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1章 出会い 2 命の恩人(4)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 明くる十一月十三日の辰三(たつみ)(どき)、今で言う午前九時。


 本堂より離れへ渡る廊下を、志麻(しま)は歩いていた。

 お世話になっている承然(しょうぜん)慈来(じらい)を始めとする寺の関係者に、挨拶を済ませてきたのだ。


 昨日は慈来(じらい)の指導の下、鶏子白(けいしはく)を少年に塗り、包帯を巻き直した。


 (いま)だ少年は目覚めない。

 それでも志麻(しま)は少年が(たす)かると信じている。慈来(じらい)に話した通り、(たす)かると信じなければならない、と思った。今は、(たす)かる、と確信に変わっている。こんな心の移り変わりは道理に合わないと、志麻(しま)にも分かっている。それでも、ただただ(たす)かると強く強く思うのだ。


 本当を言うと少し怖い。この確信も、何か大きな力によって動かされているように感じる。

 大海原(おおうなばら)を小舟で()ぎ出してしまったような心細さ。天候は荒れる気配を示し、志麻(しま)と少年の乗った船は波に翻弄される。


 確信と不安。


 少年の寝る部屋の(ふすま)の前に立ち、混乱する心を静めるように、ふぅ、と息を吐く。


 (ふすま)を開け中に入ると、部屋の中央に少年は寝ている。

 むしろを二枚重ね、その上に古着を敷いて敷物とし、上にも古着を何枚もかけている。


 静かに少年の枕元に近づき、腰を下ろした。顔を(のぞ)き込むと、少年の目が開いている。


「わぁ、気付いたのね」


 よかった。本当によかった。これで少年は(たす)かる。

 先ほどまであった不安な気持ちが、霧が晴れるように消え去った。


 少年の唇が(かす)かに動いたのを、志麻(しま)は見逃さなかった。けれど、声は出ていない。

 それもそうだろう。少なくとも、丸二日は水を飲んでいたのだから。


 慈来(じらい)から、目を覚ましたら白湯(さゆ)を与えるよう言われている。


「ちょっと待っていてね。すぐに戻るから」


 寺の台所に走って向かう。

 台所ではお(けい)が寺の手伝いをしていた。事情を寺の者に伝え、お(けい)とともに白湯(さゆ)を持って離れへ戻った。


 少年に白湯(さゆ)を与えると、一気に杯を飲み干した。

 包帯で表情は判らないけれど、とても美味(おい)しそうに飲んでいるのは分かる。杯に注ぐたび、すごい勢いで消えていくのだ。


 水差しの白湯(さゆ)はついに尽きた。それでも少年は、まだ欲しいと目で訴えてくる。


「お(けい)、もう白湯(さゆ)がなくなったわ。元々どれくらい入っていたかしら」

「五合は入っていたと思います。すごいですね。全て飲み干してしまうなんて」


「ええ、あまりに美味(おい)しそうに飲むものだから、考えずに注いでしまったわ。こんなに一度に飲ませて、よかったのかしら」

慈来(じらい)さまにお伺いを立ててからの方が、よかったかもしれません」


「そうね。では、これで終わりにしましょう」


 お(けい)(うなづ)いて同意した。


「と、いう訳だから、今はお終いね」


 志麻(しま)は少年に向き直り、目を見て言った。


「********」


 少年の発した言葉は、聞いたこともない。思わず、志麻(しま)とお(けい)は顔を見合わせた。


「困ったわね。唐人(とうじん)高麗(こうらい)人だったかしら」

「姫様、近ごろ聞くようになった南蛮人かもしれません」


「そうね。言葉が通じないのは参ったわね。何があったのか、聞き出せないわ」

「はい、このような(むご)たらしい行いをする野盗がいるのなら、すぐに岡部(おかべ)様か御屋形(おやかた)様に報告せねばなりませんのに」


「ええ、早く何とかしたいわね。けれど、今は彼に回復してもらう方が先ね」

「はい、そうでございます」


「では、お(けい)、彼をもう一度寝かせてあげて」


 お(けい)が少年を寝かせると、志麻(しま)がやさしく語り掛ける。


「ここは安全、大丈夫よ。あなたは(たす)かるわ。だから今は休んでちょうだい。きっとよくなるから」


 少年に言葉が通じる訳ではない。けれど、想いは通じるはずだ。


 静かに少年が(うなづ)いたように、志麻(しま)には見えた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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