第18話:魔王城からの館内放送(エー、マイクテスト)
北の大国、その国境を越えた先。
永久氷壁の連峰が天を突き、夜空には巨大な魔力のオーロラが揺らめいている。
レオたちが警戒しながら足を踏み入れたその村は、
幻想的な風景と、彼らの予想を根底から覆す異様な「清潔感」に満ちていた。
「……なに、これ……」
あおいは絶句した。
石造りの美しい家々の窓辺には、
魔力を帯びて淡く光る季節外れの花々が飾られている。
道は魔法で磨かれたかのように一点の塵もなく掃き清められていた。
広場では、角を持つ魔物の子供と、透き通るような肌の間の子供が、
魔法の光球を追いかけて一緒になって笑っている。
道行く人々――鱗を持つ亜人も、尖った耳のエルフも――皆、
穏やかな表情で会釈を交わしていた。
東西諸国で語られる、
血と硝煙に塗れた「恐怖の魔王領」の面影など、どこにもない。
「こんな幸せそうな村、我が国でもありえない。……魔王とは、それほどまでの統治者なのか」
ジークヴァルトが、浮遊する魔導灯に見惚れながら呟いた。
「だが、俺の国は滅ぼされた」
レオが低く、苦々しく吐き捨てる。
「そ、そうだな。すまん」
「いや、そんなつもりじゃない。気にするなジーク」
レオは、眼前に広がるあまりにも平和な「敵地」の光景に、
憎しみの置き所を見失っていた。
ふと、一行の先頭を歩いていたユリア(かをる)が、
広場の中央にそびえる白亜の石碑の前で凍りついた。
「先輩……っ! これ、見てください!」
駆け寄ったあおいが目にしたのは、石碑の頂点に刻まれた、
二本の木が三日月を囲むような図案。
「これ……私たちの、『如月中学校』の校章じゃない……!」
二人は顔を見合わせた。
あおいが3年生だった時、かをるは1年生。
同じなぎなた部の先輩・後輩として、
毎日ジャージの胸に付けていたあのマークだ。
「なんで……? なんでこんなところに、学校のマークがあるの?」
かをるの震える声に、あおいは返事ができなかった。
異様なまでに統制の取れた、それでいて温かい村の空気。
それは、かつて自分たちが道場で叩き込まれた「礼節」そのものだった。
違和感。
それはここから、加速していく。
「お風呂は、こちらです」
案内された旅籠は、外見こそ立派な中世風の石造りだったが、
中に入ると不思議な既視感があった。
床はワックスがけされたかのように光り、受付には「土足厳禁」の札が。
「え、風呂? そんなのあるんですか?」
かをるが目を剥く。
この世界には風呂という文化はほぼない。
王宮にさえ、魔法で温めた水を使う簡単なシャワーがある程度なのだ。
脱衣所へ向かうと、赤い暖簾に「ゆ」の文字が揺れていた。
「せ、先輩……」
また、かをるが見つけたらしい。
< !!!! >
なんと木製の冷蔵庫の中に、
瓶のコーヒー牛乳が整然と並べられて売っていた。
「ちょっと、魔王はどこまでこの世界で遊んでるのよ……」
あおいは額を押さえた。
男子風呂の方からは、ジークとレオの驚愕の声が響いてくる。
無理もない。
そこには魔導具で作られた「全自動揉みほぐし椅子(マッサージ機)」が鎮座していたのだ。
夕食に出されたのは、木のプレートに乗ったハンバーグ定食。
デミグラスソースの香りは、こちらの世界に来て初めて味わう、
魂に刻まれた懐かしい味だった。
あおいとかをるは、何も言わず、
涙を流しながらふっくらと炊かれた白米をかきこんだ。
「ねぇ、かをるちゃん。北の魔国を治める魔王って……やっぱり、あっちの世界の人間よね」
「はい、先輩もそう思いますか?」
「もし、そうだったら……私、ちゃんと戦えるかしら?」
かをるも同じことを考えていたらしい。
彼女は深く頷きながら、デザートに出された
「いちごシロップのかき氷」を一口、大切そうに含んだ。
「おい、お前ら、何を訳の分からないことばかり言っている。俺たちは東西諸国の代表として来ているんだぞ」
「それもそうね。私、頑張るわ。……でも、魔王って、本当に悪い人なのかしら?」
空に浮かぶ二つの月が、静かに村を照らしている。
その時。
天を劈く音が降り注ぎ、
夜空に紫黒色の「亀裂」が……走ることはなかった。
代わりに、旅籠の天井の隅にある魔導スピーカーから、
ガリガリとノイズが混じった「館内放送」らしき音が響き渡った。
雷のようなSE(効果音)の後に、重々しくも
どこか聞き慣れた話し方の男の声が、アナウンスを始めた。
『――エー、来い、強者ども。魔王城へ来い。繰り返す、強者ども……』
その不遜な声。独特の間の取り方。
あおいとかをるは、同時にある人物――全校集会で
マイクを叩いていたあの男の面影を思い出し、背筋に強烈な戦慄が走った。
「……行きましょう、レオ。全部、あの城のてっぺんでハッキリさせてやるわ」
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