6章 尾張遠征 1 花見と稽古と友達のこと(5)
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組み稽古の時間になった。今日も一人で素振りでもしようか、と思っていたところ、おい、と後ろから呼ぶ声がした。
振り返ると、僕と同じくらいの年の少年がこちらを見ていた。体格は無駄のない筋肉質で、腕も足も長い。やんちゃそうな顔をし、長くもない髪を後ろで結んでいる。服はお世辞にもいい物とは言えない。
「おい、お前、今日も一人じゃないか。俺が組んでやる」
僕は突然のことに、えっ、と声を発しただけで、その次の句を継げなかった。
「俺は源太だ。お前はセイでいいんだよな」
ぶっきらぼうに源太は言うと、木刀を僕の方に突き付けた。
「うん。そう、僕はセイ。だけど僕と関わると、君も仲間外れにされちゃうよ」
源太はそれを聞くなり、ツカツカと僕に近づき、ガシッと胸ぐらを掴み上げた。
「俺を舐めるんじゃねぇ。俺が誰に話しかけようが、誰とつるもうが、決めるのは俺だ!」
源太の突然の行動と、思いがけない強い言葉に、僕はたじろいだ。
「うん……ごめん」
「わかればいい。それで、お前、どこから来たんだ?」
「すごく遠く」
異世界のことを言っても理解されないし、混乱させるだけなので曖昧に答えた。
「そうか。家族は?」
「いるよ。すごく遠くに」
大丈夫。戦乱は家族のいる王都まで届いていないはずだ、と僕は自分に言い聞かせて言った。
「要領を掴めない奴だな。置いてきたのか?」
「うーんと、はぐれちゃった?」
「なんで疑問形なんだよ。そいで、何で駿河にお前はいるんだ?」
「怪我をしたところを助けてもらって」
「おお、助けたのはどこの者だ?」
「朝比奈家の人だよ」
「やはりそうか。朝比奈様かっ」
一人納得した源太は、始めるぞ、お前が打ってこい、と言って木刀を構えた。
僕が上段から打ち下ろすと、それに合わせて払うように弾いた。手に衝撃が走る。御屋形様とは比べ物にならないけれど、源太はなかなかに力強い剣筋をしている。上段、中段、下段と、それぞれ十回打ち合わせたところで、源太が怒ったように言いだした。
「お前! 手を抜いているだろ」
思いもしないことだったから驚いた。そんな風に見えていたのかな。
「そんなことない。真剣にやっているよ」
僕は答えた。もちろん肉体強化の魔法を全力で使えば、源太を驚かすことができる。けれど、この道場に通う目的はそれではない。魔法は、ある種のズルだ、と僕は思う。稽古になるように必要最低限の肉体強化を使うことは、見逃して欲しいけど。そういう訳で、今、繰り出した剣が、剣技としては僕の全力なのだ。
「まぁいい、今度は俺が打ち込む。そうすれば判る」
源太は大きく振るかぶり、一直線に打ち下ろしてきた。僕も源太がやったように、右から左へと払って一撃を弾いた。弾かれた源太の一撃は、僕の左肩をかすって宙を斬った。手は衝撃でジンジンと痺れている。
二ッと源太は笑みを見せると、よっしゃ、やるぜ、と言って、意気揚々と上段、中段、下段と打ち込みを始めた。
………………
…………
……
「あれ? お前、あれが本気っての、本当だった?」
「だから手を抜いていないって言ったよ」
僕は少しムッとしながら言った。というのも、僕は剣を受けきれず、さばききれず、源太の一撃を何度もその身に受けていたのだ。体のあちこちが、打ち身で傷い。
「すまん。なんか、お前、もっとできる奴だと勝手に思い込んでた。俺の勘違いだった。悪い」
「何と勘違いしていたか知らないけど、僕はこの道場で初めて剣術を習うんだから」
「そうだな。途中からおかしいと思った。本当にすまんかった」
両手を合わせて頭上に挙げ、源太は拝むように謝った。
「いいよ。分かってくれたなら」
「そうか、ありがとな。おっと、ここじゃ邪魔になるから、向こうへ行こうぜ」
気が付けば、周りは木の槍を持っている。今から槍の稽古なのだ。槍は剣より場所を取るので、半分が稽古をし、半分は木陰で休憩する。
僕と源太は槐の木陰に座った。木陰は涼しく、吹く風が気持ちいい。春先であっても陽の当たる場所で稽古をすれば、ずいぶんと暑いのだ。
「ねぇ、源太はどういう人なの?」
「俺か、そうだな……」
源太はそう言うと、身の上を話し始めた。
年は僕と同じ十四。父が信濃出身の武士で、母は駿河の農民の出である。きょうだいは、姉と弟と妹。父は既に亡くなっており、母たちと大伯父の家に住んでいる。午前はこうして武術の稽古に励み、午後は実家の農業を手伝うと言うのだから、半分武士で半分農民なのだと僕は思った。源太はまだ、元服という大人にるための儀式を済ませていない。早く元服してどこかに仕官したい、と言うのだけれど、仕官するためには実力を示さなければならない。今は稽古に励みつつ、戦で手柄を立てる機会を窺っているそうだ。
こうして話してみると、意外に話しやすい人だと思った。もしかしたら、友達になれるかもしれない。姫は気安いけれど、友達というよりは命の恩人であるという意識がある。貸し借りのないただの友達ができるなら、それは源太になりそうな予感がした。
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夜雨雷鳴と申します。
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