表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/143

6章 尾張遠征 3 寿桂尼(1)

 3 寿桂尼(じゅけいに)


 五月十四日(たつ)(こく)(八時頃)。


 昨日の夜半から雨が降り始めた。今朝も降り続け、今日は道場での稽古が中止だ。何をしようかと思っていたセイは、姫から付いて来てちょうだいとお願いされ、今、駿府構(すんぷがまえ)四足門(よつあしもん)の前に来ていた。


「ですから、朝比奈(あさひな)家の姫様といえども、ご許可なく通す訳には参りません」

 四人いる門番のうち、一番年配の侍が言う。


「だから、はこちらの台詞(せりふ)よ。大事な話があるって言ってるじゃない。太守(たいしゅ)様が危ないのよ」

 姫も、何度言ったか分からない言葉を繰り返した。


「ですから、事前に御目通りのご許可を取ってください。ご許可がないのならば、通せません」

「何度も言うけど、そんな時間があったらとっくに取っているわ。時間がない急用だって言ってるでしょ」


 不毛な押し問答を聞いていたセイは、大きくため息をついた。太守(たいしゅ)様が危ない、とだけ、姫から聞かされている。けれど、それ以上は聞いていない。聞く前に(みの)という(わら)でできた外套(がいとう)を着せられ、また、編笠(あみがさ)を頭に乗せられ、駆けるようにして四足門(よつあしもん)まで来た。なので、理由を聞く機会を逸していた。姫が、どうしてここまで焦っているのか、分からない。


「ねぇ、姫。門番の人たちも困っているよ。日を改めたら?」

「セイもそう言うのね」


「でも、勝手に姫を通したら、門番の人たちがあとで怒られちゃうんじゃない? 勝手にできないんだよ」

 うんうんと、門番たちが(うなづ)く。


「ぼうず、よく言った。そうなんですよ。姫様。拙者の勝手はできませぬ。どうかご理解ください」


「本当に頭の固い人ね。よくそれで今川(いまがわ)家の門番が務まる」

 門番の四人は、一瞬、顔をムッとさせたけれど、冷静を装って沈黙した。


「しょうがないわね。セイ、行くわよ。付いて来て」

 姫は、僕の返事も待たずに歩き出した。慌てて僕も追いかける。


「姫、どこに向かうの?」

 追いついた僕が問うと、沓谷(くつのや)よ、とだけ姫は答えた。沓谷(くつのや)がどこだか分からない。質問しようにも、(かさ)(みの)に打ち付ける雨の音が邪魔で、会話するのが煩わしい。どうせ着けば判ることだから、姫に付いて行けばいいや。


 四足門(よつあしもん)を出発して東海道を東に進み、北に折れる。この方向は朝比奈(あさひな)の屋敷の方向だ。黙って姫の後を付いて行くと、朝比奈(あさひな)の屋敷に向かう道を越え、さらに北に進んだ。五町ほど北に進んだところで姫は右に曲がり、僕もそれに従う。道は谷津山(やつやま)の凹みのような谷に向かって進み、寺まで続いていた。寺の上の方には(とりで)が見える。


 姫は山門を抜けると、大声を上げた。

「大叔母様、志麻(しま)でございます。御目通りを願います!」


 雨にも負けない声で二度繰り返し、三度目の途中で建物の障子が開かれた。見たことがある。寿桂尼(じゅけいに)様だ。


「誰かえ? このような静かな寺院で、大声をあげるのは」

 寿桂尼(じゅけいに)様はなんだか楽しそうだ。


志麻(しま)でございます。大叔母様、お話がございます。どうか、お聞き届けください」

「そう声を張り上げなくてもよい。さぁ中へお入り。八郎(はちろう)左衛門ざえもん(おけ)と手拭いを持って行くから、玄関でお待ち」


 はい、と姫は元気よく答え、玄関に入った。玄関で(かさ)(みの)を脱いでいるうちに、初老の男の人が(おけ)と手拭いを持ってやってきた。お花見で寿桂尼(じゅけいに)様のお供をしていた人だったと思う。福島(くしま)八郎(はちろう)左衛門ざえもんというそうだ。


 雨と泥で汚れた足を洗い、中に通される。通された部屋は畳敷きで、奥には達磨の掛け軸、隣の違い棚には手箱が整然と並び、手前左には文机(ふづくえ)がある。文机(ふづくえ)に面する障子は朝比奈(あさひな)の屋敷の物より格子(こうし)が細かい。反対の(ふすま)生成(きな)り色の下地に銀鼠(ぎんねず)色の破れ七宝(しっぽう)文様(もんよう)が施されている。寿桂尼(じゅけいに)様は部屋のやや奥中央に座って待っていた。


「まぁ、お座り。で、どうしたのだね?」

 姫は座るなり話し始める。


「このままでは、太守(たいしゅ)様が危のうございます……」


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