誕生日を祝って
「ん……。」
夢を見た気がする、それはとっても辛くて、すごく安心した様な、そんな夢、俺も独りぼっちじゃないって、傍にいてくれる人がいるんだって、そういう夢。
「浩介、おはよ……。あれ?」
目を覚ますと、午前十時、浩介はベッドの中にはいなくて、俺一人だった。
「おーい、浩介ー。」
仕事に行ったかな、有給取ったって言ってたけど、それはまだ先の話だったかな。
「ふあぁ……。」
とりあえず一人だって事だけ認識して、俺は朝食の買出しを忘れてた事を思い出して、着替えて財布を持って買い物に出かけた。
「あの、坂崎浩介の、弟の悠治なんですけど……。」
「坂崎さん?えっと、十一日前に搬送された方のご家族ですか?」
「はい、そうなんですけど……。あの、坂入悠介について、聞きたい事があって……。」
悠治は、朝早くから市立病院に足を運んでいた、昨日の悠介の不可解な言動に対して、何か病院が知っているのではないか、という考えからだ。
「少々お待ちください、先生が診察室でお話をと。」
三分少々受付で待たされ、そこから診察室の前で待機する悠治、今日は晴れて雪は降っていないが、積雪からか寒さが体に染みてくる、他の患者も皆着こんでいて、今日がどれだけ寒いかが伺える。
「坂崎さーん、診察室へどうぞー。」
ホットココアを飲みながら待機していると、悠治が呼ばれる、悠治は何か知っている事があればいいが、と不安に思いながら、診察室へと入った。
「こんにちは、お兄さんの事は残念ですが……。」
「はい、それはいいんです。兄は即死だったと聞いていますし、病院が悪いわけじゃないですから……。それで、坂入の事なんですけど……。」
「坂崎さんの事を話していた、ですか?」
「え……?って事は、病院でも?」
「そうですな。坂入さんは記憶喪失になっていて、それなのになぜか坂崎浩介さんの事を話し、誰かと喋っている。おそらく幻覚の類でしょうが、何故幻覚が見えているのか、何故坂崎さんの事を覚えているのか、それはわかっていません。」
「そう、なんですか……。それで、浩にぃの事を……。」
悠治は、何故浩介の事を悠介が覚えているのかを、病院側が把握していない事に落胆するが、それはそれで不幸中の幸いだったのかもしれない、と感じる、悠介にとって浩介が、浩介にとって悠介が、どれだけ大切な存在なのかは、よくわかっていたから。
「坂入さんに、通院はしっかりとするようにとお伝えしていただいても?」
「はい、伝えておきます。あの……、悠にぃの記憶は、戻る可能性はあるんでしょうか?」
「……。何とも言えないですな、戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。一部だけ戻る可能性もあれば、全ての記憶が戻る可能性もある。今の医療や科学では、想定出来ない領域です。」
「そうですか……。」
「それと、坂入さんの幻覚については、あまり指摘しない様にしてください。彼は、深層心理では坂崎さんが亡くなった事を覚えていて、それを否定したくて幻覚を見ている可能性もありますから。」
「はい、わかりました。ありがとうございます、先生。」
悠治はお礼を言うと、席を立つ、医者、湯沢は、悠治が苦しそうな顔をしているのに気づいていて、どうしたものかと考える。
しかし、乗り越えなければならない事なのだ、どうしようもない事なのだ、と何も言えなかった。
悠治が診察室から出ていく背中を見て、湯沢はため息を一つついた。
「悠にぃ、お邪魔します。」
「お、悠治か。浩介なら仕事行ったぞ?」
「えっと……、そっか。そうそう、今日は悠にぃの誕生日だから、お祝いだよ。」
「俺、誕生日だったのか?」
「うん、今日は十二月十三日、悠にぃの誕生日。」
インターホンが鳴って、また悠治が顔を出しに来てくれた、今日が俺の誕生日だって、まあ当たり前の如く忘れてたんだけど、悠治は何か袋を持ってた。
「これ、プレゼント。悠にぃ、腰痛めてたでしょ?」
「ありがと、悠治。寒いから上がっていきなよ。」
「うん、お邪魔します。」
悠治は体をぶるっと震わせてる、そうじゃなくても玄関を開けた時に強烈な冷気が入ってきた、外は相当寒いんだろうし、客人が来たのにこんな寒い中玄関でバイバイは、ちょっと失礼だろう。
悠治に上がっていく様にいうと、悠治は寒そうにしながら中に入ってきた。
「プレゼント、開けてよ。悠にぃ、腰が痛いって言ってたでしょ?」
「腰?そういや痛いような気もするな。」
リビングに移って、悠治が渡してくれたプレゼントを開けると、椅子用のクッションだった、入院してる間とか、ここ数日はデスクに座ることがなかったから、腰が痛いのかはわかんなかったけど、どうやら俺は腰痛持ちらしい。
