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僕はここにいるよ。  作者: 悠介


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4/9

誕生日を祝って

「ん……。」

 夢を見た気がする、それはとっても辛くて、すごく安心した様な、そんな夢、俺も独りぼっちじゃないって、傍にいてくれる人がいるんだって、そういう夢。


「浩介、おはよ……。あれ?」

 目を覚ますと、午前十時、浩介はベッドの中にはいなくて、俺一人だった。

「おーい、浩介ー。」

 仕事に行ったかな、有給取ったって言ってたけど、それはまだ先の話だったかな。

「ふあぁ……。」

 とりあえず一人だって事だけ認識して、俺は朝食の買出しを忘れてた事を思い出して、着替えて財布を持って買い物に出かけた。


「あの、坂崎浩介の、弟の悠治なんですけど……。」

「坂崎さん?えっと、十一日前に搬送された方のご家族ですか?」

「はい、そうなんですけど……。あの、坂入悠介について、聞きたい事があって……。」

 悠治は、朝早くから市立病院に足を運んでいた、昨日の悠介の不可解な言動に対して、何か病院が知っているのではないか、という考えからだ。

「少々お待ちください、先生が診察室でお話をと。」

 三分少々受付で待たされ、そこから診察室の前で待機する悠治、今日は晴れて雪は降っていないが、積雪からか寒さが体に染みてくる、他の患者も皆着こんでいて、今日がどれだけ寒いかが伺える。


「坂崎さーん、診察室へどうぞー。」

 ホットココアを飲みながら待機していると、悠治が呼ばれる、悠治は何か知っている事があればいいが、と不安に思いながら、診察室へと入った。


「こんにちは、お兄さんの事は残念ですが……。」

「はい、それはいいんです。兄は即死だったと聞いていますし、病院が悪いわけじゃないですから……。それで、坂入の事なんですけど……。」

「坂崎さんの事を話していた、ですか?」

「え……?って事は、病院でも?」

「そうですな。坂入さんは記憶喪失になっていて、それなのになぜか坂崎浩介さんの事を話し、誰かと喋っている。おそらく幻覚の類でしょうが、何故幻覚が見えているのか、何故坂崎さんの事を覚えているのか、それはわかっていません。」

「そう、なんですか……。それで、浩にぃの事を……。」

 悠治は、何故浩介の事を悠介が覚えているのかを、病院側が把握していない事に落胆するが、それはそれで不幸中の幸いだったのかもしれない、と感じる、悠介にとって浩介が、浩介にとって悠介が、どれだけ大切な存在なのかは、よくわかっていたから。

「坂入さんに、通院はしっかりとするようにとお伝えしていただいても?」

「はい、伝えておきます。あの……、悠にぃの記憶は、戻る可能性はあるんでしょうか?」

「……。何とも言えないですな、戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。一部だけ戻る可能性もあれば、全ての記憶が戻る可能性もある。今の医療や科学では、想定出来ない領域です。」

「そうですか……。」

「それと、坂入さんの幻覚については、あまり指摘しない様にしてください。彼は、深層心理では坂崎さんが亡くなった事を覚えていて、それを否定したくて幻覚を見ている可能性もありますから。」

「はい、わかりました。ありがとうございます、先生。」

 悠治はお礼を言うと、席を立つ、医者、湯沢は、悠治が苦しそうな顔をしているのに気づいていて、どうしたものかと考える。

 しかし、乗り越えなければならない事なのだ、どうしようもない事なのだ、と何も言えなかった。

 悠治が診察室から出ていく背中を見て、湯沢はため息を一つついた。


「悠にぃ、お邪魔します。」

「お、悠治か。浩介なら仕事行ったぞ?」

「えっと……、そっか。そうそう、今日は悠にぃの誕生日だから、お祝いだよ。」

「俺、誕生日だったのか?」

「うん、今日は十二月十三日、悠にぃの誕生日。」

 インターホンが鳴って、また悠治が顔を出しに来てくれた、今日が俺の誕生日だって、まあ当たり前の如く忘れてたんだけど、悠治は何か袋を持ってた。

「これ、プレゼント。悠にぃ、腰痛めてたでしょ?」

「ありがと、悠治。寒いから上がっていきなよ。」

「うん、お邪魔します。」

 悠治は体をぶるっと震わせてる、そうじゃなくても玄関を開けた時に強烈な冷気が入ってきた、外は相当寒いんだろうし、客人が来たのにこんな寒い中玄関でバイバイは、ちょっと失礼だろう。

 悠治に上がっていく様にいうと、悠治は寒そうにしながら中に入ってきた。


「プレゼント、開けてよ。悠にぃ、腰が痛いって言ってたでしょ?」

「腰?そういや痛いような気もするな。」

 リビングに移って、悠治が渡してくれたプレゼントを開けると、椅子用のクッションだった、入院してる間とか、ここ数日はデスクに座ることがなかったから、腰が痛いのかはわかんなかったけど、どうやら俺は腰痛持ちらしい。

