6章 尾張遠征 4 決意(3)
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「尾張に行くそうじゃな」
夢の世界で目覚めるなり、お師匠は開口一番、わたしに言った。
「お師匠、こんにちは。ええ、行ってくるわ」
お師匠は目で頷き、尻尾をそよがせる。
「我だけでは承芳殿を救えぬ。頼れるのは冬青姫、そなただけじゃ」
「任せてちょうだい。必ずや救って見せるわ」
自分に言い聞かすように、志麻は堂々と宣言した。そうしないと不安に駆られそうなのだ。
「このような弟子を持てて我は幸せ者じゃ」
「あら、それは太守様をお救いしてから聞かせてほしいわ」
「そうじゃな。ところで冬青姫、そなたが尾張に出かけている間は、この場での講義が出来ぬ。じゃから、この言葉は駿府に戻ってくるまで待たねばならぬ」
「そうなのですね」
至って冷静に答えたけれど、心は動揺している。尾張に着くまでの間、先日の賊退治の時のようにお師匠と作戦を練ろうと思っていた。完全に当てが外れたのだ。
「すまぬな。ずっといてやれれば如何ほど心安いか。遠くに行けば行くほど、多く力を使うことになる。力を使い果たせば、もしものとき何も出来ぬ」
「わかりました。お師匠」
そうしないように心掛けたつもりだけれど、落胆の色が出てしまった。お師匠にもありありと伝わってしまったわね。きっと。
「冬青姫、代わりではないが、遍照光寺から譲り受けた武経七書の注釈書があるであろう。あれを解き、一丁目を懐に入れて持っていくがよい。お守りじゃ。きっと役に立とう」
注釈書の一丁目は、表も裏も何も書かれていない白紙だ。戦場に書籍は持っていくには嵩張る。学んだ兵法を忘れるな、と言うことかもしれない。
「わかりました。注釈書の一丁目ですね」
「さて、しばらく会えぬとなるゆえ予定を変えて、戦へ向かう心得を今一度押さえておくのも良いか。孫子の極みとは何ぞや?」
「無形です。兵の形は水に象ります」
「うむ。詭道とは何ぞや?」
「無形の一側面に過ぎません」
「無形にして何を成す?」
「主導権を握ること、与えていた主導権を奪うことが肝要です」
「無形にして敵に何を成さしめる?」
「敵の反攻の取っ掛かりを見つけさせません。敵はこちらの態勢を理解できず、結果、意志を統一することができません」
時間いっぱいを使ってお師匠との問答が続いた。お師匠との問答を続けていると、起つと決めてからの気持ちの高ぶりが徐々に落ち着いてくる。明日から帰って来るまで、お師匠には頼れない。自らの気持ちを制御することも、自力で行わなければならないのだ。そう思い至り、改めてお師匠への感謝の気持ちが膨らんだ。
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お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




