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僕はここにいるよ。  作者: 悠介


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7/9

愛し合う事

「朝か……。」

 夕飯を食べた後、疲れ果てて寝てた、気が付けば日が昇ってて、ホテルの窓際に陽だまりができてた。

「えっと、今日の予定は……。」

 悠治に言われた通り、旅をしてみようと思う、それが記憶の回復に繋がるかどうか、それはわかんないけど、浩介の遺した意思があるのなら、それに従ってみたいと思ったからだ。

「美ら海水族館……っと。」

 予定を確認して、朝飯がてら比嘉さんの連絡先をタッチする。

「もしもし?良かった、連絡くれたんだな。」

「はい、まだまだ気持ちは落ち着かないですけど……。悠治が、浩介が残してくれた旅のしおりの通りに旅をしてみたらって。」

「そうかい、それで今日はどこに行くんだい?」

「予定では、美ら海水族館に……。」

「美ら海か、あそこは高校生なら行くだろうな。」

 目的地を告げると、比嘉はすぐに向かうって言ってくれて、電話を切った。

「朝飯……。」

 俺はホテルの朝飯を食いに、昨日も足を運んだ食堂に向かった。


「悠介さん、あんたさんは運がいいな。」

「そうでしょうか……?」

「あぁ。恋人の記憶を運よく無くさなかったどころか、その恋人がこうして導いてくれてるんだからよ。運がいい、というか巡り合わせがいいな。」

「……。」

 本当に浩介が導いてくれているのかは、わからない、俺の記憶が勝手にこうしてただけかもしれないし、本当に浩介が導いてくれたのかもしれない。

 ただ、比嘉さんとの出会いには、運命的なものを感じる、何年も前に一回乗った事を覚えてて、またこうして乗せてくれてるんだから。

「悠介さん、あんたさんは本当に恋人を愛してたんだな。俺にゃわかる、その愛情の深さってやつがな。」

「でも、本当に愛してたら、幻覚なんて……。」

「逆だな。本当に心の底から愛してたから、記憶喪失になっても、恋人の事を忘れなかったんだろう。たとえそれが幻覚だとしても、あんたさんのそばに居てくれたんだろ?」

「そう、ですね……。」

 道路を飛ばしながら、比嘉さんはうんうんと頷く、俺は、そういってくれる比嘉さんがいてくれるおかげで、またぼろぼろ泣きださずに済んでる。

そうなんじゃないか、って思わせてくれてるからだろう。

「美ら海に行ったらな、ビーチに行くといい。魚を見たりするのも、そりゃいいけどな。あそこのビーチは、いい景色だからな、もしかしたら、あんたさんの記憶に関する何かがあるかもしれないぞ?」

