第13話:摺り足の記憶、あの日の背中を追いかけて
大聖堂に、乾いた打突音が響き続ける。
風魔はもはや、自分が何と戦っているのか理解できていなかった。
目の前の小さな少女――ユリアは泣きじゃくり、腰を引いている。
だというのに、振り下ろす黒剣はことごとく竹の節に受け流され、
逆にこちらの体感と精神を執拗に削り取っていく。
「ふざけるな……! この、ガキがぁッ!」
屈辱に染まった風魔が、矛先を翻した。
標的は、座席で震えているマリアだ。
人質さえ取れば、この異常な状況を打破できる――
そう踏んで地を蹴った瞬間。
「やあ(棒読み)」
アステリアが、ふらりと風魔の射線上に現れた。
8歳の子供が、誰かに押されてよろめいた拍子に剣が当たったかのような、あまりに無機質で不自然な動き。
だが、アステリアの振るった刃は、
風魔が反応するよりも早くその右腕を深く断ち割っていた。
「ぎ、ぎああああッ!?」
「今だ、ジーク!」
「おおおっ!」
レオとジークヴァルト、二人の王子が吼える。
幼き王者たちの剣が交差するように風魔の胸元を叩く。
狂犬の一角が、ついに床へと沈んだ。
「風魔ァッ!」
雷魔が叫び、ユリアへ飛びかかろうとする。
だが、ユリアは震えながらも一歩も引かない。
その足運びは、一点の曇りもなく「間合い」を支配していた。
(……間違いない。あの、独特の摺り足)
戦況を見守るアステリアの脳裏に、前世の光景がフラッシュバックする。
夏の日差しが差し込む道場。
自分の背中を真っすぐに追いかけてきた、ひたむきな後輩の姿。
(水無月かをる……。私を追いかけてきた、二つ下の子。小学生で日本一になって、新人戦でも日本一になって。……その次は、私、死んじゃったんだよね)
あおいが死んだ後、彼女はどうなったのか。
なぜ自分と同じくこの世界にいるのか。
けれど、目の前のユリアが見せる「なぎなた」の呼吸は、まさにかをるのものだった。
(かをるちゃん、……まさか、あの子も……。でも、私と違って記憶はないみたい。なら、せめて勝たせてあげなきゃ。……でも、竹ほうきじゃ、次は折れるわね)
アステリアは、わざとらしく群衆に押されたふりをして、
ユリアと雷魔が対峙する死線へとふらふらと割り込んだ。
「ひゃっ!? ちょっ、危ない、誰か押さないで……!」
「危ない、アステリア!」
レオとジークが同時に叫ぶ。
その混迷の中、アステリアはユリアとすれ違いざま、
手にした竹ほうきを「奪い」、代わりに自らの腰にある剣をその手に「押し付けた」。
アステリアが帯同しているこの剣には、密かに小細工がしてある。
かつての「あおい」が愛用していたなぎなたの重心を再現するため、
普通の剣に比べて柄が若干長く、重心も切っ先寄りへと極端に変えてあるのだ。
「アステリア、何やってるんだ!」
駆け寄るレオ。
アステリアはわざとらしく尻もちをつきながら、とぼけた声を上げた。
「ごめんなさい、誰かが押したように感じたんだけどな……。あ、ユリア様、危ないですから私の剣を!」
ユリアはパニックの絶頂にあり、自分がほうきを離したことすら気づいていない。
だが、その手に「馴染みすぎる重心」が収まった瞬間、彼女の動きに劇的な変化が訪れた。
――ガギィンッ!
雷魔の全力の一撃を、ユリアは剣の腹で完璧に受け止めた。
剣を円を描くように回し、
遠心力を乗せたまま雷魔の首元へ刃を滑らせる。
なぎなたの利点を剣の長さに落とし込んだ、神速の切り返し。
「……は?」
雷魔が呆気にとられた時には、すでに勝負はついていた。
あっという間に体勢を切り崩された雷魔の巨体は、一歩も近づけぬまま石畳に崩れ落ちた。
「なるほど、キサラギ、さすがです」
二人の王子が肩で息をしながらその場に座り込み、
人々が喝采を送る中、一人の男が静かに大聖堂を後にした。
「レオ王子をさらう計画は失敗しましたが、キサラギの正体が分かりました。大収穫です」
男が去った後、大聖堂には重苦しい余韻と安堵が広がった。
ユリアは雷魔を切り崩した後、剣を握ったまま「ふぇぇ……」とその場にへたり込んで呆然としている。
「そうか、君がキサラギだったのか? ……でも、なんだかちょっと雰囲気が違うような……」
レオが首をかしげ、
腰を抜かしている同じ8歳の少女をまじまじと見つめる。
アステリアはそれを横目で見ながら、
(とりあえず、なんとかなったかな)と、親友たちにバレていないことを祈りつつ、静かに息を吐いた。
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