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僕はここにいるよ。  作者: 悠介


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1/9

記憶をなくして

 キィィィィィィィィィィ!ドンッ!

「おい!人が二人轢かれたぞ!」

「救急車!救急車!」

「あんな勢いで突っ込まれたら……。」

「こう……すけ……。」


「……。ううん……、ここは?」

「目が覚めましたか!良かったぁ。」

「……、貴女は?」

「私は看護師の加藤です、貴方は交通事故にあってトラックに轢かれてしまって、ここに搬送されたんでしょ。」

 目を覚ますと、ずきずきと頭が痛む、知らない天井に、知らない看護師の女性がいて、ここが何処なのかもわからない。

「……、俺は?」

「忘れてしまったなんて、そんな事言わないでくださいよ?坂入さん。」

「坂入さん?それが俺の名前ですか?」

 思い出せない、何も思い出せない、自分が何者だったのかも、何をしていたのかも、何故自分が病院にいるのかも、何もかもが。

「もしかして……、記憶が無くなってしまってるのでしょうか……?先生にお話しておきますね、悲しい事ですが……。」

 加藤さんはそう言うと、検査の準備の為にと部屋を出て行ってしまう、一人残された俺は、訳が分からない中で体中の痛みに首を傾げた。


「悠介、やっと起きてくれたんだね。」

「え……?悠介って、俺の事?君は?」

「僕だよ、浩介だよ。それも忘れちゃったの?」

「えっと……。ご、ごめん……。」

 暫く一人で痛みに耐えていると、いつ入って来たのか一人の男性がベッドの横に座っていた。

 いつの間にか入って来たのだろうか?痛みでわからなかったんだろうか?そんな事を考えながら、俺は浩介を見つめる。

 丸顔に坊主、ぱっちりとしたくりくりした丸い目に、柔らかい笑み、思い出せない、思い出せないのに、なんでか知らないけどそれが苦しくて仕方がない。

「事故のショックで恋人を忘れるなんて、酷いなぁ。」

「恋人?君と俺は付き合ってたのか?」

「そうだよ、もうずっと長く付き合ってきたんだよ。だから、僕はここにいるんだよ。」

 事故の影響で、記憶が無くなってしまった、けれど、今ここにいる浩介の言葉は、真実の様に感じられる。

 何故って、とても暖かい気持ちになるから、浩介が話している声を聞くと、なんでだか心地いいからだ。

「ごめん、忘れちゃって。」

「仕方がないよ、あんなに酷い事故だったんだから。」

「そんなに酷い事故って、俺どうしちゃったんだ?体中痛いけど、別に骨折れてるとかじゃなさそうだし。」

 体を起こし、全身を眺めてみる、けれど、別にギプスなんかはつけられてないし、体が動かない所もない、トラックに轢かれたと加藤さんは言っていただろうか、運が良かった、それは本当にそうらしい。

