狂な声を上げた。
「先代を倒した者が、その瞬間から次の魔王として、**『世界の力の天秤を調整するバランサー』**という役割を引き継がされる。一方が突出して増長すれば、魔王がその牙を削りに行く。逆に弱りすぎれば、適度な試練を与えて奮起させる」
先生は黒い壁に白い白墨で図を描き始めた。
あの頃の懐かしい授業を聞いているようだ。
「そうやって、理不尽な世界が破綻せぬよう憎まれ役を買って出て『調整』し続けるのが魔王の正体だ。ワシはただ、この国の連中があまりに礼儀を知らんのが我慢ならんでな」
「出た!礼儀の話!」
あおいと、かをるが顔を見合わせた。
あおいの部活でもそうだった。
礼儀をわきまえない生徒がいると先生は2時間も説教が続く。
「当時の勇者として、そして魔王として礼節を叩き込んでいたら、いつの間にかこう呼ばれるようになっただけだ」
(……な、長い。異世界に来てまで、先生の長話を聞くことになるなんて……)
あおいは気が遠くなりながらも、
その「説教」の心地よさに、思わず涙をこぼした。
レオとジークは、
あまりの気圧され方に口を挟むことすらできない。
「だが、ワシはもう限界だ。……次は、お前の番だ、あおい。安心しろ、今回はお前一人じゃない。王の慈悲を持つレオ、知恵を持つジーク、そして圧倒的な武を持つかをる。四人で一つの『新魔王』として、この世界の均衡を、如月流の礼節をもって整えてみせろ」
先生の体が、眩い光の粒子となって薄れていく。
「あおい、仕上げだ。合格を認める。……ワシはようやく、引退して温泉三昧だ。……小僧ども、あおいを支えてやれよ。さもなくば、夢枕に立って稽古をつけてやるからな」
田中先生は、最後に一度だけ満足げに笑い、
あおいたちが知っているあの厳しい表情のまま、
オーロラの彼方へと消えていった。
エピローグ
拝啓、おばあちゃん。
おばあちゃん、驚かないで聞いてね。
私、あのあと死んじゃって、なんと異世界に転生しちゃいました。
今はアステリアっていう皇子……あ、女の子だったんですけど、
今はこっちの世界の「魔王」なんていう、
とんでもない役職に就いて元気にやってます。
魔王って言っても、悪いことをするんじゃなくて、
世界のバランスを整える「バランサー」っていう、
いわば巨大な組織の顧問みたいな仕事です。
田中先生――覚えてる? あの話が長くなぎなた部の顧問。
彼もこっちに来てて、私にこの仕事を押し付けて、温泉に逃げちゃったの。
でもね、おばあちゃん。
私、こっちでもやっていけそうだよ。
かつての敵だった皇子様や、魔法使いの男の子、
そして後輩のかをるちゃんまで、今はみんな私の「役員」として支えてくれています。
「理事長! 東の王国が軍備を拡大しています。調整が必要です!」
「あおい、準備はできているよ」
「先輩、如月流の『指導』、いつ行きますか?」
今、みんなの声が聞こえたわ。
あのおばあちゃんの地獄のようなスパルタ特訓に比べれば、
世界の調整なんて、放課後の延長みたいなものかもしれないね。
おばあちゃんが教えてくれた、如月流の「礼節」と「三センチの間合い」。
それがあれば、どんな異世界でも私は負けません。
いつかまた会える日まで、こっちの世界をきっちり「指導」してくるね。
それじゃあ、行ってきます。
――あおいはペンを置くと、窓の外の地平線を見つめ、
なぎなたを手に取った。
「……よし、行くわよ。如月流・特別指導の時間よ!」
表面は恐るべき世界のバランサー。
内面は、仲間を愛する熱血顧問。
不老の魂を胸に、彼女たちの「部活動」は、これからも続いていく。
(完)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
初めてのハイファンタジー向けの作品でしたが、
何とか最後までたどり着くことができました。
また、定期的に、これぐらいの長さの作品を配信していきます。
お時間があれば、長編作品も書いていますので、お楽しみくださいね。