「そう、なんですか……。」

 確かに、美ら海のサイトを見ていた時、ビーチが綺麗だって書いてあった気がする、そこを目的に行く人もいるとか、水族館よりもそこを目当てにすることがある、とか。

「向こうに着いたら俺は待機してっからな、あんたさんは気の向くままに水族館なり、ビーチなりを眺めるといいさ。」

「あの、それってお金……。」

「いらんよ。こりゃいわば、命の恩人に恩返しをしてるってことだ。だから、運賃はとれねぇな。」

 浩介が一緒に居たら、どれだけ喜んだだろうか、ニコニコ笑って、よかったねって。

 俺は、そんな浩介の声が聞こえたような気がして、少しだけ涙が出てくる、昨日まで当たり前に聞こえてた声は、もう聞こえない。

「泣いていいんだ、あんたさんは。」

 バックミラー越しに、涙を抑えてた俺を見て、比嘉さんはそう言ってくれた。

「すみません……。」

「謝ることじゃねぇな、あんたさんは泣いていい、それだけのもんをなくしたんだ。」

 それは、過去の比嘉さんが誰かに行ってもらった言葉、なんだと思う、奥さんを亡くしたって、そう話してたから。

 その誰かに掛けて貰った声を、俺にも掛けてくれてるんだって。

「ありがとう、ございます……。」

「いいってことよ。」

 比嘉さんは、優しく声をかけてくれる、俺はそれが嬉しくて、悲しくて、涙が止まらなくなった。


「じゃあ、俺は待ってるからな。」

「はい、ありがとうございます。」

 一時間半位で美ら海水族館について、比嘉さんは入口で待っててくれるみたいだ、俺は、水族館にあんまり興味がなくて、入口で入場券だけ買って、ビーチに向かう。

「……。」

 階段を下りて、ビーチに向かう、土曜日だけど、冬だっていうけど、人は多くて、観光スポットらしい感じだ。

「ここが……。」

 ビーチにはすぐ着いた、俺は、潮風を感じながら、綺麗な青い海を眺める。

「……。綺麗だな、浩介。」

 自然と、言葉が口に出る、もう浩介はいないはずなのに、誰も隣にはいないはずなのに。

「綺麗だね、悠介。」

「……!?」

 浩介の声が聞こえた、びっくりしてそっちのほうを見ると、浩介の姿が。

「浩介……!?」

「綺麗だね、悠介。」

「そうだな、実際見るとほんとに綺麗だ。」

 俺は声を出してない、でも確かに、俺の声も聞こえた。

「……。」

 ちょっと遠くに浩介の姿が見えて、その隣には……。

「俺……?」

 浩介が誰かと手を繋いで笑ってる、その相手の顔は、ちょっと若いけど、どう見ても俺だ。

「悠介、ずっと一緒だよ?」

「あぁ、ずっと一緒だ。また一緒に、この景色を見に来ような。」

 少し遠くにいるはずなのに、耳元で話してるかのように声が聞こえてくる、若い俺と浩介は、周りに誰かがいないか、って確認してるみたいで、誰もいないってわかると。

「……。」

 そっと、キスをした、二人が分かち合う、二人だけが分かち合える、その証を。

「……。」

 若い俺と浩介は、誰かに呼ばれたみたいだった、嬉しそうに手を繋ぎながら、ビーチから水族館のほうに消えていく。

「待って……、待ってくれ!」

 俺は、それが幻だとわかってた、けど、声をかけずにはいられなかった。

 心拍数が上がって、消えていく姿を必死に追いかけて。

「浩介……!いかないでくれ!」

