6章 尾張遠征 1 花見と稽古と友達のこと(2)
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予告から五日後の朝。予定通りにお花見というものに出かけた。出かけるのは、僕、姫、若さま、遠中殿、常盤殿、お景殿、お杏殿と数人の侍たちだ。姫の父である殿さまに会えるかもしれない、と期待したけれど、今日も体調がすぐれないらしく、お花見には行かないそうだ。
姫と若さまが馬に乗り、遠中殿と常盤殿は駕籠に乗った。侍たちは荷物を載せた馬の手綱を引き、僕を含めた他の人たちは徒歩だ。そう遠くはないらしい。
朝比奈の屋敷を出て、姫を先頭にしてしばらく進むと、前方、遠くの山が薄紅色に染まっていることに気付く。そこに行くのだろうとセイは思った。ところが、薄紅色の山まで十町ほどあろうかというところで、姫は右に曲がった。その方向にも薄紅色の花を咲かせた木々が見える。こちらが目的地だったようだ。
着いた目的地。そこは、山から続く尾根の途中に張り出した、小高い丘のような場所であった。
こっちよ、と姫に手を牽かれ行った先は、周りをぐるりと花に囲まれている。
「山桜と言うのよ。どう? 綺麗でしょ」
山桜はよく見ると、白い花と赤茶色の葉の二つの色あいがある。それが混じりあって、遠くからは薄紅色に見えるのだ。
「すごいや……はぁ。思わずため息が出ちゃった」
豪華なのに気品もある。周りを囲まれると、どこか別世界に来たかのように思えた。僕がいた世界とも、先ほどまでいた駿河の世界とも、違う。
「来る途中、正面に見えたところは、ここより広いんじゃない? もっと豪華なのかな?」
僕は何気なく訊いた。
「あちらは尾根の斜面だから、こちらのように近づくのは大変だわ。セイ、付いて来てちょうだい。もう一つ、良いものを見せたいわ」
姫に付いて山桜の林を抜けると、正面の視界が開けた。今、僕たちがいる尾根と並行に走る、いわば対岸とでもいうべき尾根の山桜が遠望できる。道の途中に見えたあの山だ。平地の田畑の緑と、帯状の山桜の薄紅色の対比が美しい。山桜は一本一本が微妙に色合いを異にしており、その移り変わりもまた、見事である。
「なんて言えばいいか分からない。言葉にならないよ」
そうね、と傍らに立つ姫も頷いた。
「何度見ても、心を打たれるわ」
「もしかして、前に若さまが話してくれた、姫が持ち帰ろうとした桜って、ここのこと?」
「よく覚えていたわね。そうよ」
「やっぱり。でもその気持ち、僕にも分かる気がする」
「そう……どうして桜というものは、こんなにも美しいのかしら……」
僕と姫はそれ以上会話もせず、ひたすら桜を眺め続けた。風が吹き、桜が揺れ、雲が流れる。鶯が遠くからさえずり、白鷺が羽をはばたせ横切って行った。
「志麻ちゃん、ちょっといいかしら?」
その声で、僕たちは現実に戻った。遠中殿の声だ。振り向いて見ると、常盤殿と大きなござを抱えている。
「志麻ちゃんは本当に桜が好きね。変わらないわ。けれど、そろそろ準備を始めるわよ。ござの端を持ってくれるかしら?」
「はい、母上……、えっと、そうね、セイはそっちの端を持って」
四つあるござを広げていく。一つ一つが大きいから、四つでかなりの広さになった。
「あれ? 持ってきた荷物の中に、こんなに大きなござなんてあったっけ?」
僕は不思議に思って姫に訊いた。
「これは近くの里から借りたのよ。昔、長保寺殿が、この近くの里にこの桜林の管理をお命じになったの。その代わり、その里は花見に来る客に場所を貸して、さらにこうしてござや火鉢や炭なんかを貸すのよ。重い物や嵩張るものは持って来るのが大変だから、みんな助かっているわ」
後で、長保寺殿って誰って姫に聞いたら、御屋形様の曾祖父で、四代前の当主、今川義忠のことだと言っていた。けど、結局、それって誰って思った。
「あっ、若さまたちが着いてからまた出かけて行ったのは、借りに行っていたんだね」
「そうよ、ござが来たってことは、もう帰ってきたみたいね」
若さまたちの姿は見えないけれど、村人風の人たちが、荷物を持ってやって来ていた。遠中殿の指示を受けて、着々とお花見の準備が進む。
「ねぇ、姫。僕たちの人数にしては、数が多くない?」
僕たちの人数は全員でも十とちょっとだ。用意された席は、どうみても二十を超えているように見える。
「今日の主催はうちではなくて、中御門家なのよ。中御門家は母上の実家なの。まぁ、親戚の集まりってところかしら」
「じゃぁ、僕が居たらまずくない?」
「いいえ、問題ないわ。中納言様、中御門家の御主人なのだけれど、その中納言様が、是非呼んで欲しいと仰られたそうよ」
「僕に、何か用があるのかな?」
「さぁ、母上は何か聞いてる?」
一通りの準備を終えて満足そうにしていた遠中殿に、姫が訊いた。
「そうねぇ……ってあら見て、今話していた中納言様がお着きになったわ」
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