「これ、いいやつなんだってよ?腰痛いの辛いって言ってたし、良くなるといいね。」

「ありがとな。」

「いえいえ、これくらいしか出来ないから。そうだ、病院に今日行ってきたんだけど、通院しっかりしてくださいね、だってさ。」

「あはは……。通院したとこで記憶が戻るのかね?って疑問に思っちまうよ。このまま戻らないかもしれないし、それはそれで仕方がないんじゃないかなって。」

「……、僕は思い出してほしいよ……。思い出、たくさんあったんだから……。」

「それもそうだな。ごめんな、変なこと言っちまって。」

 記憶戻らない可能性、って事に悠治は暗い顔をしてる、それもそうだろうな、浩介と仲良かった俺は悠治とも仲良かっただろうし、そんな楽しかった記憶すら戻らないってのは寂しいだろう。

 でも、戻らないものは仕方がない、って諦めてた方が、気持ちが楽な気もするんだよな。

「でも、もし悠にぃが記憶戻らなくても、僕はずっと通うからね。だって、悠にぃの事も大好きだもん。」

「ありがとう、悠治。」

 悠治の表情はどっか寂しそうで、思ってるけど思ってないみたいな感じがする、何だろう、何かを失ってしまった後みたいな、俺も両親を亡くした時そういう顔をしてたのかな、って。

「大丈夫か?」

「え?なんで?」

「顔色悪いっていうか、暗いっていうか。俺は悠治の事忘れちゃってるけどさ、なんだか悲しそうだなって。」

「……、そうかな……。」

「なんかあったのか?俺でよければ聞くぞ?」

「……。悠にぃには、悠にぃにはわかんないよ……。」

 悠治は拒んだ、俺が記憶を無くしちゃった事が悲しいからなのか、それとも俺には言えない事なのか。

「悠にぃには……、わかんないよ……。」

「悠治……。」

 悠治は何かが耐えきれなくなったのか、涙を流し始める、なんで泣いてるのかがわかんなくて、俺は困ってる顔をしてると思う。

「っ……。」

 泣いてる悠治に何も声を掛けられずにいると、ふと頭が痛くなる。

 こんな事が、前にもあった気がする、気がするだけで思い出したわけでもないんだけど、なんとなく前にも同じ様な場面にあってた、そんな気がする。

「悠治……、俺じゃダメか?」

「……。違うよ……、悠にぃは……。」

 ぽろぽろと涙を流しながら、悠治は首を横に振った、俺には言えない、言ってはいけない、と自分に言い聞かせている様に、その姿は映った。


「……。何でもないんだ、悠にぃは自分の事しっかり考えて。」

「悠治……。」

 暫く泣いていた悠治が泣き止んで、潤んだ目で俺を見てる、その目は浩介の目によく似てて、浩介も泣いたらこんな感じになるのかなって、そう思った。

 それと同時に、いつだったか見た事がある、そんな気がする。

「あのさ、悠治。」

「なに……?」

「俺、忘れちゃったけどさ。悠治の事も、大好きだったと思うよ。それは、今でも変わんない。」

「……。」

 思った事を口にすると、また悠治は涙をぽろぽろと流し始めた、泣かせるつもりはなかったんだけど、どうしたもんかってなる。

「僕も……、僕も、悠にぃの事大好きだよ。」

 悠治は耐えられなくなった、って感じで立ち上がって、玄関に向かう。

「浩介には会っていかなくていいのか?」

「大丈夫……。ありがとう、悠にぃ。また来るね。」

「あぁ、気を付けて帰ってな。」

「うん……。」

 靴を履いて、涙の後を残しながら、悠治は出て行った、俺は見送りながら、少し寂しい様な、悲しい様な気持ちになった。


「浩にぃ……。僕は、どうすればいいんだろ……?」

 悠介の家からほど近いアパートに戻った悠治は、仏壇に向かって声をかけていた、浩介と悠治の両親は事故で数年前に亡くなっている、それは悠治が高校を卒業して、働き出した頃の話だ。

 その頃には悠介と浩介は同居をしていて、悠治は一旦二人の元で生活してから、一人暮らしを始めた。

 悠介と浩介は、悠治と一緒に三人で一軒家でも、と考えていたのだが、悠治が二人の仲を邪魔したくない、と一人暮らしを選んだのだ。

「浩にぃ、どうして……。」

 浩介が亡くなって、悠介が入院している間に、通夜や葬式は終わっていた、もう浩介の遺骨は家の墓の中にあって、悠治は一人、悠介の安否を心配していたのだ。

「僕、どうしたら……。」

 今は忌引き休暇で会社から休みをもらっている、しかし、一人きりで過ごす時間というのは、あまりに空虚だろう。

 事故の加害者との示談の話は弁護士に一任しているし、悠治自身は何かしなければならない事もない、悠介が無事だと知ってホッとした部分はあるが、しかし記憶喪失。

「なんで……。」

 幸せそうだった二人が、何故こんな目にあわなければならないのか、自分は、何故こんな苦しい思いをしなければならないのか。

 事故の加害者を恨んだところで、浩介は帰ってこないし、悠介の記憶が戻るわけでもない。

「……。」

 ぽつぽつと、涙が流れてしまう、仲の良かった兄である浩介がいなくなってしまって、仲良くしてくれていた悠介は幻覚を見ている。

 悠介の前では気丈に振舞っていたが、心の傷は深すぎる、悲しみを癒してくれる人はいない、会社でもきっと腫物扱いをされるだろう、悠治は、仏壇を拝みながら、涙を流し続けた。