 幻はもう見えない、浩介は消えてしまっ、でも俺は、確かにここに来た、浩介とずっと一緒に居ようって誓いあって、キスをした。

「思い……、出した……。」

 それは記憶の断片だけだった、でも、あの瞬間の唇の感触が、浩介のはにかんだ笑顔が、今この瞬間にあったかのように。

「浩介……。」

 刹那の記憶、浩介の想いの証明、それが、俺がここに来た理由なんだって、浩介が連れてきたいと思った理由なんだって。

「ありがとう……。」

 記憶の断片でも思い出せた事を、嬉しいと思う、それは、浩介が生きた証だから。

「浩介……、俺……。」

 絶対に、記憶を取り戻すからな。

 辛くても、苦しくても、それでも、楽しかった日々があって、楽しかった思い出があって。

それを、全部思い出せる様に。

「綺麗だ……。」

 美しい海岸を見て、それを決意する、悲しい、苦しい、その感情はずっとついて回ると思う。

 でも、浩介との思い出を、これから生きて行く為の事も、悠治の事も、全部思い出して、俺は生きていかなきゃならない、そう思った。


「お、戻ってきたな。案外早かったが、いいのかい?」

「はい。浩介が、見せてくれたんです。あの頃の思い出を、あの時の誓いを。」

 美ら海の入口に戻ると、比嘉さんはタバコを吸いながら待ってた。

「どこの銘柄なんです?タバコ。」

「あんたさんはタバコを吸うのかい?こいつはね、うるまだよ。」

「タバコ……。吸ってた様な気がするんですよ。記憶無くしてからは吸ってないですけど、なんでか吸ってた気がするんです。」

「一本吸ってみたらわかるんじゃないか?こいつは結構きついからな、吸ってない人じゃゲホると思うぞ?」

 いただきます、と一本うるまを手に取り、口に咥える、比嘉さんがライターで火を点けてくれて、俺は煙を吸い込んだ。

「……。多分、吸ってましたね。家じゃ吸わない様にしてたのかな……。」

「これ吸ってゲホらないってこた、そういうこったな。家で吸わないってのは、きっとなんかがあったんだろう。」

 煙で肺が満たされる感覚に、なぜか落ち着く、深く深呼吸をするみたいにタバコの煙を吸い込んで、吐き出す。

「うまいか?」

「覚えはないですけど……、うまいと思います。」

 自然と口を動かしてるし、俺はタバコを吸ってたんだと思う、じゃなかったらむせてるだろうし、こんな風にタバコを吸いながら会話、なんてのも出来ないはずだ。

 家に灰皿があった覚えがないんだけど、それはまたなんかがあったんだと思う。

「家買うまではお外でね!家買ったらいっぱい吸っていいから!」

「……?」

 タバコを吸ってると、また浩介の声が聞こえた、そっか、家を買おうとしてたんだ、だから退去費用がかさまない様に、俺は部屋とかでタバコを吸わなかったんだ。

「タバコは、家を買うまでは外で……。それが、約束だったんです。」

「何か、思い出したのかい?」

「家を買おうって、家を買ったら、部屋で吸っていいよって。浩介と、約束していたんです。」

「そうか、何か一つでも思い出せたんなら、よかったじゃないか。」

 一つを思い出した事で、連鎖的に思い出すきっかけになってる、気がする、タバコ一つで思い出すのなら、今までだってタバコを吸ってる人は居たし、タバコを吸うきっかけもあったと思う、それを、今になってっていうのはきっと、海岸で浩介の姿を見かけたから、だと思う。

