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6章 尾張遠征 4 決意(3)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


尾張(おわり)に行くそうじゃな」

 夢の世界で目覚めるなり、お師匠は開口一番、わたしに言った。


「お師匠、こんにちは。ええ、行ってくるわ」

 お師匠は目で(うなづ)き、尻尾をそよがせる。


「我だけでは承芳(しょうほう)殿を(すく)えぬ。頼れるのは冬青(そよご)姫、そなただけじゃ」

「任せてちょうだい。必ずや(すく)って見せるわ」

 自分に言い聞かすように、志麻(しま)は堂々と宣言した。そうしないと不安に駆られそうなのだ。


「このような弟子を持てて我は幸せ者じゃ」

「あら、それは太守(たいしゅ)様をお(すく)いしてから聞かせてほしいわ」


「そうじゃな。ところで冬青(そよご)姫、そなたが尾張(おわり)に出かけている間は、この場での講義が出来ぬ。じゃから、この言葉は駿府(すんぷ)に戻ってくるまで待たねばならぬ」

「そうなのですね」


 至って冷静に答えたけれど、心は動揺している。尾張(おわり)に着くまでの間、先日の賊退治の時のようにお師匠と作戦を練ろうと思っていた。完全に当てが外れたのだ。


「すまぬな。ずっといてやれれば如何(いか)ほど心安いか。遠くに行けば行くほど、多く力を使うことになる。力を使い果たせば、もしものとき何も出来ぬ」

「わかりました。お師匠」

 そうしないように心掛けたつもりだけれど、落胆の色が出てしまった。お師匠にもありありと伝わってしまったわね。きっと。


冬青(そよご)姫、代わりではないが、遍照光寺(へんしょうこうじ)から譲り受けた武経七書(ぶけいしちしょ)の注釈書があるであろう。あれを(ほど)き、一丁目を懐に入れて持っていくがよい。お守りじゃ。きっと役に立とう」

 注釈書の一丁目は、表も裏も何も書かれていない白紙だ。戦場に書籍は持っていくには嵩張(かさば)る。学んだ兵法を忘れるな、と言うことかもしれない。


「わかりました。注釈書の一丁目ですね」


「さて、しばらく会えぬとなるゆえ予定を変えて、(いくさ)へ向かう心得を今一度押さえておくのも良いか。孫子(そんし)の極みとは何ぞや?」

「無形です。兵の形は水に(かたど)ります」


「うむ。詭道(きどう)とは何ぞや?」

「無形の一側面に過ぎません」


「無形にして何を成す?」

「主導権を握ること、与えていた主導権を奪うことが肝要です」


「無形にして敵に何を成さしめる?」

「敵の反攻の取っ掛かりを見つけさせません。敵はこちらの態勢を理解できず、結果、意志を統一することができません」


 時間いっぱいを使ってお師匠との問答が続いた。お師匠との問答を続けていると、起つと決めてからの気持ちの高ぶりが徐々に落ち着いてくる。明日から帰って来るまで、お師匠には頼れない。(みずか)らの気持ちを制御することも、自力で行わなければならないのだ。そう思い至り、改めてお師匠への感謝の気持ちが膨らんだ。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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