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歩行者用信号

作者: 通りすがり

私は当時に勤めていた食品会社の都内の本社から、某県にある自社工場へと転勤となりました。

その工場はその県の中でも、都市部からかなり距離が離れた郊外にあり、交通の便も悪いことから車通勤が必須でした。

私は中古車を購入して、転勤と同時に車通勤を始めました。

その工場はバイパス通りに面しており、工場の敷地へ入る正面入り口はバイパス沿いにありました。

朝の通勤時はバイパスから直接工場の敷地に入れるのですが、帰りにパイパスの反対車線に出るためには、工場の裏門から出て県道を通り、パイパスの高架下にあるトンネルを抜けて反対側へと出る必要がありました。

工場へと転勤になった最初の週は特に問題はなく過ごせていました。

しかし翌週、工場で大きなトラブルがあり、私は残業してその対応に追われていました。

そしてその対応が終わって工場を車で出たのは、もう22時を回っているころでした。


車で工場の裏門から出て、バイパスへと続く道は街灯もなく左側に工場の外壁が立ち並び、右側は鬱蒼とした森になっていました。そのため周囲は一面漆黒の闇で、その中で見えるのは車のライトに照らされた範囲だけでした。


少しの距離を進むと、周囲にはちらほらと民家が見えるようになってきます。そしてさらに進むとやがてバイパスの高架が見えてきました。その高架下のトンネルの手前には歩行者用の信号があります。


ちょうど車が近づくタイミングで車側の信号が赤に変わったため、車を信号の手前で停車し、信号が青に変わるのを私は待っていました。


周囲に見える民家はどの家も真っ暗で、もう住民は寝てしまったのか、もしかしたら誰も住んでいないのかもしれません。

そんなことを考えていると、やがて信号が青に変わったので、私はアクセルを踏んで車を走らせ、バイパスへと出て自宅へ帰りました。


それから数日後、また残業となった私はその日も22時ごろに工場を出ました。

裏門から出て車で走っていると、歩行者用信号へと近づいてきました。その日もタイミングが悪く信号に近づいたときに、信号が赤に変わったため、私はブレーキを踏んで信号の前の停止線で車を停車させました。


周囲に民家があるとはいえ、こんな時間に信号を渡る人はいないだろうと思いながら信号が変わるのを待っていました。少しすると信号が青に変わったため、アクセルを踏もうとした瞬間に私はふと人の気配のようなものを感じました。慌ててアクセルを踏もうとした足を止め再びブレーキを踏みました。


車の前を見ても誰もいないため、道の両脇を順番に確認しましたが人影らしきものは見えません。そのときは気のせいかと思い、そのまま車を走らせて自宅へ帰りました。


そして翌日もまた残業となった私は、その日も車で裏門から出て慣れてきた暗い道を走り、あの歩行者信号の所へと近づいていました。


私は車を運転しながらもしかして今日も、という考えがずっと頭にあったのですが、いざ近づいて行くと思ったとおりに直前で車側の信号が赤へと変わりました。

私はやむを得ず、信号の手前で車を停車させました。

その時、私はあることに気づき強い違和感を感じました。

定時で帰る際には、この道はバイパスへと向かう車でわりと交通量が多くなるのですが、その時にはこの信号で停車した記憶がまったくないのです。

ならば残業したときだけ、なぜこの信号はいつも赤に変わるのでしょうか。

不思議に思った私は信号をよく見てみました。

車のヘッドライトだけしか明かりはありませんでしたが、辛うじてヘッドライトに照らされた歩道側の信号機のところに何やら白い看板のようなものがあるのが見えます。そして、そこにはこのように書いてあるのが見えました。

『押しボタン式信号機』

そして、その看板の下には黄色い押しボタンの機械があるのが見えます。

私はその瞬間ゾワゾワっと全身に鳥肌が立つのがわかりました。押しボタン式ということは誰かボタンを押した人が必ずいるわけですが、いくら周囲を見渡しても誰もいません。


今まで信号が押しボタン式であることに私はなぜ気づかなかったのか。私は信号がまだ赤にもかかわらずアクセルを踏み込み、車を急発進させてその場から急いで立ち去ろうとしました。


信号を通り過ぎるとき、歩道に白い影のようなものが立っているのが視界の端に微かに見えましたが、私は止まることはなく車を走らせました。


次の日、私は工場で仲の良い同僚の野村さんに昨日体験したことを話しました。

すると野村さんは困ったような顔をしました。

「あーあれね。夜にあの信号に車が通りかかると必ず赤信号に変わるのよね」

「押しボタンの機械が壊れているのかと点検してもらったみたいだけど、機械には何の問題もなかったみたい」

「最初はみんなが気味悪がってたけど、信号で止められるだけでそれ以外に特に実害がないから今では誰もあまり気にしていないのよ」

「ごめんね、教えてあげておけばよかったね」

私はそれを聞いて、そうだったのかと納得しました。

「今ではみんな夜は、あの信号が赤でも無視して通り過ぎるみたい」

「えっ、そうなんですか」

野村さんは少し苦笑いをして私を見た。

「でも私はいつもかならずちゃんと止まるようにしているけどね」

私は頷いて答えた。

「そうですよね、もし警察に見つかったりしたら反則切符を切られちゃいますからね」

すると、野村さんは顔の前で手を立てて左右に振った。

「違う違う、そういうことじゃないのよ」

「えっ、じゃあどういうことなんですか」

野村さんは少しだけ困ったような表情になった。

「私、前に見ちゃったのよね、いつもみたいに車を停止して信号を見ていたら、白い影みたいなものが目の前の信号を渡っているのを」

「えっ」

「もしかしたら、信号が赤のときは、私たちには見えない何かが横断歩道を渡っているのかもしれないってこと。嫌じゃない、見えない何かであっても車で轢いたりするの、もしかしたら祟られるかもしれないし」

「そうなんですか、あの・・・あの信号の辺りって何か曰くがあったりするのですか、交通事故で人が亡くなったとか」

「うーん、交通事故で誰かが死んだとかは聞いたことはないんだけどね。ただ、何年か前にあのあたりに住む小学生の女の子が行方不明になる事件はあったけど。たしかまだ見つかってないはずよ・・・なにか関係があるのかしらね」


もしかしたら私が見た白い影はその少女のものだったのかもしれない。何となくだがそう思えてしょうがなかった。自宅に戻りたくて夜道を彷徨う少女の姿が頭に浮かんではなかなか消えなかった。


私はそれ以来、白い影を見ることはありませんでした。でも残業になった際には車側の信号は赤で、やはり横断歩道には歩行者は誰もいないけど、それでも青信号に変わるまでは車を停めて待つようににしています。

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