「本当に……、良い子ですよ……。」

「そうだな、死んじまったっていうのに、恋人のあんたさんの為にそばに居てくれたんだ、良い子に決まってるな。」

 涙なんてもう枯れ果てたはずなのに、涙が出てくる、でも、今回は悲しいからじゃない。

 嬉しいんだ、浩介がいてくれたことが。

「泣け泣け、あんたさんは泣いていいんだ。」

「違うんです……、嬉しくて……。」

 比嘉さんが背中をさすってくれる中、俺は静かに涙を流し続けた。


「そいじゃ、明日の夕方にくればいいんだな?」

「はい、お世話になります。」

 暫くまた移動して、今度は港に来た、ここからは船になる、伊江島という島に行くからだ。

 陽はだいぶ傾いてきてて、これから乗る便が最終便らしい。

「ちゃんと電話してやるんだぞ?」

「はい、わかってます。」

 フェリーの入口で、比嘉さんは見送りをしてくれた、今日は一旦家に戻って、明日また迎えに来てくれるって。

「それじゃ、行ってきます。」

「おう、行ってきな。」

 俺は一人フェリーに乗り込んで、甲板で出発を待つ、比嘉さんは、どっか不安そうな顔をしながら、俺を見送ってくれた。


「綺麗な海だな……。」

 フェリーが出港して、潮風が頬を撫でる、俺は、甲板から海を眺めてた。

 フェリーは海を割いて進んで、潮騒とともに耳に心地良い音色を届けてくれる。

「えっと、伊江島に着いたら……。」

 民宿うえま、という民宿に泊まる予定らしい、らしいっていうか、電話したのは俺だから間違いないんだけど、浩介と一緒にした記憶があるから、ちょっと不安だった。

「高校ん時もお世話になった、だっけ……。」

 浩介が言っていた、高校の修学旅行の民泊でもお世話になったって、覚えてないけど、ちょっと緊張する。

「あれー?お兄さん、一人旅?」

「……?」

「あたしはね!おじいちゃん家に行くんだ!お兄さん、一人なの?」

ふとぼーっとしてると、十二歳位の女の子が話しかけてきた。

 ぱっちりとした目に小柄、ポニーテールの長髪の女の子は、伊江島に行く人自体が珍しいのか、興味本位で話しかけてきたみたいだ。

「そうだよ。君のおじいさんは伊江島に住んでるのかい?」

「そうだよ!うえま、っていう民宿やってるの!」

「うえま……?俺が泊まりに行くの、君のおじいさんのお家だ。」

「そうなの?」

「そうだよ、民宿うえまにお世話になるんだ。」

 どうやら、女の子と俺は行き先が一緒らしい、女の子は驚いてて、ぱっちりした目をもっと見開いてる。

「おじゃいちゃんのところ、修学旅行の人以外全然来ないって言ってたよ?」

「昔、修学旅行でお世話になったんだよ。だから、もう一回行こうって。」

「へー、そうなんだ!あたし、おじいちゃんの家住んでたことあるから、もしかたら会った事あるかもね!」

「君は何て名前なんだい?俺は悠介だ。」

「あたしは八重子!よろしくね、悠介さん!」

 八重子ちゃんは、屈託のない笑顔で笑ってる、もしかしたら会った事があるかもしれない、それは浩介がいたら教えてくれたんだろうか。

「よろしくな、八重子ちゃん。」

 覚えていられたら良かったんだろうけど、八重子ちゃんも覚えてないみたいだし、まあ仕方ないのか、って思う、浩介がいたら、もしかしたらとは思うけど。

「八重ちゃん、お兄さんとお話してたの?」

「うん!おじいちゃん家泊まるんだって!」

「あらあら、ありがとうございます。父の民宿、あまり人が来ないから、ありがたいわ。」

「こちらこそ、お世話になります。」

 八重子ちゃんをそのまま大人にした様な、八重子ちゃんの母親っぽい人が話しかけてきて、八重子ちゃんそっくりなぱっちりした目を細めてる。

「あら、あなたどこかで……。」

「……?」

「私もね、八重ちゃんが小さい頃は島にいて、父の民宿を手伝っていてね?あなたに似た恰幅の良いたれ目の子と、もう一人可愛らしいぱっちりした目の高校生が泊まっていた事があってね?何て名前だったかしら……。」

「もしかして、悠介、浩介ではないですか?」

「そうそう!その子達よ!四人組で班を組んでたって言ってて、でも同じ班の二人が休んじゃったって言ってたわぁ。……、っていう事は、あなた悠介君?」

「はい、俺は悠介です。記憶喪失なっちゃったので、覚えてはいないんですけど……。」

 母親は心底驚いたような顔をしてた、それは俺も同じで、比嘉さんに続いて、こんな所で俺を知ってる人に会うなんて、って感じだ。

「記憶喪失って……。確か、週刊誌にそんな話が最近あったわね……。あれ、悠介君の事だったの?」

「はい、俺の事だと思います。ここに来る前、比嘉さんって言うタクシーの運転手さんに、その事を教えてもらって……。」

「そうだったのね……。悠介君、浩介君の事は悲しいけれど……、こうして会えたのも何かの縁ね。会えてよかったわ。記憶がなくなってしまっているんだったかしら、そうしたら自己紹介をしなきゃだわね。私は園枝、八重子の母で、あなたが泊まったうえまの民宿の娘よ。」

「まま、悠介さんと知り合いなの?」

「えぇ、八重ちゃんも遊んでもらってたのよ?浩介君と二人で、仲良くしてたのをよく覚えてるわ。」

 園枝さんは、懐かしそうに目を細めて、園枝さん自身より背の高い俺の頭を撫でてくれる、八重子ちゃんが十二歳位だと考えると、園枝さんは三十代前半くらいだろうか。

 母親よりも若いが、しかし俺を覚えてくれていた人に、感謝の気持ちが涙と一緒にわいてくる。

「ありがとう、ございます……。」

「泣かないの。あなたはきっと、浩介君に導かれてここに来たのでしょう?なら笑いなさい、あの頃のように、元気よく、ね。」

「はい……。」

 そう言われても、涙は止まらない、嬉しくて、悲しくて、辛くて、誇らしくて。

 俺は涙を止められず、園枝さんと八重子ちゃんが、頭を撫でてくれて、背中をさすってくれた。


「ほら、到着よ。行きましょう?」

「はい、ありがとうございます。」

 少し陽が落ちてきたあたりで、伊江島の港にフェリーが到着した、あんまり客自体は居なかったみたいで、十人くらいがちらほら降りる程度だ、冬休みの帰省だろうか、親子の姿もあった。

