表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/143

6章 尾張遠征 2 出陣(3)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 松平(まつだいら)元康(もとやす)出陣の二日後、永禄(えいろく)三年五月十二日。泰朝(やすとも)を含めた今川(いまがわ)軍本隊が、駿河(するが)出立(しゅったつ)をしようとしていた。


 総大将は太守(たいしゅ)今川(いまがわ)義元(よしもと)、朱色の漆を塗った輿(こし)に乗り、その周りを、小鹿(おしか)瀬名(せな)関口(せきぐち)新野(にいの)といった一門衆や、三浦(みうら)朝比奈(あさひな)葛山(かつらやま)岡部(おかべ)庵原(いはら)由比(ゆい)蒲原(かんばら)牟礼(むれ)久能(くの)藤枝(ふじえだ)といった家来衆が固めている。朱塗りの輿(こし)は、特別に幕府より認められた者のみが乗ることを許されるもので、敵である織田(おだ)家との格の違いは誰が見ても明らかだ。沿道に見物に来た町人たちが、目の前を通る塗輿(ぬりごし)を観て一様に感嘆のため息を漏らしたのは言うまでもない。


 その晩、志麻(しま)は夢の中で目を覚ました。今日見た塗輿(ぬりごし)の話を、早くお師匠にしたい。


「こんばんは。お師匠」

 うむ、とお師匠が応じる。


「お師匠は見たのかしら? 太守(たいしゅ)様の行列を。あんな威風堂々とした塗輿(ぬりごし)なんて見たことがないわ。絢爛(けんらん)豪華とは違うけれど、遠くからでも存在感があって、そうね、威厳があるというのかしら、見ている人たちは、皆、もう言葉にならないって感じで、おーともあーとも言えない声を漏らしてたわ。改めてわたしも付いて行きたかったと思ったわ。あの塗輿(ぬりごし)太守(たいしゅ)様の一員になれたら、どんなに誇らしいことか。どんなに心強いことか。そう思わない武将はいないでしょうね。そう思うでしょ、お師匠?」


「……うむ。見た」

 お師匠が、どのようにして「見る」のかは分からないけれど、見たそうだ。それにしては、反応が薄い。薄すぎる。


「お師匠、今日は何か変ね」

 お師匠、白蛇(しろへび)の表情は相変わらずないし、その瞳も深いだけで、何かを読み取れる訳でもない。けれど、何となくだけれど、志麻(しま)はお師匠の空気を読めるようになってきていた。


「そうであるか。そなたには、そう見えるか?」

「ええ、何か問題があるのなら、教えてちょうだい」


「うむ。まぁ、言うても良いか。()が悪いのだ」

 け、といわれてすぐに意味が出てこない。志麻(しま)は頭を回転させて字を探した。


()? 八卦(はっけ)とか六十四卦(ろくじゅうしけ)の占いの()?」

「そうじゃ。その()じゃ。何度やっても、良くない()が出る」


「お師匠、武経七書(ぶけいしちしょ)は基本的に占いには否定的だわ。李衛公(りえいこう)が、愚か者を操る術として利用するくらいだわ」

「そうであるな。それは、占いが当てずっぽうで意味のないものであるからじゃ。しかしの、我もそなたもここに居る」


 確かにそうだ。怪しげな術に(だま)されるな、と武経七書(ぶけいしちしょ)は警告するけれど、わたしたちはここにいる。全てのそれを否定してしまえば、自分の正気も、お師匠の存在も、両方を否定するようなものだ。


「そうだわね。その()は、意味があるのね」

「うむ。あくまで占いなのじゃが。あるかもしれぬ、というところか」


「では、あるとして考えてみましょうか?」

「そうじゃな。弥次郎(やじろう)殿はこの出陣について、何か言うておったか」


 もちろん志麻(しま)は、兄泰朝(やすとも)を捕まえて、あれやこれや聞き出そうとしたことは言うまでもない。言えないこともあろうが、言えることは全て聞き出せたはずだ。


「そうねぇ、前々から準備をしていた。境目の城が包囲され、城にある兵糧の問題で、この夏を期限に救援に向かわなければならなかった」


「自由に選択できた出陣ではなかったのじゃな」

「言われてみればそうね」


承芳(しょうほう)殿が出馬することに関しては、何か言っておったか?」

 この「承芳(しょうほう)殿」には、一瞬考えてしまう。栴岳(せんがく)承芳(しょうほう)太守(たいしゅ)様の僧侶時代の法名だ。


太守(たいしゅ)(みずか)らが出馬なさるということで、出兵の規模が増したそうね。そもそも太守(たいしゅ)様が出馬するのは、塗輿(ぬりごし)に乗る姿を見せて織田(おだ)家との格の違いを見せつけるためだそうよ」


織田(おだ)弾正忠(だんじょう)家は、守護の下の守護代、さらにその下の三奉行の一つに過ぎなかったからな。視覚的にその格の違いを喧伝(けんでん)するためか。じゃが、これだけの出兵じゃ。威圧するだけで終わろうか?」


(にい)さまは何て言ってたかしら……。立て籠った城からも、悠然と動く塗輿(ぬりごし)が見えるだろう、格の違いに兵たちの士気も落ち、戦わずとも降伏するかもしれない。そこまでうまくはいかないとしても、兵の士気を落とすことに利はあっても損はない、かしらね」


「今さら織田(おだ)家の者が、塗輿(ぬりごし)を見たからと言うて士気を落とすものだろうか。あの家は尾張(おわり)守護を軽んじておる。他国の守護に恐れをなすとは思えぬな」


 確かにそうだ。織田(おだ)家が、信長(のぶなが)が幕府の秩序を重んじるのなら、(いま)だに守護代の下の三奉行の一つに過ぎないはずなのだ。

「そうね。言われてみれば、そう……だわ」


「他に弥次郎(やじろう)殿は、何を言っておったか?」

「ええと……、この(いくさ)に勝てば、海路が開くから物流も楽になる、だったかしら」


「海路、と言うたか?」

「はい、海路と言いました。織田(おだ)弾正忠(だんじょう)家は津島(つしま)がもともと根拠地。織田(おだ)を滅ぼせば、津島(つしま)が手に入ります」


津島(つしま)のあれは、海路とは言わぬであろう。言うなれば渡し、か」

「おかしいわね……、何か、わたしは勘違いをしているのかもしれない……」


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