6章 尾張遠征 4 決意(4)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
突然、尾張へ出掛けると姫が言い出してから一夜、明くる日の朝。十兵衛殿が孫を連れて来て挨拶をさせるというので、僕と姫は面会する庭に面した一室の、その隣の一室で、その時を待っていた。
姫は遠中殿によって選ばれた旅装束だ。鴇色(明るい桃色)の打掛に茜色の指貫仕立ての袴、袖からは鉄色(暗い青緑)の小袖が顔をのぞかせている。
一方の僕はお杏殿に用意してもらった素襖を着ている。露草色(明るい薄青色)で革緒という紐は灰茶色、素襖の所々には左三つ巴の家紋が黒く染められている。左三つ巴の家紋は朝比奈家を表しているそうだ。
しばらく雑談をしていると、お景殿がやってきて準備が整ったという。僕たちは庭に面した部屋に移動し、姫が中央に庭を正面にして座り、僕が庭から見て右手前に、お景殿が左手前に座った。
面した庭は中央が細かい石で敷き詰められ、三方を竹を組んだ塀で覆われている。向かって正面奥と左手には塀の前に木々が植えられ、また、岩が配置されて庭に表情を与えていた。その石敷きの中央に、平伏した甲冑をまとった孫らしき人と、その手前に立て膝の十兵衛殿がいる。
「お待たせいたしやした。あっしの孫でございやす」
十兵衛殿に続いて、平伏したまま孫が挨拶を始めた。
「姫様の麗しき御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じまする。尾張へのお供をさせていただけること、心から御礼申し上げます。我が一命に換えましても、お役目果たしたく存じ奉りまする」
声から緊張が伝わる。言い慣れていないことが、何となくセイにも判った。
「よく来てくれました。そう畏まらなくていいわよ。それにそう平伏していたら、わたしの顔は見えないわ。面を上げてちょうだい」
僕たちはまだ孫の顔を見ていない。平伏したままなので見えるのは頭の頂点だけだ。逆に言えば、孫は地面しか見えていない訳で、「御尊顔を拝し奉り」とは矛盾する。
「はっ、有り難き幸せ」
そう言って孫が顔を上げた。その顔を見て僕は、あっ、と声を上げてしまった。
「セイ、どうしたのよ」
「源太だ」
紛うことなき源太だ。緊張でいつもより声が上ずって変な言い回しをしていたから気づかなかったけれど、源太だ。
「知り合いなの?」
「うん、道場の友達」
源太と目がった。源太も驚いているようだ。口が無音でパクパク動いている。
「それはちょうどよかったわ。セイとの相性が悪かったら、と少し心配していたのよ」
姫は、未だに陸に上がった魚のようになっている源太見やると、
「源太と言ったわね」
「はっ、申し遅れました。山村源太でございまする」
源太は驚きを何とか飲み込むと答えた。
「そんなに畏まっていては長旅は持たないわ。わたしもそれだと疲れるもの。畏まらなくてよいわよ」
それを聞いて源太は十兵衛殿の顔を見た。十兵衛殿が頷く。
「では、お言葉に甘えて、ご無礼をお許しください」
あまり変わっていなような気もする返事を源太はした。どこに落ち着いていいのか迷っているのかな。
「まっ、慣れが必要よね。わたしのお供はセイ、源太、二人だから頼りにしているわ」
僕は源太を見て頷いた。源太も頷いた。同時に姫に返事をしたら、源太は「はっ」で僕は「うん」と全然合わなくて、二人して苦笑いした。
姫との旅も楽しみだけれど、そこに源太も加わるとなれば楽しみは倍だ。どんな旅になるだろう。期待がますます膨らむ。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。
誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