「こっちよ、いらっしゃい。」

「はい。」

「お兄さん、もう泣いてない?」

「大丈夫だよ、ありがとう。」

 園枝さんと八重子ちゃんに連れられて、俺はフェリーを下りて民宿に向かう、民宿は港から近くにあって、十分くらい歩いたら到着した。

「園枝、八重ちゃん、帰ったが。そっちはお客さんが?」

「今日一泊させてもらう、坂入悠介です。」

「おぉ!悠坊か!なつがしいな!浩坊は一緒じゃないんが?」

「えっと……、その……。」

「お父さん、浩介君はね、事故に巻き込まれて亡くなったのよ。だから、悠介君一人で来たの。」

 うえまに着くと、懐かしいなという顔をしている老人の男性が迎えてくれる、皺の濃い、顔の濃い沖縄らしい風貌の老人は、俺の事を覚えていてくれてたらしくて、浩介の事も覚えていてくれたみたいだ。

 でも、二人で予約したのに一人、って言うのに、疑問を浮かべてるみたいだ。

「んが、なんば浩坊の名前も入っとる?」

「……。事故に巻き込まれた影響で、幻覚を見ていたんです。だから……。だから……。」

「……。そだか、辛かったが。」

「ごめんなさい……。」

「おめさんが謝ることじゃなが。ほれ、入れ入れ、話はゆっぐり聞かせてもらうが。」

 老人は優しくそういってくれて、民宿に出迎えてくれた、園枝さんと八重子ちゃんに連れられて、俺は民宿の中にお邪魔することになった。


「そうが、浩坊が……。」

「俺達の事、覚えててくれたんですね……。」

「忘れもしねよ、ほれそご、おめさんらの写真が。」

「……。」

 民宿の居間に通されると、ずらりと高校生からの寄せ書きや写真があって、その中の一つを老人が指さす、そこには、海岸で見た若い俺と浩介の姿があって、本当にここに来た事があるんだな、って思わされる。

「おめさんらが来てから八年が。時短経つんは早いがなぁ。」

「なんで、覚えててくれたんですか……?修学旅行生、たくさん来るんでしょう?」

「そりゃおめさん、恋人同士なんで紹介されちゃ、覚えねわけいかんが?」

 やっぱり、その頃から付き合ってたんだ、高校生の頃から付き合ってたんだろう、って浩介の言葉から考えてはいたけど、老人の言葉を聞いて納得だ。

「じいちゃん、なんて言ってくれたが、おらおめさんらの爺だなんざ、誇らしいなんて思ったが。」

「……。じいちゃんって、呼んでたんですか……?」

「あなた達のおじいさん達が亡くなったって聞いて、お父さんったら俺の事爺って呼べ!なんて言ってたわよ?そんな事、他の旅行生にはいってなかったのにね。」

「そう、なんですか……?」

 両親が死んでいる事は聞いていたけど、まあ見舞いにも来なかったし、話にも上がらなかったから、確かにそれは納得だ、じいちゃん、と老人を呼んでいた事が、少し照れくさい気もする。

「ほれ、手紙がくれてたが。」

 写真を眺めてると、じいちゃんが奥に引っ込んで、すぐ戻ってくる、クッキーかなんかの箱を収納にした、その中身を広げて見せてくれた。

「これ、俺達が?」

「んが。おめさん達だけが、こして手紙なんてくれたが。」

 手紙は、俺と浩介が交互に送ってたみたいで、大体二か月に一回のやり取りをしてたみたいだ、俺が小説家としてデビューした話とか、浩介が就職した話だとか、二人で一緒に暮らし始めた話だとか、そんなとりとめのない報告と、最後には感謝の言葉を書いてあった。

「私も人の事言えるほど強くはないけど、浩介君は悠介君に生きてほしいって願ってると思うわよ。あなたは幸せにならなきゃいけない、浩介君がずっとそばに居てくれるから。」