「これ、いいやつなんだってよ?腰痛いの辛いって言ってたし、良くなるといいね。」
「ありがとな。」
「いえいえ、これくらいしか出来ないから。そうだ、病院に今日行ってきたんだけど、通院しっかりしてくださいね、だってさ。」
「あはは……。通院したとこで記憶が戻るのかね?って疑問に思っちまうよ。このまま戻らないかもしれないし、それはそれで仕方がないんじゃないかなって。」
「……、僕は思い出してほしいよ……。思い出、たくさんあったんだから……。」
「それもそうだな。ごめんな、変なこと言っちまって。」
記憶戻らない可能性、って事に悠治は暗い顔をしてる、それもそうだろうな、浩介と仲良かった俺は悠治とも仲良かっただろうし、そんな楽しかった記憶すら戻らないってのは寂しいだろう。
でも、戻らないものは仕方がない、って諦めてた方が、気持ちが楽な気もするんだよな。
「でも、もし悠にぃが記憶戻らなくても、僕はずっと通うからね。だって、悠にぃの事も大好きだもん。」
「ありがとう、悠治。」
悠治の表情はどっか寂しそうで、思ってるけど思ってないみたいな感じがする、何だろう、何かを失ってしまった後みたいな、俺も両親を亡くした時そういう顔をしてたのかな、って。
「大丈夫か?」
「え?なんで?」
「顔色悪いっていうか、暗いっていうか。俺は悠治の事忘れちゃってるけどさ、なんだか悲しそうだなって。」
「……、そうかな……。」
「なんかあったのか?俺でよければ聞くぞ?」
「……。悠にぃには、悠にぃにはわかんないよ……。」
悠治は拒んだ、俺が記憶を無くしちゃった事が悲しいからなのか、それとも俺には言えない事なのか。
「悠にぃには……、わかんないよ……。」
「悠治……。」
悠治は何かが耐えきれなくなったのか、涙を流し始める、なんで泣いてるのかがわかんなくて、俺は困ってる顔をしてると思う。
「っ……。」
泣いてる悠治に何も声を掛けられずにいると、ふと頭が痛くなる。
こんな事が、前にもあった気がする、気がするだけで思い出したわけでもないんだけど、なんとなく前にも同じ様な場面にあってた、そんな気がする。
「悠治……、俺じゃダメか?」
「……。違うよ……、悠にぃは……。」
ぽろぽろと涙を流しながら、悠治は首を横に振った、俺には言えない、言ってはいけない、と自分に言い聞かせている様に、その姿は映った。
「……。何でもないんだ、悠にぃは自分の事しっかり考えて。」
「悠治……。」
暫く泣いていた悠治が泣き止んで、潤んだ目で俺を見てる、その目は浩介の目によく似てて、浩介も泣いたらこんな感じになるのかなって、そう思った。
それと同時に、いつだったか見た事がある、そんな気がする。
「あのさ、悠治。」
「なに……?」
「俺、忘れちゃったけどさ。悠治の事も、大好きだったと思うよ。それは、今でも変わんない。」
「……。」
思った事を口にすると、また悠治は涙をぽろぽろと流し始めた、泣かせるつもりはなかったんだけど、どうしたもんかってなる。
「僕も……、僕も、悠にぃの事大好きだよ。」
悠治は耐えられなくなった、って感じで立ち上がって、玄関に向かう。
「浩介には会っていかなくていいのか?」
「大丈夫……。ありがとう、悠にぃ。また来るね。」
「あぁ、気を付けて帰ってな。」
「うん……。」
靴を履いて、涙の後を残しながら、悠治は出て行った、俺は見送りながら、少し寂しい様な、悲しい様な気持ちになった。
「浩にぃ……。僕は、どうすればいいんだろ……?」
悠介の家からほど近いアパートに戻った悠治は、仏壇に向かって声をかけていた、浩介と悠治の両親は事故で数年前に亡くなっている、それは悠治が高校を卒業して、働き出した頃の話だ。
その頃には悠介と浩介は同居をしていて、悠治は一旦二人の元で生活してから、一人暮らしを始めた。
悠介と浩介は、悠治と一緒に三人で一軒家でも、と考えていたのだが、悠治が二人の仲を邪魔したくない、と一人暮らしを選んだのだ。
「浩にぃ、どうして……。」
浩介が亡くなって、悠介が入院している間に、通夜や葬式は終わっていた、もう浩介の遺骨は家の墓の中にあって、悠治は一人、悠介の安否を心配していたのだ。
「僕、どうしたら……。」
今は忌引き休暇で会社から休みをもらっている、しかし、一人きりで過ごす時間というのは、あまりに空虚だろう。
事故の加害者との示談の話は弁護士に一任しているし、悠治自身は何かしなければならない事もない、悠介が無事だと知ってホッとした部分はあるが、しかし記憶喪失。
「なんで……。」
