祈り
「悠にぃ、これどうしたの?」
「これって?」
「だから、これ。えっと……。」
誕生日から一日たって、浩介は明後日から有給だって言って仕事に出かけて行った、一人で旅行の予約と準備をしようとしてたら、悠治が遊びに来たからココアを入れる。
「明後日から旅行行くんだよ、浩介と二人で、記憶を取り戻す旅にさ。」
「二人で……?えっと、そうなんだ。でも大丈夫?」
「大丈夫かって言われるとわかんないな、はぐれたりしたら大変だ。」
「そう、だよね……。」
どっか歯切れの悪い悠治の声に疑問はあったけど、けど記憶喪失の人間が旅行に行こうなんて言ってるんだから、それも当たり前かって。
悠治は心配そうにその旅の支度を見てて、眉間にしわを寄せる。
「大丈夫だよ、浩介も一緒だしさ。一人で行くってわけじゃないんだ。」
「そっか……、でも、心配だよ……。」
「心配してくれてありがとな、でも本当に大丈夫だよ。それに、記憶が戻ったらそれはそれで嬉しいだろ?」
「そう、だけど……。」
悠治は難しそうな顔をしてる、でも二人なら大丈夫だとほんとに思ってるんだけどな、病院に長く行かないわけでもないし、何日か旅行に出かけるだけ、のはずだから。
「……。悠にぃ、約束してね?ちゃんと帰ってくるって……。」
「ん?おう、わかってるよ。別に旅先で死のうなんて考えてるわけじゃないから、安心しな。」
安心してほしくて、声をかける、悠治は難しい顔のままだったけど、納得はしてくれたみたいだった。
「わかった、気を付けて行ってきてね。でも、連絡だけは取れる様にしておいてね?」
「わかった、約束するよ。」
スマホを見ると、悠治の連絡先は入ってた、だから、連絡を取ろうと思えばいつでも取れる。
そんなに心配する事もないんだろうけど、ってちょっと心配性なのかな?って思う。
「それで、今日は悠治は仕事休みなのか?」
「え、うん。休みだよ、二週間休み。明日まで休みだよ。」
「そんなに休んで大丈夫なのか?」
「えっと、うん、平気。」
そんなに仕事を休んで平気なのか、ってちょっとホワイトっぷりに関心関心、毎日家に来てるのに、浩介に会おうとしないって言う疑問は残ってるけど、悠治と浩介の間になんか問題でもあったのかもしれない、って思うと聞けない。
「なぁ悠治、なんか変じゃないか?」
「変って、何が?」
「何とも言えないんだけどさ……。」
違和感を口にしようとすると、胸がつっかえて言えなくなる、なんかがあるはずなのに、肝心なことを思い出せない、もどかしい、それになんでか知らないけど悲しい。
「記憶が戻ったらさ、このわけわかんないのもわかるのかな。」
「……。どうなんだろう、思い出さない方が良い事かもしれないよ?」
「でも、思い出せないと浩介にも悠治にも悪いしさ。それに、小説の新刊も書かなきゃ食っていけないし。」
「そう、だね。早く思い出してくれるといいなって、思ってるよ。」
歯切れの悪い悠治の顔を見て、色々と疑問が浮かんでくるけど、なんでか口に出す気にならない、悠治との関係性がそうだったのかな?ってそれも疑問だ。
「じゃあ、そろそろ帰るね。旅行、楽しんで、気を付けてね。」
「はいよ、またな。」
悠治は身支度をすると、雪上がりの寒い外に出て行った、俺はそれを見送りながら、違和感の正体を探ろうと考えたけど、結局思い浮かばないまま、時間だけが過ぎてった。
「ただいまぁ……。」
「浩介、お帰り。旅行の準備、済ませといたよ。」
「ありがとぉ、悠介。」
夜になって、へとへとに疲れた感じで浩介が帰ってきた、玄関まで出迎えると、何やら飲んできたみたいで顔が真っ赤になってる。
「飲んできたのか?顔真っ赤だぞ?」
「うん、上司に言われてね。お酒弱いのに、頑張っちゃったや。」
ふらふらしてる浩介を支えながら、久々に酒の匂いを嗅いで、こっちも少し酔っぱらって来た様な気がする。
