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第12話:偽りのキサラギ、影で見つめる死神

 東西両陣営の連合王国と、北の大国――「魔国」との間には、

 峻厳な山脈と吹き荒れる吹雪に閉ざされた国境線がある。


 そこは、人が住むことを許されぬ禁忌の地。

 巨大な防壁と、幾重にも張り巡らされた魔封じの結界が、

 飢えた魔族たちの南下を辛うじて食い止めている。


 その境界線を見下ろす北の古城。

 薄暗い謁見の間で、黒いローブを纏った者たちが声を潜めていた。


「魔導王国の計画は失敗に終わった。大臣に化けさせた駒が、あほどまで早く失われるとはな」


「人さらい事件で帝国と王国を共倒れさせるはずが、それも霧散。共通しているのは、レオと……あの謎の少女、キサラギだ」


 一人が忌々しげにその名を口にする。

 重苦しい沈黙が場を支配した。


 吹き荒れる外の吹雪の音さえ、この一室に漂う冷気には及ばない。


「キサラギ……あの少女の鬼のような強さは、魔王様に匹敵するぞ」


 不敬な発言に場が凍る。

 その者は思わず口を手でふさいだ。


 だが、誰もそれを咎めない。

 それほどまでに「キサラギ」の脅威は彼らの魂に刻まれていた。


「今は『あの方』に任せよう。次期魔王とも称される、あの者に。レオをさらえば、キサラギは必ず現れる。そこで二人を始末すればいい」


 そう言うと、一人がニヤリとして卓上に血塗られた二枚の罪状書を叩きつけた。

 他の四人がそれぞれ顔を近づけ、罪状を目でたどる。


 そこに記された凄惨な記録に、幹部たちの眉が不快そうに、あるいは期待に歪んだ。


「今回、例の兄弟を放つことにした。国内で暴れまわり、死刑を宣告されたあの狂犬どもだ」


「なんと、**『あの方』**が直々に捕らえ、刑に処した者たちか」

「奴らなら、兄の復讐という甘い餌でいくらでも狂い咲きましょう」

「さよう、……キサラギを誘い出すための、最良の捨て駒だ。ふふふふ」


       ***


 ところ変わって、王都・大聖堂。

 今日は月に一度の定例礼拝日だ。


 学園の生徒はもちろん、着飾った街の住民たちもこぞって足を運び、

 数千の人々が神への祈りを捧げる日である。


 高い天窓から差し込む陽光が、宙に舞う細かな埃を黄金色に染めていた。


(……あぁ、落ち着く。やっぱりこの匂い、好きだなぁ)


 アステリア(あおい)は、鼻腔をくすぐる百合の花と、

 微かな蜜蝋の混じった香りに目を細めた。


 この日は、普段は厳しい教師も、騒がしい学生も、

 等しく敬虔な信徒となる。


 パイプオルガンの重厚な調べが心臓に心地よく響き、

 聖歌隊の透き通るような歌声が、複雑なアーチを描く天井へと吸い込まれては反響し、柔らかな音の雨となって降り注ぐ。


 最前列の席には、アステリアにくっつくようにマリア、レオ王子、ジークヴァルト王子、そしてジークを慕うあまり他国から追いかけてきた許嫁のユリアの姿があった。


 隣ではレオが、組んだ指に額を預けて静かに祈りを捧げている。

 その奥ではジークヴァルトが背筋を伸ばし、隣のユリアは幸せそうにジークの袖の端を指先でそっと摘んでいる。


 前世では決して味わえなかった、静謐で、温かな凪の時間。

 アステリアが深く息を吸い込み、その安らぎを肺に満たそうとした――その時だった。


 ――ッ!?