「はい……。」

 浩介の書いた文字を見て、少しだけ記憶が戻ってくる、それは、じいちゃんから手紙が来たのを嬉しそうに見てて、それにどう返事をしようかって話をしている時だった。

 浩介は嬉しそうで、楽しそうで、どこか寂しそうで、そんな浩介の顔を見て、俺は嬉しそうに笑ってた。

「……。ありがとう、ございます……。」

「どした?急にお礼なんが。」

「少し、思い出したんです……。じいちゃんから手紙が来た時、浩介は嬉しそうにしてて……。」

 嗚咽をこぼしながら、俺は思い出せた事を嬉しく思う、手紙を読みながら、ゆっくりとその記憶を反芻させる。

「そだが、悠治っちゅう弟はどなったが?一緒暮らす、なんて書いてったが。」

「悠治と……?」

「家建てで暮らす、なんでのをな。」

 そっか、悠治も一緒にって思ってたんだ、ちゃんと、悠治と浩介は仲が良かったんだ。

 だから、俺は頑張れてたんだ、三人で一緒に暮らせる様に、みんなが笑って一緒に生きていける様に。

「悠治一人にさせたかったわけじゃ、なかったんだ……。」

「浩介君の弟さんだったかしら?今ここにいる事は知ってるの?」

「はい……。不安だっていうのに、俺が記憶を取りもせる様に旅をしてみたらって……。」

「そう……。本当に不安なんだろうけど、勇気のある弟さんね。連絡は取ってあげてるの?」

「はい……。昨日、比嘉さんって言う人に、連絡とってやれって、言って貰って……。」

「それはよかったわ、弟さんも少しは安心出来るわね。帰ったら、ちゃんとお礼を言うのよ?きっと、あなたと同じくらい、辛いと思うから。」

 園枝さんがそう言って、そこで気づかされる、悠治は、勇気があるんだって。

 浩介を亡くしたショックで記憶を失った弱い俺と違って、悠治は勇気があるから、俺を送り出してくれたんだって。

 怖くても、立ち向かう勇気、俺を、信じる勇気、ありもしない浩介の幻影に縋ってた俺なんかよりも、よっぽと強いじゃないか。

「悠治……、ごめん……。」

「あなたは謝るより、帰ってあげるのよ。ちゃんと生きて、顔を見せてあげるのよ。」

 前にも、同じような事を言われた事がある気がする、うっすらとだけど、記憶が少しずつ戻ってきてる今なら、それを思い出せそうな気がするんだ。

「両親の分まで、ちゃんと生きて幸せに……。」

「どうかした?」

 そうだ、浩介だ、俺が両親を亡くして憔悴してる時に、浩介が言ってくれたんだ。

「両親の分まで、ちゃんと生きて幸せになろうね。僕達が幸せになったら、悠介のご両親もきっと天国で、喜んでくれるから。」

 言葉を思い出して、それから、両親の墓前で、幸せになるって誓った時の事を思い出す。

「俺……。幸せになろうって、浩介と約束してたんです……。だけど、浩介は……。」

「あなたが生きている限り、あなたの中で生き続けるのよ。それは浩介君だけじゃない、ご両親だってそうよ。あなたは忘れているだけで、消えてしまったわけじゃない。だから、思い出せればいい。違うかしら?」