「悠介はほんとに、昔から悪運だけは強いからね。」

「そ、そうなのか?」

 浩介がクスクスと笑っている、そんな浩介を見ていると、俺も静かに笑いがこみあげてくる。

 なんでだろう、覚えていないけど、ずっとこんな調子で話をしてた様な気もする、何時ものやり取り、って言えば良いのかな。

「ねぇ悠介、僕の事も忘れちゃったうっかりさんな悠介、僕達まだお付き合いしてるよね?」

「う、うん。付き合ってたなら、忘れてたって変わらないよ。」

「良かった、悠介だけでも僕の事好きでいてくれて。」

「……?」

 浩介の言葉の意味がわからなかった、というか、その言葉の意味も忘れていた。

 浩介はそんな俺を見ながら、ニコニコ笑って嬉しそうにしてたんだ。


「坂入さーん、検査の時間ですよー。」

「はーい。浩介、少し席外してもらってもいい?」

「うん、わかった。」

「……、坂入さん?」

 少し浩介と話していたら、加藤さんが戻ってきた、検査って事は色々するんだろうなって思って、浩介には席を外してもらおうと声を掛けた。

 浩介は素直に病室を出て行ったんだけど、加藤さんはなんだか不思議そうな顔をしてる。

「誰かいらっしゃったんですか?」

「え?今すれ違いましたよね?僕の恋人の浩介ですよ。」

「浩介……。そ、それより検査の時間ですよ、車いすに乗れますか?」

 加藤さんの後ろからもう一人看護師が来て、車いすを持ってきた、名札には江本って書かれてて、加藤さんがベテランの中年看護師なら、江本さんはまだ若そうに見える。

 だからなんだって訳じゃないけど、俺個人的にはベテランさんの方が安心するかなって。

「お怪我はされてますけど、骨折してる訳でもないですし、乗り移れますか?」

「多分……。ちょっと体が痛いですけどね。」

見栄を張ってちょっと強がってみる。

 実際はだいぶ体が痛いけど、動かせない程でもないから。

「はーい、ありがとうございまーす。じゃあ加藤さん、検査連れていきますねー。」

 江本さんは少し緩そうな空気の持ち主の様で、語尾がちょっと伸びている、そんな江本さんの声にちょっと笑いながら、俺は検査に連れていかれた。


「結論から言いますと、事故のショックによる記憶喪失ですな。これから先、治るかどうかはわかりませんが……。」

「そうですか……。」

 検査が一通り終わって、診察室に連れていかれた、そこで、医者が重々し気に俺の状態を再確認させてくれるが、不思議と辛いとはあまり思わなかった。

 確かに、家族の事とか仕事の事を考えると辛いし、難しい事もあるけど、浩介がすぐに来てくれて、俺の事を話してくれた、だから俺自身が何者で、何をしてるかとかも、浩介が教えてくれると思うんだ。

「坂入さん、気を落とさないでくだされ。記憶がふと戻る可能性も、無くはありませんから。」

「ありがとうございます、そんなに落ち込んでないですから、大丈夫ですよ。」

 俺は、嘘偽りのない気持ちを医者に伝える、医者、湯沢先生は複雑そうな顔をしていたが、本人の意思を尊重したい、とそれ以上何も言ってくる事はなかった。


「坂入さん!事故にあったって聞いて飛んできましたよ!大丈夫でしたか?」

「えーっと、どちら様でしょうか?すみません、記憶喪失になっちゃって、誰かわかんないんですよ……。」

「なんと!それじゃ小説の新刊も書けないじゃないですか!っと、じゃあ自己紹介をしなきゃなりませんな。私は長谷川、坂入さんの担当編集で、緊急連絡先に指定されてるんですよ。」

「小説?俺、小説書いてたんですか?」

「そうですよ!新刊の構想を教えてくれたばっかりじゃないですか!嗚呼、どうすればいいのか……。」

「ご、ごめんなさい……。」

 検査が終わって少し時間がたってから、頭髪が残念な感じで、小太りのおっさんという風体の長谷川さんは、飛び込んできてまくし立てて、汗をだらだらと流しながら困り顔をする、今は季節は夏だろうか?と窓から外を見てみると、どうやら雪が降ってて、冬らしい。

