第15話:コーヒーの香りと、デーモンロードの誘い
天を衝く飛竜の咆哮が学園の石造りの屋根を震わせ、
大気を引き裂く火炎の礫が優美な中庭を無残に灼き焦がす。
「総員、散れ! 聖騎士団が到着するまでここを死守するぞ!」
レオ王子の鋭い号令が戦場に響き渡る。
だが、その隣では既に一筋の「銀光」が、猛り狂う魔族の精鋭を無機質に無力化していた。
アステリア。
かつて五歳にして襲来した暗殺者の軍団を返り討ちにしてみせた
その少年は、王宮きっての天才騎士。
剣術の稽古においてレオにすら一度の敗北も許したことがない。
普段は霧のように存在感を消し、ぼんやりと目立たぬ少年だが、
八歳にして既にこの大陸西側諸国における最強戦力の一角を担っていた。
「アステリア、右から二体来るぞ!」
「分かってる。……せいっ!」
(この程度なら、この鈍な普通の剣でも大丈夫ね)
アステリアの放つ刺突は、
流星を凌ぐ速度で飛竜の鱗の隙間――唯一の急所を的確に穿つ。
レオが重厚な一撃で敵の体勢を崩し、
生じた刹那の隙をアステリアの剣が冷徹に刈り取る。
二人の王子の共闘は、天が分かちし一対の至宝の如く完成されており、
並の兵士ではその円舞の圏内に踏み込むことすら叶わなかった。
「ふぅ……相変わらず、君の剣は底が見えないな。僕も負けていられないよ!」
「レオ王子こそ、君の動きもなかなかのものだよ(棒読み)」
アステリアは襲い来る敵を柳の如くいなしながらも、
戦場に漂う「致命的な違和感」を鋭敏に察知していた。
鼻腔をつくのは、血生臭い匂いに混じって漂う、
あまりにも場違いで、そして魂が覚えている懐かしい香気。
(……コーヒー? それも、私が前世でよく嗜んでいた、あの銘柄の……)
アステリアは自身の解析と直感を信じ、レオに背を向けた。
「レオ、ボク、旧校舎の方を片付けてくる。あそこに指揮官が潜んでいる気配がするんだ」
「何!? ……ああ、お前が行くなら確実だな。ここは僕とジークで食い止める。ただし、相手が魔法士だった時にはすぐに逃げてこいよ。お前は対魔法士の訓練がからっきしなんだからな!」
レオは信頼に満ちた不敵な笑みを浮かべ、友を送り出す。
アステリアは爆炎を紙一重でかわしながら加速し、
旧校舎の階段を一息に駆け上がった。
最上階の突き当たりにある「特別講師室」。
その扉を、アステリアは迷わず蹴破った。
そこには、戦場の喧騒が嘘のような、冷徹なまでの静謐があった。
夕闇の差し込む窓辺、優雅にコーヒーを口に運んでいる一人の男。
「……遅かったな、アステリア」
その声が鼓膜を打った瞬間、アステリアの全身に凄絶な電流が走った。
男がゆっくりと振り返る。
逆光で見えなかったその顔が、夕闇の中で鮮明に露わとなった。
「まさか、お前が来るとはな。ユリア嬢が来るものだと勝手に勘違いしていたよ」
端正な顔立ちに、どこか人を食ったような微笑を浮かべる男。
そこにいたのは、魔法化学のヨーダ先生だった。
「せん……せい……?」
「ふふふ、私の魔力に気づくとは。アステリア、お前は普段ぼーっとしているくせに、本能だけは野獣のように鋭いらしいな」
「ええ、だから残念ながら、いつも厄介な貧乏くじを引かされるんです」
「気づかれたからには、ここで消えてもらうぞ」
先生が、静かに、しかし空間を圧し潰すような威圧を伴って剣を抜く。
アステリアもまた、その瞳に王子の慈愛を消し、
冷徹なる剣聖の光を宿して己の剣を抜き放った。
「確かにお前は、剣術だけは学園……いや、この西側諸国随一だったな。本当の意味でその歳で、驚くばかりだ。……だが、私にその剣は届くかな?」
途端、部屋の空気が鉛のように重く沈み込んだ。
レベルの高い剣士独特の、物理的な圧力を伴う「威圧」。
先生の剣が、雷光となって初手の一撃をアステリアに打ち込む。
アステリアはそれを柳の枝が風を受け流すように、最小限の体捌きでいなした。
「ほほう。噂に違わぬ太刀裁き……さすがだ」
「では、そろそろ本気を出させてもらおうか」
瞬時、ヨーダ先生の姿が歪み、爆発的な魔力が噴出した。
現れたのは、深淵の如き闇を纏ったデーモンロードの姿。
漆黒のタキシードを纏い、眼鏡の奥で怜悧な瞳を光らせる紳士。
さっきまでの剣が、いつの間にか銀色の魔力を放つ、
細く長いレイピアへと変貌していた。
先生の突きが放たれる。
一打で十連の、視認不能な高速刺突。
さらには身体強化魔法によって、
一撃ごとにそのスピードはじわじわと増していく。
(……このままでは、かわし切れない。今の僕のリーチでは、あの方の懐に届かない)
アステリアは回避の極限の中で、冷静に周囲を見渡す。
「誰も助けに来ないから安心しろ。ここで、私が直々に殺してやる」
デーモンロードは、眼鏡の奥の瞳を冷酷に細め、呪詛のように吐き捨てた。
「お前の次はユリア、いやキサラギだ。あの方の獲物を、露払いのお前がこれ以上待たせるな」
誰もいない。
その事実を再確認したアステリアは、ふっと、深く、安堵の溜息を漏らした。
「――誰もいないのなら、良かったです。僕の方も、こちらも本気を出し始めますから安心しなさい。……先生、ユリアのところへは、行かせませんよ」
アステリアの小さな体から、
天を衝くほどの白銀の神光が吹き上がった。
光の渦が収まったそこには、
伝説の剣士、**キサラギ(如月あおい)**が立っていた。
その手に握られているのは、この世界の住人が見たこともない、
美しくも禍々しい重心を誇る長柄の得物――『なぎなた』であった。
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