 何をどう言おうと、浩介はもういない、でも、俺は幸せにならなきゃならない、それは浩介の為に、自分自身の為に。

 どうすればいいのかはわからない、何が幸せなのかも、今の俺にはわからない、けれど、それだけは変わらない、それだけは譲れない。

「今日はゆっくり休んで、ちゃんと弟君に連絡をしてあげるのよ?」

「はい……。」

「そだが、部屋行くといいが。夕飯時、また呼ぶが。」

 じいちゃんが話を締めて、俺は民宿の二階に向かう、園枝さんの案内で、今日泊まる部屋に通された。


「……。」

「もしもし?悠にぃ?」

「悠治、ありがとうな。」

「急にどうしたの?」

 夕食を作っていると、悠介から電話がかかってきた、悠治はスマホを取ると、電話に出て少し安心する、今日も悠介は生きていた、自ら死ぬという選択肢を取らなかった。

「悠治は強いんだな、俺とは大違いだ。」

「そんなことないよ、ずっと悠にぃと浩にぃに、支えてもらってきたんだから。」

「……。あのさ、悠治。」

「なに?」

「帰ったら……。帰ったら、一緒に暮らそう。俺、家買うから。」

 悠治は、電話越しに驚く、浩介と悠介の間を邪魔してはいけない、と一緒に暮らしたい気持ちを抑えていた悠治にとっては、それは嬉しくもあり、虚しくもあった。

「それって……。僕は浩にぃの代わり……?」

 意地悪な問いだとは重々承知している、しかし、その気持ちを拭う事は出来なかったし、ならば何故今になって、と思ってしまったからだ。

「……。違うよ。」

「じゃあ、どうして……?」

「浩介と二人で、約束してたんだ。いつか一軒家を買って、悠治と三人で暮らそうって。それは、浩介がいなくなったからって、無しにしていい約束じゃないと思うんだ。」

「……。」

 悠治は涙を流す、二人が一緒に暮らす方法を選んでくれていた事が、悠介がそれを思い出してくれたことが、嬉しくて。

「バカだよ……、悠にぃは……。僕の事なんて……、忘れて、新しい……。」

「それは出来ないよ。だって俺は、浩介と一緒だったんだから。悠治の事だって、大切に思ってたんだって、少しだけ思い出せた。だから、忘れて新しい人生だなんて、寂しい事言わないでくれ。」

 まだ、すべてを思い出したわけではないのだろう、まだ、悠治の事も実感を持ててはいないのだろう、しかし、悠介にとって浩介が、浩介にとって悠介が大切な存在であったように、また二人にとって悠治は、大切な存在だった、それを悠介は思い出した。

 悠治の性格や詳細は思い出せずとも、大切に思っている事を思い出した。

「ありがとう……、悠にぃ……。僕……。一人じゃ、辛かった……。」

「……。俺も一緒だ。一人じゃ耐えきれなかったから、浩介を視てた。俺は弱いから、全部を忘れて逃げようとしたんだ。でも、悠治は違う。悠治は、立ち向かおうとしたんだ。現実が辛かったとしても、どれだけ苦しかったとしても。俺にはそれが出来なかった、だからこんな事を言う資格はないんだと思う。だけど……。それでも、俺は、生きて行きたい。浩介の分も、悠治と一緒に。」

 嘘偽りのない、悠介の言葉、悠介の言葉の選び方の癖はよくわかっている、これは本気でそう思っているんだと。

 悠治はそれが嬉しくて、少しだけ涙が引いてくる。

「僕は、強くなんてないよ……。本当に強かったら、悠にぃに……。」

「それは悠治の優しさ、だと俺は思うよ。きっと悠治は、あの時の俺には現実が耐えきれないと思ったから、話を合わせてくれたんだろう?」

 そんな事はない、ただ悠治は悠介の姿にショックを覚えて、悲しくなっただけだ、しかし、悠介はそう言ってくれる、それがたまらなく嬉しかった。

「ありがと……。悠にぃ、明日帰ってくるんだよね?遊びに、行っても良い?」

「明日の夜帰るよ、待ってる。」

「それじゃ、明日ね。」

「あぁ。」

 そういって、電話を切る、悠治は、心底ホッとしていた、悠介が生きていてくれた事、これからも生きようとしている事、一緒に暮らそうと言ってくれた事。

 すべてが嬉しくて、安心出来て、まだ全部を思い出したわけではない様子だったが、とりあえずのところは、と。


「なぁ浩介、浩介はどうしてそんなに前向きになれるんだ?」

「どうしてって、うーん……。悠介と悠治がいてくれるから、かな?」

「なんだそれ、答えになってない気がするぞ?」

「いいの!だって、これから僕達は幸せになろうって決めたでしょ?辛いことは沢山あったけれど、笑って生きていこうって。だから、僕は二人がいてくれるから、前を向いて歩けるんだ。僕が、二人の為に前を向いていようって、そう思えるから。怖い事もあるけど、苦しい事もあるけど、それでも僕は前を向いていられる。それは、悠介と悠治がいてくれるからだよ。」

「そっか……。じゃあ、俺もしっかり前向かないとな。浩介の為に、悠治の為に、何より俺自身の為に。」

「三人一緒なら、怖くたって平気だよ!」

「そうだな。」

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