6章 尾張遠征 2 出陣(4)
何を見逃しているか、ぐるぐる頭の中を引っ掻き回す。兄さまに訊いたときに感じた、微かな違和感。それを探りに探る。
「兄さまにしては、清洲を攻め滅ぼすなんて大胆だと思ったわ。兄さまは大きな体の外観とは違い、慎重に事を運ぶ性格なのよね。短くて危険な道より、確実だけれど遠い道を選ぶ性分だわ」
「弥次郎殿は、清洲を攻める、と確かに言ったか?」
人差し指で右頬を叩きながら、思い出す。
「いえ、言っていないかもしれない。清洲を攻めると言ったのは、芙蓉殿だわ。芙蓉殿は岡崎殿がそう言っていた、と」
「すると、弥次郎殿はそうは言っておらぬのかもな。しかし、そなたは清洲を攻めると思っておった。じゃから大胆だと思ったのであろう? なぜ、清洲を攻めると思ったのじゃ?」
「だって、敵の大将は織田信長ですもの。織田は清洲を本拠地にしてますし……、まさかこれが思い込み?」
「先入観を抜くことが、悪い事であろうか?」
「そうね。では、最終的な攻撃対象を織田の軍勢だ、と思っていたけれど、そうではないと考えましょうか」
根本を変えてしまえば、見えてくる世界も変わってくるはずだ。
「うむ。まず、塗輿で威圧する相手は?」
「織田以外というと、水野、戸田かしら。彼らは、今川と織田を天秤にかけているはずだわ。鳴海、大高の両城で分断され、織田は救援に来れない。そこに塗輿と大軍の今川家。心はぐらつくでしょうね」
ゆくりとお師匠が頷く。
「うむ。次に海路。津島でないとしたら?」
津島でないとしたら、知多半島のことかもしれない。知多には港も多い。
「山科言継卿が京へお帰りになる折、父さまが世話をしたのだけれども、その時、知多の常滑から伊勢へ船を出したはずだわ。当時は緒川の水野家も今川家に従っていた。今は常滑の水野家だけが、今川方に残って踏ん張っているわね。海路は、この伊勢への海路なんだわ」
「辻褄があったな」
「ええ、ということは、鳴海、大高の両城を救援したら北上するのではなく、南下するのね……って、それもおかしいわ。岡崎殿は、清洲を目指すと言っているのよね」
兄さまの言ったことと、岡崎殿の言ったこと、どちらも満たす解が見つからない。右頬を叩くこと数十回にのぼったころ、お師匠が口を開いた。
「もしや、事態は我々が思っておったよりも、悪いのやもしれぬ」
「どういうこと? お師匠」
「家中の意見、目標も作戦も、割れたままなのかもしれぬ」
「鳴海城、大高城の救援に迫られ、意志を統一できずに出陣したというのね。兵が異様に多いのもそのせいかもしれないわ。不安を兵数で補っている」
「そなたならば、このような敵をどう倒す?」
お師匠は、まるで授業の一つのように質問してきた。
「そうねぇ、今川家の事情は間諜に抜かれている、と考えていいのよね」
「うむ。そう思ってくれてよい」
「鳴海、大高の両城は丘陵地帯にあったわよね」
「そうじゃな。両城とも丘陵地帯の端で海に面しておる」
山から続く尾根が水の力で削られ、なだらかになりつつも高低差のある入り組んだ土地。谷には川が流れ、見晴らしの良い場所からも、起伏に富んだ土地は兵を隠してしまう。
「わかったわ。まず攻撃を仕掛けるのは、鳴海、大高の両城を取り囲んだ付け城が落とされた直後だわ。この時、今川軍の武将の意志が、最もバラバラになっているわね」
うむ、とお師匠が頷く。
「もちろん狙うは、太守様の首。朱塗りの輿に乗っておいでなのだから、すぐに見つかるわ。しかも軍勢の休憩は、何もない所で取らない。太守様がおられれば猶更よね。事前に準備がされている、と考えた方が良いわね。それを前もって探しておけば、軍勢の移動経路を推測できるわ。地の利は織田。起伏のある土地だから、太守様からは見えない道を選べる……」
「鳴海城や大高城からは見えるが、それはどうするのか?」
「両城の兵は自分たちを攻めに来たか、付け城を奪い返しに来たか、と思うはずだわ。さらに、戦いの後で疲れている。だから、自分たちに向かっていると思った敵軍が方向を変えても、安心するだけだわ。敢えて打って出ようとはしないはず。気づいたときには、本陣が襲われているのよ」
「なるほどの、これは本当に由々しき」
「ねぇ、お師匠。どうにかならない?」
お師匠は天を見上げ、しばらく何処かを見つめると、おもむろに目を閉じ、頷いた。
「承芳殿に、直接、会って話をしてみよう」
「できるのですか?」
「できる。じゃが、承芳殿が我の言葉に耳を貸すかは、保証できぬ」
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お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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