幸せそうだった二人が、何故こんな目にあわなければならないのか、自分は、何故こんな苦しい思いをしなければならないのか。
事故の加害者を恨んだところで、浩介は帰ってこないし、悠介の記憶が戻るわけでもない。
「……。」
ぽつぽつと、涙が流れてしまう、仲の良かった兄である浩介がいなくなってしまって、仲良くしてくれていた悠介は幻覚を見ている。
悠介の前では気丈に振舞っていたが、心の傷は深すぎる、悲しみを癒してくれる人はいない、会社でもきっと腫物扱いをされるだろう、悠治は、仏壇を拝みながら、涙を流し続けた。
「ただいまー。」
「お帰りー。」
「悠介、誕生日おめでとう。」
夜七時になって、浩介が帰ってきた、寒そうに身を震わせながら玄関に上がってきた浩介を見ていると、悠治の涙を思い出しちゃう。
「悠治、今日も来てたよ。なんだか、泣いちゃったけど。」
「そうなの?うーん……。」
浩介は優しい、だから悠治が泣いてたって聞いて悩んでる、俺もどうしようもなかったけど、悠治が泣いてるのを見るとこっちも悲しくなってきて、どうにか出来ないかなって思うんだ。
「悠治、寂しいのかな。」
「そうなのかもしれないな。浩介、会ってあげなよ。」
「そうだね。」
二十五歳の誕生日を祝ってくれた事も忘れて、悠治の心配、はそうなんだけど、なんで浩介は悠治に会わないのかな?ってちょっと疑問が浮かんでくる。
「あ、誕生日プレゼント選んでくるの忘れてたや。」
「だいじょぶだよ、別に欲しい物があるわけでもないし。こうして一緒にいてくれるだけで、立派なプレゼントだ。」
「ふふ、悠介はいっつもそういう事言ってくれるよね。僕、嬉しいよ。」
「そうなんか?まあ、一応小説家らしいしな。」
浩介がハグをしながら笑う、それで、俺もつられて笑うんだけど、どうしても悠治の涙が頭の裏にちらつくんだ。
前にも同じ様な事があった様な、無くした記憶の中に、そんな事があった様な、そんな気がする。
「ケーキ、自分で選ぶっていうのもあれだけど、今から買いに行くか?」
「いいの?」
「おう、二人でお祝いだ。」
浩介は悩んでいる顔をしながら、嬉しそうに笑う、じゃあ早速、って着替えをしに部屋に行って、俺も外出用の外着に着替える為に部屋に入った。
「……。」
違和感を感じる、様な気がする、自分の事を忘れた俺に対して、こんなに優しいのに、仲が良かったと思う悠治と会おうとしない、その事に。
ほんとは仲良くないのかな?って考えもあるにはあるけど、悠治のあの感じからして、それもないと思うし、浩介も悠治を気にかけてる様子はある、だから、わかんなくなってくる。
「うーん……。」
わかんないけど、なんか理由があるんだろうな、って考えに落ち着く。
「悠介、準備出来たよ。」
「はいよ、すぐ済ませる。」
考えてるうちに浩介は着替えを済ませて、俺も着替えを済ませて寒空の下に出かけた。
「どのケーキがいいかな……。」
「お客様、どういったご用向きのお品をお探しですか?」
「えっと、誕生日ケーキを。浩介は何が好き?」
「お、お客様……?」
「はい、なんでしょう?」
ケーキ屋さんについて、俺と浩介二人でケーキを選んでると、店員が話しかけてきた、何のケーキがいいかって浩介に話を振ると、店員はなんだかぎょっとしたというか、幽霊でも見てる様な顔をした。
「どうかしました?」
「えっと、お客様……、えっと……。どなたにお声を掛けて、いらっしゃるのでしょうか?」
「誰……?誰って、ここにいるでしょ?」
「悠介……。」
店員の女の人は、わけがわからないという顔をしてて、俺もわけがわかんなくて浩介の方を見ると、浩介も困惑顔をしてた。
三者三様にわけのわかんない顔をしてて、俺は思わず笑いそうになる、でも、浩介をいない者扱いするってのはいやだって思って、何も言わずに浩介の手をひっっぱって店を飛び出した。
「ごめん、浩介……。俺、何にも考えないで……。」
「ううん、嬉しかった。」
店を飛び出して、少し歩いてから俺は浩介に謝ったんだけど、浩介はニコニコ笑いながら俺の頬っぺたを両手で包んでくれる。
その仕草というか、そうしてくれる事で気持ちが落ち着いた様な気がしてくる。
「ケーキ、どうしよっか。」
「うーん、また今度買いに行く?」
「そうしようか、ちょっと恥ずかしいし。」
今日のころは仕方がない、って思って家に戻ろうとする、浩介はそれを見ながらニコニコしてて、手を繋いで一緒に横を歩いてくれる。
「なぁ浩介、俺って……。」
「なあに?」
「いや、何でもない。帰ろう、寒いし。」
なんだかふと、何かを聞こうと思ったんだけど、何を聞こうか忘れちゃって、俺は浩介と手を繋いで家に帰った。




