第10話:英雄たちの熱視線、乙女には毒すぎます
「蒼氷の砦」の防衛線は、ついに決壊した。
死霊魔導士ザインの「魔剣」を持つ剣士たちが、
蜘蛛の子を散らすように、非戦闘員が身を寄せる避難所へと雪崩れ込む。
一方、砦の正面ではレオとジークヴァルトが死闘を演じていた。
だが、倒しても倒しても闇の魔力で蘇る死霊兵を前に、二人の体力は限界に達しつつあった。
「……くそっ、キリがねぇ! どこかに術者がいるはずだ!」
レオが吠える。
その術者――ザインは、避難所を見下ろす高い回廊で、嗜虐的な笑みを浮かべていた。
***
「ひっ……助けて、助けてぇ!」
避難所の隅。
母親に縋りつく幼い少女の喉元へ、
魔剣士が不気味な紫光を放つ刃を突き出す。
その瞬間――。
――カラン。
場違いなほど澄んだ木靴の音が響く。
魔剣が振り下ろされるより早く、あおいは踏み込んでいた。
八歳の小さな体ゆえに、
大人の目線からは一瞬で姿が消えたように錯覚する。
「武器を持たない子供に刃を向けるなんて。……剣士の風上にも置けないわね。私が代わりに遊んであげるわよ」
「……ッ!? なんだ、その奇妙な棒切れは!」
魔剣士が目を見開く。
少女の手にあるのは、この世界には存在しない「なぎなた」という得物だった。
「死ねぇッ!」
逆上した魔剣士が、刃を叩きつけた。
だが、あおいは動じない。
円を描くように身を翻し、なぎなたの柄で斬撃を滑らせ、逸らした。
敵は自らの勢いで体勢を崩す。
『……あおい、武器に頼るな。得物は己の心を映し出す鏡。奢らず技を鍛えよ。芯を欠いた者の刃など、ただの鉄屑じゃ……』
脳裏をよぎるおばあちゃんの小言を背に、あおいは冷徹に言い放つ。
「オジさんたちは偽物の剣。そんな軽い剣は、少しも怖くないわ」
滑り込むような足捌き。
なぎなたの石突きを敵の喉仏へ、ただ静かに「置いた」。
――???ゴブッ。
敵の突進の勢いそのものを破壊力として叩き返された魔剣士は、
白目を剥いて崩れ落ちた。
あおいはふと、上階の回廊で高笑いするザインを見上げる。
(……あの魔力を断たないと、外の二人も死んじゃう……)
「少し、待っててね」
怯える子供に微笑みかけ、あおいは羽のように跳ねた。
回廊に降り立った少女の姿に、ザインが驚愕する。
「なっ、貴様、どこから――」
「奢らず技を鍛えよ……って、おばあちゃんが言ってたわよ」
魔法の詠唱よりも速く、あおいのなぎなたが閃いた。
ザインの心臓へ、鋭い一突き。
――ガッ。
断末魔すら許さぬ一撃が、この戦場のすべての呪いの源を粉砕した。
その瞬間、戦場に異変が起きた。
レオとジークを囲んでいた死霊兵たちが、
糸の切れた人形のように塵となって崩れ去ったのだ。
「呪いが消えた……? 術者がやられたのか!」
二人は顔を見合わせ、
直感に従い、最大の魔力の余波が吹いた避難所へと駆け出した。
***
戦場を覆っていた黒い霧が晴れ、静寂が戻った砦。
レオとジークヴァルトが辿り着いた先にいたのは、
転がる魔剣士の山と、返り血一つ浴びず子供の頭を撫でている一人の少女だった。
「……お前、まさか……キサラギ……なのか?」
レオの声に、あおいはビクリと肩を揺らした。
(……うわ、来た。なんでそんな熱い目で見るの? 近すぎるわよ! 男子って、みんなこんなにぐいぐい来るの!?)
あおいは二人の視線に耐えきれず、咄嗟に顔を背けた。
こう見えても私の中身は十五歳の乙女なのだ。
『あの子が気になる』なんて言われて、意識するなって方が無理よ。
あっそうそう、しっかりあの事だけは否定しておかなきゃ。
「……私は、アステリア皇子とは何の関係もありません。ただ……子供が犠牲になるのが、嫌だっただけ。それだけです」
(い、言えた――。じゃ、帰ろっと)
「待て! ……貴様、名前は! どこから、来た……っ」
(えーー、まだ止められるのー?)
ジークヴァルトが声を張り上げる。
本来なら感謝すべき場面だが、あまりの強者としての気配に、
ジークののどには異物が突っかかったような沈黙が強じられていた。
対して、レオの胸を支配したのは、
謎めいたものに対する狂おしいほどの憧れと恋慕だった。
野生的な直感が、彼女を「最高に美しい謎」としてその心に刻みつけた。
「……あの、私、お腹が空きました。……もう帰ります」
あおいは視線の痛さに耐えきれず立ち上がった。
二人の返事も待たず、風のようにその場を駆け出す。
(ああもう、男子怖い! 早く帰って煩悩が消えるまで千回くらい素振りして、このドキドキを鎮めなきゃ……!)
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