第1話:剣は「短いなぎなた」でしかない
私の人生は、
三歳からずっと、三センチの「間合い」に支配されていた。
同級生が放課後にパンケーキを食べている時、
私は道場で床を蹴っていた。
みんなが可愛いリボンで髪を結んでいる時、
私は面下の手ぬぐいをきつく締めていた。
右手と左手のひらはマメで硬くなり、夏休みは合宿という名の地獄。
努力の末に手に入れた「日本一」の称号。
けれど、表彰台の上で私、如月あおいが感じたのは、
達成感じゃなく、底知れない「虚無」だった。
ふと自分の手を見れば、豆だらけでゴツゴツして、可愛さの欠片もない。
「……マカロン、食べたかったなぁ」
そんな独り言を最後に、私の意識は途絶えた。
入学式の会場へ向かうバスの、けたたましいブレーキ音と一緒に。
***
「アステリア皇子、出番でございます」
侍女の呼び声で、私は現実に引き戻された。
鏡の中にいるのは、透き通るような銀髪と、
凛とした翡翠の瞳を持つ五歳の美童。
中身は女子中学生、
外見は男装の皇女、そして立場はこの国の「第一皇子」。
それが私、アステリア・クロード。
(……自分でも、めまいがしそうな設定だ)
今日は私の五歳の誕生日。
そして、貴族たちの前で演舞を披露する「お披露目の儀」の日だ。
私は、まだ小さな手に馴染まない「儀礼用の直剣」を握らされていた。
重心が手元にありすぎる。刃が短すぎる。
私にとって、剣は「不完全ななぎなた」でしかなかった。
「……ま、適当にやって、早く終わらせてケーキ食べよ」
会場には、西側諸国の重鎮たちが並んでいた。
父上と母上の期待の眼差しが痛い。
そして隣には、私を鋭い目で見つめる騎士団長。
私は重い腰を上げ、会場の中央へと進み出た。
剣を抜く。
その瞬間、意識が切り替わった。
十五年間、おばあちゃんに竹刀(という名の鈍器)で叩き込まれた
「呪い」と、顧問の田中先生が口を酸っぱくして言っていた
**『演技競技こそ武の真髄』**という教えが、眠っていた
五歳の肉体を強制起動させる。
スッ、と空気が冷えた。
私は剣を「振る」のではなく、
なぎなたの柄を扱うように、手の中でくるりと回した。
重心を低く、送り足。
剣筋で描くのは、直線ではなく、なぎなた特有の優美にして苛烈な「円」。
指先から剣先まで、一切のブレを許さない。
**「しかけ・応じわざ」**で培った、完璧な静と動の調和。
「っ……!?」
騎士団長の息を呑む音が聞こえた。
周囲の視線が、単なる「子供の遊戯」を見る目から、
研ぎ澄まされた「形」を体現する得体の知れない
怪物を見る目へと変わっていく。
その時。祝賀ムードを切り裂いて、黒い影が跳んだ。
「――死ね、王国の希望!」
給仕に化けていた暗殺者。
隠し持っていた短剣が、私の喉元を狙って突き出される。
悲鳴が上がる。誰もが、幼い皇子の死を確信した。
……私、如月あおい以外は。
(三センチ。――遠いね)
私は反射的に、剣を逆手に持ち替えた。
なぎなたの「石突き」を当てる感覚で、
剣の柄頭を男の鳩尾へ最短距離で突き出す。
ドゴォッ!
続けて、流れるような転身。
剣の短さを補うように、踏み込みと腰の回転をすべて乗せ、
剣の平で男の側頭部を――いや、なぎなたの基本、
**「すね」**を断つ軌道で、男の膝を薙いだ。
「あ……がっ!?」
大人の男が木の葉のように舞って、大理石の壁に激突した。
我に返った時には、暗殺者は白目を剥いてピクピクと痙攣している。
一瞬の静寂の後、騎士団長が震えながら叫んだ。
「見たか……! 一切の無駄がない足捌き、そしてあの変幻自在の円の軌道! アステリア皇子こそ、我が王国の至宝だ!!」
「……う、うおおおおおおおっ!!」
地鳴りのような歓声。私は青ざめた。
違う、違うの。私はただの、マカロンに憧れる中学生なの。
異世界に来てまで、
なんで私はまた「最強」への階段を登らされてるんだろう。
おばあちゃん、見てる?
田中先生、私、教えの通り「正確に」やりすぎちゃったみたいです。
如月あおいの「青春」は、今日も三センチ遠ざかりました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
長編ファンタジーも書いてます。
宜しくお願い致します。




