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第6話

「葵と出逢ったのは、ある高校の振り付けに私が行ってた時なの。練習の最終日、片付けが終わって学校を出ようとした時、体育館に忘れ物 したことを思い出して、私、取りに戻ったの。そしたら舞台で葵が1人、夕日に照らされる中、踊ってた。この前、輝くんが葵のダンスをみて『繊細だけど力強さを感じる』って言ってたじゃない?」


「うん、」


「私も初めて葵のダンスをみた時、同じ事を思った。彼女のダンスは何か 強いメッセージを含んでて…。

最後まで観てたら『助けて』って声が聞こえた気がして…それで、わたし、」


「葵ちゃんに声、掛けたんだね。」


「そう。だけど彼女は話せなかった。」


「…どうして?」


場面緘黙症ばめんかもくしょうなの。」

「…っ、」


場面緘黙症とは、信頼関係が築けている環境であれば話すことが出来る。

しかし、ある特定の場面・状況では不安感が強くなり話ができなくなったり身体が硬直してしまう疾患の事。


輝には、知り合いに葵と同じ疾患を持つ人がいた。

疾患がどんなものなのか、知っているからこそ輝は返す言葉がみつけられず口をつぐんだ。


「輝くん、あの日、葵に話しかけてくれたでしょ?」


この一言でダンスイベントの日、葵に話しかけた場面が蘇った輝。


話しかけたとき葵の肩はビクッと震え、大きな瞳が一瞬、見開かれた。


そして、スカートをぎゅっ…と握った。その時の葵はまるで、小動物が怯えた時と同じ様子だった。


下唇をグッと噛む輝は眉間にシワを寄せた。


昔、知り合いの場面寡黙症の子と初めてあった時の

ことを思いだしたからだ。


その子に話しかけた時、輝から目を逸らして小さく震えた。そして、服の1部をぎゅっと握った。怯えた様子に戸惑う輝が「ごめんね?」と謝るとその子は「こわい…」と泣き出してしまったのだ。


輝は自分の行動を悔いた。

『二度と同じ事はしない』と心に決めていたのに…。


自分との約束を破った輝の胸は、痛いほど締め付けられていた。


「カナさん…ごめん、」


「え?」


「僕、葵ちゃんに怖い思いさせちゃったよね…」


輝は俯いて、肩を小さくすぼませた。


『今日、自分がここに呼ばれたのは、あの日の行動がいけなかったからだ、』と自分の中で落とし込み、下を向いたまま黙ってしまった。


3人の間に再び訪れた沈黙。


しかし、その沈黙は長く続かなかった。

「怖がってなんかないぞ、」といつもは穏やかに話す彰が、珍しく強めの口調で言った。


輝は、目を丸くした。「え……?」


「輝くん、あの子ね怖がるどころか嬉しそうだったの。」とカナは微笑んだ。


「嬉しそう…?何で…?」


「ううん。葵は輝くんが振り付けたダンスをみて家に帰ってきてから『自分の1個後のグループのダンス、凄かった。曲のテンポ早いのに細やかな振りが丁寧で、繊細。心のままに自由に踊ってる。けど、ブレない芯がある。私にはまだ無いものだらけ』って。それでね、目をキラキラさせて私に『あのダンスの振付師さんって誰なんだろう。その人にダンス教わりたい』

って言ってきたの。」


「僕の振り付けを…?」


「そう。だから『帰りに話し掛けてくれた人だよ』って伝えたら、あの子ね『勿体ないことしちゃったな…』って。きっと、この『勿体ない』って言うのは輝くんと話す機会を逃したことだけじゃないと思うの。輝くんの振り付けは葵が『自分の殻を破れるキッカケだ』って意味もあったんじゃないかなって」


