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6章 尾張遠征 1 花見と稽古と友達のこと(2)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 予告から五日後の朝。予定通りにお花見というものに出かけた。出かけるのは、僕、姫、若さま、遠中(とおなか)殿、常盤(ときわ)殿、お(けい)殿、お(きょう)殿と数人の侍たちだ。姫の父である殿さまに会えるかもしれない、と期待したけれど、今日も体調がすぐれないらしく、お花見には行かないそうだ。


 姫と若さまが馬に乗り、遠中(とおなか)殿と常盤(ときわ)殿は駕籠(かご)に乗った。侍たちは荷物を載せた馬の手綱(たづな)を引き、僕を含めた他の人たちは徒歩だ。そう遠くはないらしい。


 朝比奈(あさひな)の屋敷を出て、姫を先頭にしてしばらく進むと、前方、遠くの山が薄紅色に染まっていることに気付く。そこに行くのだろうとセイは思った。ところが、薄紅色の山まで十町ほどあろうかというところで、姫は右に曲がった。その方向にも薄紅色の花を咲かせた木々が見える。こちらが目的地だったようだ。


 着いた目的地。そこは、山から続く尾根の途中に張り出した、小高い丘のような場所であった。


 こっちよ、と姫に手を()かれ行った先は、周りをぐるりと花に囲まれている。


「山桜と言うのよ。どう? 綺麗(きれい)でしょ」

 山桜はよく見ると、白い花と赤茶色の葉の二つの色あいがある。それが混じりあって、遠くからは薄紅色に見えるのだ。


「すごいや……はぁ。思わずため息が出ちゃった」

 豪華なのに気品もある。周りを囲まれると、どこか別世界に来たかのように思えた。僕がいた世界とも、先ほどまでいた駿河(するが)の世界とも、違う。


「来る途中、正面に見えたところは、ここより広いんじゃない? もっと豪華なのかな?」

 僕は何気(なにげ)なく()いた。


「あちらは尾根の斜面だから、こちらのように近づくのは大変だわ。セイ、付いて来てちょうだい。もう一つ、良いものを見せたいわ」


 姫に付いて山桜の林を抜けると、正面の視界が開けた。今、僕たちがいる尾根と並行に走る、いわば対岸とでもいうべき尾根の山桜が遠望できる。道の途中に見えたあの山だ。平地の田畑の緑と、帯状の山桜の薄紅色の対比が美しい。山桜は一本一本が微妙に色合いを異にしており、その移り変わりもまた、見事である。


「なんて言えばいいか分からない。言葉にならないよ」

 そうね、と(かたわ)らに立つ姫も(うなづ)いた。

「何度見ても、心を打たれるわ」


「もしかして、前に若さまが話してくれた、姫が持ち帰ろうとした桜って、ここのこと?」

「よく覚えていたわね。そうよ」


「やっぱり。でもその気持ち、僕にも分かる気がする」

「そう……どうして桜というものは、こんなにも美しいのかしら……」


 僕と姫はそれ以上会話もせず、ひたすら桜を眺め続けた。風が吹き、桜が揺れ、雲が流れる。(うぐいす)が遠くからさえずり、白鷺(しらさぎ)が羽をはばたせ横切って行った。


志麻(しま)ちゃん、ちょっといいかしら?」

 その声で、僕たちは現実に戻った。遠中(とおなか)殿の声だ。振り向いて見ると、常盤(ときわ)殿と大きな()()を抱えている。


志麻(しま)ちゃんは本当に桜が好きね。変わらないわ。けれど、そろそろ準備を始めるわよ。()()の端を持ってくれるかしら?」

「はい、母上……、えっと、そうね、セイはそっちの端を持って」


 四つある()()を広げていく。一つ一つが大きいから、四つでかなりの広さになった。


「あれ? 持ってきた荷物の中に、こんなに大きな()()なんてあったっけ?」

 僕は不思議に思って姫に()いた。


「これは近くの里から借りたのよ。昔、長保寺(ちょうほうじ)殿が、この近くの里にこの桜林の管理をお命じになったの。その代わり、その里は花見に来る客に場所を貸して、さらにこうして()()や火鉢や炭なんかを貸すのよ。重い物や嵩張(かさば)るものは持って来るのが大変だから、みんな助かっているわ」


 後で、長保寺(ちょうほうじ)殿って誰って姫に聞いたら、御屋形(おやかた)様の曾祖父(そうそふ)で、四代前の当主、今川(いまがわ)義忠(よしただ)のことだと言っていた。けど、結局、それって誰って思った。


「あっ、若さまたちが着いてからまた出かけて行ったのは、借りに行っていたんだね」

「そうよ、()()が来たってことは、もう帰ってきたみたいね」


 若さまたちの姿は見えないけれど、村人風の人たちが、荷物を持ってやって来ていた。遠中(とおなか)殿の指示を受けて、着々とお花見の準備が進む。


「ねぇ、姫。僕たちの人数にしては、数が多くない?」

 僕たちの人数は全員でも十とちょっとだ。用意された席は、どうみても二十を超えているように見える。


「今日の主催はうちではなくて、中御門(なかみかど)家なのよ。中御門(なかみかど)家は母上の実家なの。まぁ、親戚の集まりってところかしら」


「じゃぁ、僕が居たらまずくない?」

「いいえ、問題ないわ。中納言(ちゅうなごん)様、中御門(なかみかど)家の御主人なのだけれど、その中納言(ちゅうなごん)様が、是非呼んで欲しいと仰られたそうよ」


「僕に、何か用があるのかな?」

「さぁ、母上は何か聞いてる?」

 一通りの準備を終えて満足そうにしていた遠中(とおなか)殿に、姫が()いた。


「そうねぇ……ってあら見て、今話していた中納言(ちゅうなごん)様がお着きになったわ」


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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