 鼓膜の奥を、不吉な高周波が刺した。

 平和な歌声の裏側で、大気を無理やり引き裂くようなキリキリとした軋み音が響き渡る。


(何……? この、嫌な予感……)


 アステリアが目を見開いたのと、爆発が起きたのは同時だった。

 大聖堂の巨大な扉が、内側から粉々に吹き飛ぶ。

 熱風と共に流れ込んできたのは、聖域を汚すオゾンの臭いと血の残り香。


 煙の中から現れたのは、暴力の象徴そのものだった。


 兄の『雷魔』は、刺青だらけの全身から紫の電光を不気味に放ち、

 弟の『風魔』は、獲物のドクロを繋いだネックレスをカチカチと鳴らしながら、風を纏う巨大な黒剣を抜く。


「レオ、下がっていろ! ここは私が!」


 反射的に前に出たジークヴァルトに対し、レオもまた鋭い眼光で剣の柄に手をかけた。


「何を言う、ジーク。俺も王子だ、民を置いて逃げるわけにいかない!」

「アステリアは女子を頼む」


 二人の若き王子が、それぞれの国の誇りをかけて並び立つ。


 ジークが放つ障壁が雷魔の電撃を辛うじて防ぎ、

 レオが風魔の真空波を剣筋で弾く。


 だが、相手は魔国でも恐れられた狂犬だ。

 じりじりと、二人の防壁が削られていく。


(……やばい、このままじゃ二人とも殺される!)


 アステリアが身を乗り出す。その刹那――。


「ジーク様は、私がお守り致します……っ!!」


 震える、けれど凛とした声が響いた。

 一人の少女が二人の王子の前に飛び出した。ユリアだ。


 手にあるのは、掃除用の竹ほうき。膝はガタガタと震え、瞳には涙。

 それでも彼女は、ジークを背にするようにして立ちはだかった。


「あぁん? 死ねよ、お嬢ちゃん!」


 風魔の魔剣が咆哮と共に振り下ろされる。

 だが、その刹那――ユリアの身体が、淀みのない円を描いた。


 竹ほうきの柄が魔剣の側面を撫でるように滑り、

 重圧を受け流しながら、その軌道を無様に床へと叩きつける。


「な……!? 俺の剣を流しただと……!?」


 愕然とする風魔。そして、座席のアステリアは息を呑んだ。


(えっ、あ、あの動き……まさか)


 ユリアは恐怖で震え、ボロボロと涙をこぼしながら、

 けれど吸い付くような足捌きで風魔の懐へ踏み込む。


 竹ほうきを短く持ち替え、その石突きを、

 なぎなたの「柄びき」の要領で、風魔の喉元へ電光石火の速さで叩き込んだ。


「ガッ……!?」


 呻きを漏らす風魔。だがユリアの動きは止まらない。


 流れるような転身。

 ほうきを大きく振りかぶり、円月を描くような鋭い一閃が風魔の膝裏を正確に薙ぐ。


 石造りの床に風魔が膝をつく。


「い、痛いですわ……叩かないでくださいまし……っ!」


 泣き叫びながら繰り出されるのは、敵の重心を完璧に破壊する

「石突きの返し」と、間合いを許さない「石突きの払い」。


(なぎなた……? 嘘、どうして彼女がそんな動きを……)


 アステリアは戦慄した。

 ユリアが振るっているのは、古流武術の極致。


 竹ほうきが、まるで命を持った大身のなぎなたのように、風魔の巨体を弄んでいる。


 だが、この惨劇を誰よりも静かに、そして不気味に見つめる「視線」があった。


 逃げ惑う群衆の中、完璧に気配を消し、

 壁に背を預けて戦況を凝視している男。


 『あの方』――魔王代行。


(……ほう。あれが、ザインを屠った『キサラギ』の正体か。令嬢を演じ、本性を隠しながら、最小の労力で獲物の四肢を削ぐ。実に人間らしい欺瞞だ)


 彼は一切の加勢もせず、ただ深い影の中から、

 死神のような眼差しでユリアを射抜く。


 その瞳は、彼女の動きから「真実」を暴こうと、冷酷な解析を続けていた。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

長編ファンタジーも書いてます。


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