「僕が…葵ちゃんのキッカケに…?」


「うん。だからね、『ダンスレッスンやってたら参加してみたら?』って勧めてみたのよ。」


自分が一方的に葵のダンスの虜になっていたとばかり思い込んでいた輝の表情は曇っていた。


まさか葵が自分に憧れを抱いていたとは…。


嬉しい反面、不安に思う事があった。




それは、『もし、彼女が自分のレッスンに参加してきた時、どんな風に向き合えばいいのか?』ということ。



グルグルと考えを巡らせていたらリビングのドアがガチャ…と開いた。



ハッとし、そちらへ目をやると葵が立っていた。


「あっ…葵ちゃん!」


「っ!?」




輝に名前を呼ばれ、またしても葵は肩をビクつかせ、瞳を大きく見開いた。


今にも逃げ出しそうな小動物を思わせる葵の姿を見て輝は、心の中で自分にストップをかけた。


『ダメだぞ…ゆっくり…ゆっくり…。彼女のペースに合わせるんだ…』


葵にかける言葉を探す輝


憧れの人が家に居るというラッキーハプニングに見舞われた葵の心はドキドキと高鳴っていた。


2人は直立したまま、じっ…とお互いを見合う。


その2人を「どちらが先に喋り出すのか」と見守るカナと彰。


話題を探し、キョロキョロする輝は一瞬、窓の外をみた。


ベランダに当たる月明かりが視野に入った輝は


「き、今日はっ…満月が綺麗…だね…」とぎこちない笑顔と裏返る声で話しかけた。


彰とカナは横目にチラッと月を見た。


すると、今まで下を向いていた葵が「…三日月」と、小さく呟いた。


「え…?」

輝は慌てて窓から月を覗く。


「あ、あれぇ〜?おかしいなぁ…彰とココに来た時は満月だったような…」


「いや、三日月だった」


彰のストレートなツッコミにカナが「ブッ!」とお茶を吹き出した。


「おぉ…カナぁ、大丈夫かよ、」と彰はティッシュを多めに取りだしカナに渡した。


口を拭きながら「だって、葵がまさかのツッコミするなんて思わないじゃん!しかも、あなたまで「三日月だった」とか訂正するからぁ!そん時の輝くんの顔が何とも言えなかったんだもん!」と、カナは顔をクシャクシャにして笑っていた。


妻にいわれ、彰はフッと輝の顔へ視線を向けた。

輝は眉毛を八の字にし、ムッと口をつぐんで、何か言いたげな目をパチパチと瞬きさせていた。


顔文字で表すとしたらこれだ→( ・᷄ ω ・᷅ )


この表情は彰に助けを求める時に、輝が昔からする顔だった。


彰は両手で顔を隠し、肩を小刻みにプルプル震わせながら小さな声で「ヒッ…ヒヒッ…フッ…」と笑い出した。


固く一文字のように閉じられていた葵の口の端が緩んだ。


「ふふっ」と白く小さい花のような可愛い声で微笑む葵。


その瞬間を見たカナの笑顔が凍りつき、次第に涙で目を輝かせた。




「嘘……、葵、今笑った…!」



カナの声は震えていた。




「輝くんっ、凄いよ!葵がこんな風に笑ったの、初めて見た…!」


「そう…なの?」


「うん!」と、今にも零れそうな涙を目にいっぱい溜めたカナは満面の笑みで葵を抱きしめ、頭を撫でる。


一瞬、輝と葵の目が合った。


葵は先程笑った時よりも、柔らかい微笑みで輝の事をみていた。


その視線にハッとした輝は『葵ちゃんが変われるキッカケに自分がなれるなら』と思い、慌ててズボン後ろポケットからスマホを取りだす。


スケジュールアプリを開いた輝は「葵ちゃん…!もし良かったらなんだけど、レッスン…参加してみる…?」と声をかけた。


葵は『人と馴染めない自分が参加してもいいのか?』と少し不安そうな顔をしてカナを見つめた。


「いいんじゃない?輝くんのレッスン、きっと勉強になると思うよ?」と葵の背中を押した。


葵はチラリ…と輝の顔を見た。その瞳は意を決した色へ変わった。


「お…ねがいしますっ」と、葵は勢いよく頭を下げた。




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