浩介は顔を真っ赤にして、眠たそうにしながら靴を脱いで、寄りかかってきた。
「酔っぱらっちゃったぁ、悠介ぇ、ちゅー。」
「ん?」
「だから、ちゅー。」
浩介は唇をすぼめて、おねだりして来る、酔っぱらってるからなのか、元々甘えんぼなんだかわかんないけど、たまらなく愛おしく感じるんだ。
「はいはい、ちゅー。」
「……。」
軽くキスをすると、浩介は嬉しそうに目を細めてる、俺は少し恥ずかしくなって、でもやめる気にはならなくて。
暫くキスをしたままの状態で固まってて、浩介の匂いだとか、そこにいるんだっていう感触を確かめる。
「ほら、風邪ひくから。」
「はーい!」
五分くらいそのままキスしてて、唇を離す、浩介はもっとしてたそうな顔をしてるけど、酔っぱらいをずっと玄関先に置いとくのは危ない。
暖房を利かせたリビングを通って、そのまま浩介の部屋に連れてく。
「悠介、一緒に寝よ?」
「いいよ、着替えてくるから待っててな。」
「またない!もうずっと一緒!」
着替えをしようと一旦部屋から出ようとすると、浩介が後ろからくっついてくる、梃子でも離れない、なんて意思を感じて、俺は仕方ないかって思ってそのまま浩介と一緒に、ベッドに入る。
「寒いな。」
「悠介がいるから、寒くないよ!」
「そっか、俺もそうだ。」
テンションの高い浩介、そんな浩介を見てると、こっちまで嬉しくなってくる、それがお酒の力で作られた紛い物だったとしても、楽しい気持ちは本物なんだ。
「ねむーい……。」
「ゆっくり寝な、俺も傍にいるから。」
「えへへ、ありがとぉ、悠介……。」
言い終わるか言い終わらないかくらいで、スースー寝息を立て始める浩介、ドキドキすることはないんだけど、可愛いなってずっと思っちゃう。
俺はまだ眠くなくて、暫く浩介の寝顔を見てようかなって思ったんだけど、目を閉じて少し考える。
「……。」
もしも記憶が戻ったら、もしも記憶が戻らなかったら、あれこれ考えると不安もあるけど、でも大丈夫なんじゃないかとも思える。
だって、俺には浩介がいてくれる、一人じゃない、誰かと一緒にいられるっていうのは、それだけで幸せなんじゃないかって。
事故で大きな怪我をしなかったのも、それはそれで運が良かったって話だし。
「……。」
でも、浩介の顔を見てると、悠治の顔を思い出すと、記憶を取り戻さなきゃなならないって思う。
二人は俺の事を心配してくれるし、悠治はあんな泣いてる所を見た後だし、だから、頑張って記憶を取り戻したい。
「寝るか……。」
そんな事考えてると、少しずつ眠くなってきた、目を閉じて、浩介の寝息を聞きながら、俺は眠りの中に落ちていった。
「悠にぃ……。」
一人暮らしの部屋に戻ってきた悠治は、雪の降る中、不安げに空を見上げていた、不安の種は一つ、悠介が旅行に行くという事だ。
「記憶もないのに……。」
どうして、思い出の地を巡る旅、という話になったのだろうか、脳の片隅で覚えている、浩介との思い出をという意味なのだろうか。
それとも、記憶が改ざんされてしまっていて、県名などだけ覚えているから、そこに行こうとしているのか、止められない事を悔みながら、しかしどうしようもないのも事実だ。
「もし、いなくなっちゃったら……。」
悠介は、悠治にとってはもう一人の兄の様な存在だ、両親がいない今、唯一の家族とも。
そんな悠介がいなくなってしまったら、自分は耐えられるのだろうか?と考えてしまうと、不安になって仕方がない。
「あ、雪だ……。」
そういえば、雪が降る中浩介と悠介と、三人でよく遊んでいたな、と思い出す、悠治は、悠介が無事に帰ってくる事を祈る、そして記憶が戻る事も。
「お願い、浩にぃ……。」
悠介を守って欲しい、死者に願うのは酷な話かもしれないが、もう頼れるのは浩介との記憶だけだ。
悠治がそれに縋り、浩介に祈るのも、無理はないだろう。




