EP 1 第二の職場は異世界!?カフェで始まる社内政治
はじめまして、作者のゴムです。
本作は「異世界×職場×コメディ」要素を中心にした、のんびり読める話です。
初回は少し長めですが、ぜひ最後までお付き合いください!
第二の職場、それはメスガキカフェだった
長年教壇に立ち続け、ようやく今年、教職を終えた。
これからは穏やかに余生を過ごそうと思っていた――あの日までは。
「先生! 家でゴロゴロしてる場合じゃないですよっ!」
そう叫びながら、元教え子のケシが突然押しかけてきた。
「いや、退職したばかりだぞ。まだ一日目だ。もう50年も働いてきたんだ。少しくらい休ませてくれ。普通なら年金暮らしで十分だろうに」
だが彼女は玄関で靴を鳴らしながら反論する。
「普通って……先生、ここがどこだかわかってます? 異世界ですよ、異世界! つまり、まだまだ働き盛りなんです!」
そう、ここは異世界。つまり、この世界のルールに従えば「第二の職場」が必要らしい。
「ちょっとくらい休んじゃダメか? 長年真面目に働いてきたんだ。老後をゆっくり楽しむくらいの自由はあっても――」
「ダメです! 先生は、うちのカフェにスカウトする予定なんだから、のんびりなんてしてる場合じゃないです!」
……まったく、意味がわからない。
「話くらいちゃんと聞かせてくれ。それからスカウトされるかどうか決めても遅くないだろう?」
「えっ、先生、うちのカフェ知らないんですか?」
知らないに決まってる。
彼女は学生の頃から、一度話し始めると止まらないタイプだった。だから、私はとりあえず黙って耳を傾けた。
「知らないって……ありえない! 異世界トップのメスガキカフェ『カミンテルン』ですよ?」
「メス……ガキ? 私は哲学教師だったんだぞ。なぜそんなものを知らねばならん」
ケシは呆れたような顔をして、時代遅れの老人を見るような目を向けてきた。
「カミンテルンは今や2号店まで拡大してる人気店なんです。でも、ちょっとだけ問題があるんですよね」
「……どんな問題だ?」
ケシはテーブルに手を置いて座り、顔にわざと影を落とすようなポーズを取りながら言った。
「最初の共同経営者、スタリナがね、ちょっと……いや、かなり厄介なんですよ」
「何がどう厄介なんだ?」
「私は初代店長のレニア先輩から、メスガキたちの楽園を作るノウハウを学んだんです。だけどスタリナは、拡張主義ばっかり推してくる!」
……正直、何を言っているのか半分も理解できなかったが、とりあえず彼女が共同経営者との間に確執を抱えているのはわかった。
「それで? 私がスカウトされる意味は?」
「先生は何でも器用にこなすから! 他の卒業生たちも、先生にたくさん助けられたって言ってましたし!」
「出てもいないキャラの話を勝手に広げるな。これ以上書くのが面倒になる」
「はーい……」
彼女は私の制止も聞かず、話を続ける。
「とにかく! 先生には、このカフェを“メスガキの楽園”にするため、私の味方になってほしいんです! 私は、スタリナを排除して、レニア先輩と私が理想とするカフェ運営を実現したい!」
要するに、現在の共同経営体制に不満があり、自分の理想を実現するための“外部支援者”が必要なのだろう。
「うちのカフェは、異世界でも超有名店ですから! 2号店の次は、地方進出も視野に入れてます! 私たちの“赤いカフェ”で、この世界全体を塗り替えるんです!」
少し怖い野望だ。
「……それで、私は何をすればいいんだ?」
「顧問になってください! そこそこ給料も出しますし!」
「カフェに顧問? 何をする役割なんだ?」
「うちの方針はスタッフの投票で決まるんです。だから、その票をコントロールしてくれる“味方”が必要なんですよ。先生なら絶対できると思って!」
「……なるほど。だが、スタリナの許可は得ているのか?」
「もちろん! 『あの人なら問題ない』って、スタリナも了承してくれました!」
まったく面識のない共同経営者の間に割り込むというのは不安だが、いずれにせよ第二の職場は必要だった。
「よし。じゃあまず、給料と福利厚生について詳しく聞かせてくれ」
結局のところ、大人にとっては権力闘争だの赤い組織だのより、安定した給与の方が重要なのだ。
こうして、私は“第二の職場”へ足を踏み入れることになった。
「はじめまして。異世界教職を終え、このたびケシの推薦で働くことになりました、顧問のパネンです」
簡単に自己紹介をした後、少しだけ付け加える。
「私は、皆さんの業務の中で伝えづらい意見や提案を経営陣へ伝える橋渡し役として働きます。どうぞお気軽に相談してください」
スタッフたちは淡々とした拍手を送ってくれた。カフェの内装は思っていたより広かったが、スタッフの数はそれほど多くない。
そのとき、白髪で背の高い女性がこちらへ近づいてきた。
「顧問さんですね。私は共同経営者で、第二号店の統括でもあるスタリナです」
彼女は制服と軍服の中間のような衣装を着ていた。可愛らしい制服を着た他のスタッフとは一線を画していた。
「どうぞよろしくお願いします。色々とお世話になります」
軽く頭を下げると、スタッフたちはそれぞれ掃除や準備作業に戻っていった。するとケシがこっそり私の袖を引いて言う。
「先生……じゃなくて顧問さん。今日の11時半からスタッフ投票があります。必ず、私の提案が通るように誘導してください!」
まずは現場の空気をつかむことが大事だと感じ、私は周囲との対話を試みることにした。
「スタリナさん。少しお時間いただけますか?」
彼女と一緒に休憩スペースへと向かう。
「……顧問さん。あなたがケシの差し金でここに来たってこと、私はちゃんとわかっています」
彼女は開口一番そう言った。
「違いますよ、スタリナさん。私は、最も合理的な結論に基づいて動くだけです。それが、私の収入を最大化する道なので」
私の率直な返答に、スタリナは一瞬驚いた表情を見せたあと、静かに言った。
「……なら、一つだけお願いがあります。あなたが本当にケシの回し者でないのなら、カフェの最大売上のためにスタッフたちの意見を聞いてあげてください」
そう言いながら、彼女は私の近くに身を寄せてくる。
「私はね、もっと拡張的な経営を目指したいんです。今の“メスガキ”だけじゃなくて、アイドル系やVチューバー風、メイドカフェみたいなコンセプトも取り入れていきたい」
その言葉に、私は静かに頷いた。ケシが言っていたよりも、ずっと理知的な印象だった。
「最終的には、この“赤いカミンテルン”のネットワークで異世界全域を制覇するのが目標です。そのためには、組織としての体系化と、経営陣以外の中間層の育成が必要なんです」
……話を聞けば聞くほど、彼女もやっぱりどこかおかしい。まるで国家機関を作ろうとしているかのような危うさがあった。
「言うことを聞かないスタッフには、“大粛清”も必要でしょうね」
この人も信用してはいけないタイプだと悟った。
「利益のために働くべきです。権力欲で動くのは、経営には毒です」
私がそう言うと、彼女は少し感情を抑えたように微笑んだ。
「わかりました。もしあなたが私に協力してくれるなら、ケシよりも大きな見返りを約束します」
何をくれるというのかはわからなかったが、とりあえず私は頷き、目の前の業務に集中することにした。
最後までお読みいただきありがとうございました!
少しでも笑ってもらえたら幸いです。次回はカフェの初仕事&第一回の投票戦を描きます。