第2話:精霊の迷宮と、一振りのなぎなた
五歳のあの日から、
私の生活はさらに「可愛さ」から遠ざかっていった。
お披露目の儀で
暗殺者を一撃で沈めたせいで、
騎士団長が私の「剣の才能」に狂信的な
期待を寄せるようになったからだ。
「……殿下、今の足捌き。もしや地脈の力を利用されたのですか?」
「いえ、ただの送り足です」
「なんと……基礎の中に究極の理を秘めておられるとは!」
違う。
本当におばあちゃんに「畳の目を見て歩け! 隙を見せるのは、他人に死ねと言うのと同じだと思え!」って正座で三時間説教されただけなんだってば。
私にとっては「地味で当たり前」の基礎だが、この世界では「失われた神技」か何かに見えるらしい。心外すぎる。
(田中先生も言ってたっけ。『如月、基本を舐めるな。お前の送り足一歩に、相手の生死が懸かってると思え』……。まさか異世界で、一歩踏み出すたびに歴史が動くとは思わなかったよ)
そんな「最強皇子」としての重圧に耐え続け、私は七歳になった。
夏。妹のナタリーと、辺境伯の領地へ避暑に訪れた時のことだ。
「お兄様、見てください! お花がとっても綺麗です!」
「そうだね、ナタリー。……ん?」
花冠を作ってはしゃぐナタリーの隣で、私は妙な「音」を拾った。
風の音に混じって聞こえる、細い悲鳴。
(……無視。無視してマカロンのこと考えよ。……あー、でも気になる。おばあちゃんによく言われたっけ。『弱い者の泣き声を聞いて足を止める度胸がないなら、なぎなたなんて置いちまえ』って)
染み付いたお節介はおばあちゃんの教育の賜物か。
私は溜息をついた。
「ナタリー、ちょっと様子を見てくる。そこで待ってて」
茂みをかき分け、踏み込んだ瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
気づけば私は、大気が魔力で淀んだ迷宮の中にいた。
目の前には本で読んだことがあるゴブリンの群れ。
護身用の短い剣では間合いが近すぎて、私の技術が死ぬ。
「あー、もう! せめてあと1メートル長ければ……ッ!」
その切実な願いに応えるように、
迷宮にいた精霊たちが私の剣に飛び込んできた。
光が収まったとき、私の手には「それ」があった。
緩やかな曲線を描く、鋭い刃。
しなやかで強靭な、白木の柄。
前世で共に汗を流した、私の、私だけの相棒。
「……なぎなた」
そこからは、もはや作業だった。
理想の武器を手にした私は、おばあちゃんの指導を思い出しながら魔物を一掃した。
**「しかけ・応じわざ」の要領で魔物の首を刈り、なぎなた競技特有の「スネ(膝下)」**を正確に薙ぎ払って姿勢を崩す。
圧倒的な長さと円の旋回を活かした蹂躙。
そうして迷宮の奥で救い出したのは、
風を纏った絶世の美女、精霊王だった。
彼女はクスクスと笑った。
「見事な舞だったわ。……でも、そんなに窮屈な『殻』を被って、苦しくはないかしら? 可愛いお姫様」
心臓が跳ね上がった。
八年間、ずっと一人で抱えてきた「本当の自分」を言い当てられたのは、初めてだった。
「……お願いです。私が女の子だっていうことも、ここで無双したことも、全部内緒にしてください。私、地味に生きたいんです。本当は引きこもってマカロン食べていたいだけなんです」
「ふふ、面白い子。いいわ、あなたの望み通り『地味』なまま帰してあげる。その武器も、普段は短剣に見えるようにしておいたわよ。それに……そうね、おまけの魔法をあげる」
彼女は私の額に触れた。
「いつかあなたが『自分』に戻りたくなったとき、役に立つ魔法よ」
数分後、森を抜けた私を待っていたのは、捜索隊の軍勢と、一週間も私を探し続けて憔悴した両親、そして泣き腫らしたナタリーだった。
「お、お、お兄様ぁぁぁあああ!!」
(……一週間!? 森で過ごしたのは数時間のつもりだったのに)
「殿下! 一体どこへ……その、全身から漂う神々しい気配は……!」
「あ、これ? ……なんか、穴に落ちて寝てただけです。この短剣は、落ちてた骨董品です。魔力? 穴にいた変な虫に刺されたせいじゃないですかね?」
必死の隠蔽工作。
私は「なぎなた」と「女の子である自分」を知る唯一の味方を得て、また「地味で根暗な皇子」のフリをして生活することに決めたのだ。
……そう、学園に入るまでは。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
長編ファンタジーも書いてます。
宜しくお願い致します。




