第17話:如月流、継承の果てに。先輩と後輩の再会
嵐の後の静寂。旧校舎の屋上で、
ユリア(かをる)はあおいにしがみついたまま、
溢れ出す想いをぶつけるように言葉を繋いだ。
「あおい先輩がいなくなって、私、心にぽっかり穴が開いたみたいで……毎日、誰もいない道場で泣いてばかりでした。でも、師範に叱られたんです。『あおいの分まで生きろ』って。それからは死ぬ気で稽古して、何度も日本一を獲って……」
ユリア(かをる)は涙をぬぐいながら続ける。
「そうして八十五歳、病院のベッドで眠りにつくまで、ひと時も、先輩のことを忘れたことはありませんでした。目が覚めたらこの世界。また先輩に会えるなんて……神様、本当に、ありがとうございます……っ!」
白髪になるまでたった一人で「如月流」を守り抜いた後輩の献身。
あおいは震える少女の頭をそっと撫でた。
「……やっぱり、かをるちゃんなのね。太刀筋を見て一目でわかったわ。頑張ったんだね。偉かったよ」
その言葉が、ユリアの八十五年の孤独をすべて報わせた。
そこへ、レオが遅れて駆け上がってきた。
扉を開けたレオの目に飛び込んできたのは、
泣きじゃくるユリアと、彼女を抱きしめる白銀の髪の美少女――「キサラギ」の姿だった。
レオは心臓が激しく跳ねる。
憧れのキサラギ。
彼は真っ赤な顔で、第一王子の意地をかけて跪いた。
「君が好きだ! 僕のお妃様になってください!」
一瞬、屋上の時間が凍りついた。
あおいのこめかみに青筋が浮かぶ。
(ちょっと待て。今、ユリアが泣きながら大事な話をしてただろうが。空気読めよ! このデリカシー皆無のガキ……!)
「……いきなり何を言ってるのよ、バカ!!」
怒鳴りつけると同時に、沸騰しそうな羞恥心が襲う。
「もう、信じられないッ!!」
あおいはフェンスを飛び越え、夜の闇へと全力で逃走した。
「あ、あおい……っ! 待ってくれ、あおい!!」
必死にフェンスにしがみつき、届かぬ背中に向かってその名を叫ぶレオ。
一方で、ユリアはその場に座り込んだまま、
彼女が消えた夜空をうっとりと見つめていた。
「……あ、あおい先輩。ふふ、やっぱり素敵……」
慈しむように、大切にその名を噛み締める。
あおいは顔を真っ赤にして走り続け、
物陰で変身を解くと、いつものアステリアの姿に戻った。
(まったく、あんな告白するなんて恥ずかしいじゃないの……! ほんと、8歳の男子は何を言うか分からないわね!)
……その時だった。
まるで鏡が砕け散るような、硬質な劈く音が天から降り注いだ。
漆黒の夜空に、稲妻とも違う「亀裂」が走り、
そこから紫黒色の魔力が濁流のように溢れ出す。
星々を侵食し、空そのものが
剥がれ落ちていくかのような異様な光景に、世界中が息を呑んだ。
やがて、割れた空の向こう側に巨大な魔法陣が展開され、
禍々しい「影」が地上を睥睨する。
『――弱者どもよ。聞こえるか』
低く、それでいて世界中の鼓膜を震わせるような声。
魔王の投影魔法だ。
『――東の帝国を滅ぼしておいた。チャンスをやる。我と思わん強者を連れて、魔王城へ来い。……はははは!』
映し出されたのは、燃え盛る業火と、瓦礫の山と化したレオの故郷だった。
かつての栄華は見る影もなく、ボロボロになった城の頂に、漆黒の影が独り立っている。
レオの思考が、真っ白に塗りつぶされた。
視界の端で誰かが叫び、隣にいた仲間が自分の肩を掴んだ気がしたが、その感触すら遠い。
「……嘘、だろ」
絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
鏡越しに映し出されたのは、つい数ヶ月前まで見慣れていた街並みだ。
朝市のにぎわい、厳しいが慈愛に満ちていた父の背中、
そして、いつか守ると誓ったあの学び舎の時計塔。
それらすべてが、今は黒煙を上げる無残な骸へと成り果てている。
熱い。
映像越しであるはずの業火が、直接肌を焼いているかのような錯覚に陥る。
奥歯がガチガチと鳴り、握りしめた拳からは爪が食い込んで血が滲んでいた。
「あいつが……あいつが、全部やったのか……?」
絶望が冷たい鉛のように胃の腑に落ち、次の瞬間、
それを焼き尽くすほどの**「純粋な殺意」**が胸の底からせり上がってくる。
見上げる空、高笑いする「影」に向けて、レオは血の混じった瞳を向けた。
それは、これまで彼が持っていた甘い正義感とは一線を画す、野獣のような鋭い眼光だった。
***
翌日。事態を重く見た東西両諸国は、
学園都市にある巨大な円形会議場へ各国の代表を緊急招集した。
会場には、西の王国、帝国の騎士団長、
数々の魔獣を屠ったS級冒険者、東の生き残りの猛将など、
世界に名を馳せる精鋭がひしめき合っている。
その末席には、レオとジークヴァルトそしてアステリア、
3人の王子の姿もあった。
「我が騎士団が先陣を切れば、魔王とて恐るるに足らん!」
「いや、まずは魔法師団による一斉掃射だ!」
自分が一番強い。虚勢を張る大人たちの怒号。
その喧騒を、ユリアは冷ややかな瞳で一蹴した。
ユリアは静かに立ち上がり、有無を言わさぬ実力行使に出た。
「……どなたも弱そうな殿方ばかり。これで魔王に勝てるとでもいうのですか?」
色めき立ち、剣を抜いた騎士団長や冒険者たち。
そんな有象無象を、ユリアは手にした稽古用の木刀一本で、
次々とゴミのように床へ転がしていく。
「もう、だらしないこと。私に勝てるとしたら、あの方を置いて他にいないわ。とても綺麗で、気高く、かっこよくて……。あら、やっと出てらっしゃったわね」
最強を自負していた男たちの山が築かれる中、
末席に座っていたアステリア(あおい)が、静かに立ち上がった。
(……このままじゃ、会議どころじゃないわね。かをるちゃん、やりすぎよ)
アステリアは自ら壇上へと歩み出た。
レオやジークが驚愕の声を上げる中、会場の隅に生けられていた「折れた木の枝」を、無造作に手に取る。
「ユリア様、もうそれまでにしてください」
その声に、ユリアはパッと顔を輝かせ、頬を赤らめて獲物を構え直した。
「アステリアさん、最後に残ったのはあなたよ。さぁ、本気を出してきてください。だめです、かかってきなさい! 私と戦えば分かりますわ!」
「……どうしてもやらなきゃダメかい?」
アステリアは困惑を溜息に変え、静かに息を吐くと正眼に構えた。
その一瞬……。
世界中の精鋭が揃う会議場が、氷点下の静寂に支配された。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
長編ファンタジーも書いてます。
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