「ただいまー。」

「お帰りー。」

「悠介、誕生日おめでとう。」

 夜七時になって、浩介が帰ってきた、寒そうに身を震わせながら玄関に上がってきた浩介を見ていると、悠治の涙を思い出しちゃう。

「悠治、今日も来てたよ。なんだか、泣いちゃったけど。」

「そうなの?うーん……。」

 浩介は優しい、だから悠治が泣いてたって聞いて悩んでる、俺もどうしようもなかったけど、悠治が泣いてるのを見るとこっちも悲しくなってきて、どうにか出来ないかなって思うんだ。

「悠治、寂しいのかな。」

「そうなのかもしれないな。浩介、会ってあげなよ。」

「そうだね。」

 二十五歳の誕生日を祝ってくれた事も忘れて、悠治の心配、はそうなんだけど、なんで浩介は悠治に会わないのかな?ってちょっと疑問が浮かんでくる。

「あ、誕生日プレゼント選んでくるの忘れてたや。」

「だいじょぶだよ、別に欲しい物があるわけでもないし。こうして一緒にいてくれるだけで、立派なプレゼントだ。」

「ふふ、悠介はいっつもそういう事言ってくれるよね。僕、嬉しいよ。」

「そうなんか?まあ、一応小説家らしいしな。」

 浩介がハグをしながら笑う、それで、俺もつられて笑うんだけど、どうしても悠治の涙が頭の裏にちらつくんだ。

 前にも同じ様な事があった様な、無くした記憶の中に、そんな事があった様な、そんな気がする。

「ケーキ、自分で選ぶっていうのもあれだけど、今から買いに行くか?」

「いいの?」

「おう、二人でお祝いだ。」

 浩介は悩んでいる顔をしながら、嬉しそうに笑う、じゃあ早速、って着替えをしに部屋に行って、俺も外出用の外着に着替える為に部屋に入った。

「……。」

 違和感を感じる、様な気がする、自分の事を忘れた俺に対して、こんなに優しいのに、仲が良かったと思う悠治と会おうとしない、その事に。

 ほんとは仲良くないのかな?って考えもあるにはあるけど、悠治のあの感じからして、それもないと思うし、浩介も悠治を気にかけてる様子はある、だから、わかんなくなってくる。

「うーん……。」

 わかんないけど、なんか理由があるんだろうな、って考えに落ち着く。

「悠介、準備出来たよ。」

「はいよ、すぐ済ませる。」

 考えてるうちに浩介は着替えを済ませて、俺も着替えを済ませて寒空の下に出かけた。


「どのケーキがいいかな……。」

「お客様、どういったご用向きのお品をお探しですか?」

「えっと、誕生日ケーキを。浩介は何が好き?」

「お、お客様……?」

「はい、なんでしょう?」

 ケーキ屋さんについて、俺と浩介二人でケーキを選んでると、店員が話しかけてきた、何のケーキがいいかって浩介に話を振ると、店員はなんだかぎょっとしたというか、幽霊でも見てる様な顔をした。

「どうかしました?」

「えっと、お客様……、えっと……。どなたにお声を掛けて、いらっしゃるのでしょうか?」

「誰……?誰って、ここにいるでしょ?」

「悠介……。」

 店員の女の人は、わけがわからないという顔をしてて、俺もわけがわかんなくて浩介の方を見ると、浩介も困惑顔をしてた。

 三者三様にわけのわかんない顔をしてて、俺は思わず笑いそうになる、でも、浩介をいない者扱いするってのはいやだって思って、何も言わずに浩介の手をひっっぱって店を飛び出した。


「ごめん、浩介……。俺、何にも考えないで……。」

「ううん、嬉しかった。」

 店を飛び出して、少し歩いてから俺は浩介に謝ったんだけど、浩介はニコニコ笑いながら俺の頬っぺたを両手で包んでくれる。

 その仕草というか、そうしてくれる事で気持ちが落ち着いた様な気がしてくる。

「ケーキ、どうしよっか。」

「うーん、また今度買いに行く?」

「そうしようか、ちょっと恥ずかしいし。」

 今日のころは仕方がない、って思って家に戻ろうとする、浩介はそれを見ながらニコニコしてて、手を繋いで一緒に横を歩いてくれる。

「なぁ浩介、俺って……。」

「なあに?」

「いや、何でもない。帰ろう、寒いし。」

 なんだかふと、何かを聞こうと思ったんだけど、何を聞こうか忘れちゃって、俺は浩介と手を繋いで家に帰った。

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