第14話:ほうきなき街、あるいは募る想い
その日の朝、王都の住民たちは一様に首をかしげていた。
庭を掃こうとした者、店先を整えようとした者、
その全員が「あるはずのもの」がないことに気づいたからだ。
「……ない。どこにもないわ!」
学園の女子寮でも、ユリアの悲鳴が響き渡った。
「私のお掃除用の竹ほうきが、一本残らず消えてしまいましたの! 他の皆様のモップも、予備の棒きれも、全てですわ!」
アステリアは、半べそをかくユリアをなだめながら、
窓の外のゴミ捨て場を遠い目で見ていた。
そこには、工作員たちが燃やし残した竹の節が、
シュールな供養塔のように積み上がっている。
これには、前夜に魔国の前線基地で行われた、
**「対キサラギ戦略会議」**という名の熱い議論の結果があった。
『……信じられん。我らが狂犬兄弟をあそこまで翻弄したのが、あのような、ただの竹の棒だと?』
『馬鹿を言え。あれがただの掃除用具なはずがあるまい。あの大聖堂の掃除用ほうきには、代々の聖女が込めた秘匿魔術の触媒が仕込まれているに違いないのだ』
『なるほど……! つまりキサラギの超常的な剣技を支えているのは、あの特注の竹ほうきというわけか。ならば結論は一つ。あのほうきをなくしてしまえば、奴の戦力は半減、いや無力化されるはずだ!』
彼らは大真面目だった。
キサラギが「素手でも強い」という可能性を全力で無視し、
「竹ほうき=伝説の聖遺物」という仮説を完璧に信じ込んだ
魔国の精鋭たちは、一晩で王都中の「棒状の物体」を強奪・廃棄するに至ったのである。
(魔国……本気なのね。おかげで私の正体がバレる心配は減ったかな……? でも、やりすぎじゃない?)
そんな呑気なことを考えていたアステリアだったが、放課後、レオに噴水広場へ呼び出されたことで、その余裕は霧散した。
「アステリア。……少し、相談があるんだ」
夕日に照らされたレオは、いつになく真剣な、
それでいてどこか迷いのある表情をしていた。
アステリアは(バレた!?)と身構えるが、レオの口から出たのは、
予想だにしない「恋の悩み」のような告白だった。
「ユリア……いや、キサラギのことだ。彼女の剣技は確かに凄まじい。……けれど、何かが違うんだ。俺がずっと理想としていた、あの凛とした『キサラギ』のイメージと、どうしても重ならない」
「……何が、だ?」
「キサラギは……もっと控えめだが、芯が強くて、凛としているはずなんだ」
レオが一歩、アステリアに歩み寄る。
その距離に、アステリアの鼓動が跳ねる。
「それでいて、その……奥に秘めた可愛さというか、守ってやりたくなるような……。そう、まるでお前のような……」
レオはそこまで言って、自分の言葉の破壊力に気づいたのか、
耳まで真っ赤にして視線を泳がせた。
(それ、全部今の私のことじゃないの……! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎるわ、レオ様!)
アステリアは顔面が沸騰し、言葉を失う。
前世でなぎなた一筋だった彼女にとって、いかなる奥義よりも防ぎがたかった。
「ぼ、ぼぼ、僕に言われても困ります!」
アステリアが赤面して逃げ出そうとした、その瞬間だった。
――キィィィィィィィンッ!
王都全体を震わせるような、不吉な魔力波が走った。
学園都市を覆う最強の防空結界が、
まるで薄いガラス細工のように、いとも容易く粉砕された。
結界の破片が黄金の塵となって降り注ぐ中、雲を割り、巨大な影が次々と姿を現す。
「飛竜……!? なぜ、これほどの数が!」
レオが叫び、反射的にアステリアの手を強く引く。
空を埋め尽くすのは、北の魔国が誇る最精鋭の飛竜軍団。
その数は数百――王都を壊滅させるに十分すぎる絶望の軍勢だった。
混乱と悲鳴が学園を包み込み、生徒たちが逃げ惑う中。
喧騒から切り離されたかのように静まり返った学園の一室で、
窓の外の地獄絵図を静かに見上げている男がいた。
彼は淹れたてのコーヒーカップを置くと、砕け散った空を、
まるで精巧なチェス盤でも眺めるような冷徹な瞳で見つめる。
「……ほうきを失った鳥に、何ができるか見せてもらおうか。キサラギ」
独り言のように紡がれたその声は、驚くほど穏やかで、
それゆえに酷く冷たかった。
学園の日常の衣を纏いながら、その背中には魔国の総戦力を操る
影の支配者としての威容が漂っている。
彼が指先で窓ガラスを軽く叩くと、それを合図にしたかのように、
飛竜たちが一斉に咆哮を上げ、地上へと急降下を開始した。
絶望の雨が、王都に降り注ぐ。
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