「困ったなぁ、坂入さんの新作が出ないってなると……。いや事故だから仕方ないんですよ、坂入さんは悪くない。でも、記憶喪失ってなりますと、色々大変でしょうに……。」

「あのー、俺って家族構成とかどうなってるんですか?長谷川さんが緊急連絡先って、家族じゃないでしょう?」

「それも忘れちゃったんですね……。坂入さん、坂入さんの家族はもう亡くなってますよ。父親も母親も、病気で。」

「あー、それで長谷川さんが……。」

 どう見ても血の繫がっていなさそうな長谷川さんが、緊急連絡先になっている理由がわかった、家族がいないから、多分職場の誰かに託してたんだろうなって。

 でも、それなら浩介でも良くないかな?長く付き合ってたって浩介は言ってたし、って思うけど。

「取りあえず、坂入さんが何か思い出すきっかけにでもなる様に、これまでの作品を持ってきますね!思い出したら、新作を!」

「あはは……、ありがとうございます。」

 長谷川さんは慌ただし気にそういうと、病室を出ていた、多分、入院手続きだとか、そういうのがあるんじゃないかな?って思うけど、もうちょっと話聞きたかったな。


「長谷川さん、慌てて行っちゃったね。」

「浩介、お帰り。長谷川さんとは面識あるのか?」

「ううん、悠介が話してくれてたから知ってただけだよ。」

 そんなこんなしている内に、外に出て行ってた浩介が帰ってきた、浩介は面白そうに笑いながら、ベッドの横の椅子に座る。

 俺は、長谷川さんがどんな小説を持ってきてくれるのか、一瞬わくわくしたけど、そういえば俺が書いたのかって思って、笑った。

「俺、小説家なんだってさ。新刊、考えてるとこだったらしいよ。」

「そうだね、僕にも教えてくれたよね?小説書いてる時の悠介って、いっつも真剣でかっこいいなって思うよ。」

 どんな表情で自分が書いてたのかはわかんないけど、それを見られるってちょっと恥ずかしい様な気もする。

 でも、浩介はきっと応援してくれてたんだろうなって思うと、それもいいのかなって感じた。

「ほんとにごめんな、記憶なくなっちゃって、浩介の事忘れちゃって。」

「ううん、僕は悠介が生きてくれてただけで、十分だよ。」

 申し訳ないのと同時に、嬉しくなる、記憶を失って、忘れちゃった相手に対して、こんなに優しい言葉をかけてくれるなんて、浩介は良い人なんだなって、俺の親は死んでるみたいだけど、浩介がいてくれて良かったなって。

「検査、どうだった?」

「えっとな、体は打撲くらいで済んでるって。ただ、記憶が戻るかどうかはわかんないらしいよ。」

「そっか。じゃあ、いっぱい思い出作ろうね!」

「おう!」

 浩介は前向きなんだろう、だから俺も前向きになれる、これからどうなっていくかわかんないけど、前向きにやっていこう、そう思えた。


「あの、坂入さんが、浩介という人がいると……。」

「浩介?坂崎浩介さんの事か?」

「多分そうだと思います……。」

 加藤は、診察の合間に湯沢に話をしに来ていた、悠介は浩介がいると言っていたが、しかし……。

「坂崎浩介さんは、即死だったな。苦しまずに逝けたのが、唯一の幸いだと思ったが……。」

「坂入さんは、幽霊でも見ているのでしょうか?」

「さあ、な。或いは幻覚、夢でも見ているのかもしれない。」

 湯沢は、搬送された二人の状態を知っていた、悠介は打撲と記憶喪失で済んでいるが、浩介はトラックに轢かれ即死、同じ病院に運ばれ、それを見ているのだから、間違いはない。

「坂入さんは、坂崎さんが亡くなった事を知ってるんでしょうか?」

「そもそも坂崎さんの事を覚えてないだろう。しかし、そうなると……。」

 湯沢は難しい顔になり、加藤は不安げな顔をする。

「この事を坂入さんにお伝えしますか?」

「いや……。ショックが大きくなってしまうかもしれない、今はまだ言わないでおいてくれ。看護師一同にも、坂入さんが坂崎さんの事を話しても、指摘をしない様に徹底してくれ。」

「わかりました、伝えておきます。」

 湯沢は、悠介が記憶を取り戻すまでは、浩介の事を話さない様にと決断した、加藤は、それに従って看護師にその旨を伝えに行った。


「なぁ浩介、俺達って恋人なんだよな?」

「そうだよ、僕達はもう十何年も付き合ってるよ?」

「そっか。俺が事故にあったって言うのは何処で知ったんだ?」

「僕も悠介の緊急連絡先の一人だからね、病院から電話を貰ったんだ。」

 成程そう言う事か、納得だ、緊急連絡先を長谷さん一人にしてたら負担が大きいし、浩介とは長く付き合ってるって事なんだから、そうだったとしてもおかしくない、記憶を無くす前の俺も、悪い事ばっかりしてたんじゃないな、って思う。

「そうだ。ねぇ悠介、退院はいつになりそう?」

「あ……、聞くの忘れたわ……。でも、打撲だけって言ってたし、すぐじゃないか?」

「そっか、良かった。退院したらさ、思い出の場所に行こうよ。悠介が色んな事思い出せるように、僕達の思い出の場所にさ。」

 それは嬉しい、浩介は俺の事を良く知っているし、思い出すきっかけになる可能性もある。

だから、その思い出巡りって言うのは苦痛にはならないはずだ。

「ありがとな、浩介。」

「いえいえ、悠介の為ならこれくらいお安い御用だよ。」

 浩介はふふっと笑う、俺も嬉しくなって、一緒になって笑う、こんな日々が続けばいいな、なんて思うよ。

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