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5章 初陣 5 尋問(3)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夜が明けて、そして朝が来た。(ろう)屋にも、うっすらと太陽の光が届いている。


 茂吉(もきち)は重い頭を持ち上げると、いつもと変わらぬように装う。盗みと殺しを家業にしながら、てめぇが死ぬのが怖くて夜も寝られなかった、となっては、末代までの恥じた。他の奴らに気付かれるのも御免だ。


 飯が運ばれて来た。昨日の夜の飯は味が分からなかった。てめぇがそんなに臆病者だと、心底がっかりしていたが、今朝の飯の味は分かる。一晩経って、心が衝撃から立ち直りつつあるようだ。


 今朝の追加の一品は、大根を出汁で煮て味噌(みそ)をかけたものだった。ひと()みするとジュワッと出汁が口の中に広がり、それに甘めの味噌(みそ)がよく合う。


 あと三回か四回飯を食うと殺されちまう。その前に逃げ出さなきゃならねぇ。そのためにも、今はしっかり食うのだ。まだ逃げる機会はあるはずだ。ここの連中は間抜けだから、また錠を掛け損じるかも知れねぇし、尋問のために(ろう)から出るその時が、狙い目かもしれねぇ。俺はまだまだやれるはずだ。


 そう自分に言い聞かせているうちに飯は終わった。


 俺が呼ばれるのは六番目、昼の前くらいだからまだ時間がある。いつもその間に逃げる手筈(てはず)をあれこれと考えている。何事も準備は必要だ。


 そう、ぼんやり茂吉(もきち)が考えていたところに、左京亮(さきょうのすけ)が数人の侍をぞろぞろと引き連れ、地下(ろう)の前に入ってきた。いつもより人が多い。その中には昨日の小娘とガキも混ざっていた。


 またしても左京亮(さきょうのすけ)が口を開いた。

茂吉(もきち)又七(またしち)、両名、(ろう)から出よ」


 ビクン、と体が雷にでも打たれたかのように反応した。


 なぜ俺が呼ばれる? 俺はもっと後のはずだ。嫌な予感しかしねぇ。


 茂吉(もきち)は、ごくりと生唾を飲んだ。


 見せしめでまず俺から殺すのか? なぜ俺なんだ? 他に、いくらでもいるだろ。納得いかねぇ……。


「おい、のろのろしてないで早く(ろう)から出ろ。それとも、ここにずっといたいのか?」

 年配の太った侍に棒で小突かれた。それでも動かないでいると、今度はきつく突かれた。


 堪らなく痛ぇ。


 仕方なく(ろう)の外に出る。出たと同時に地を蹴った。身を屈め建物の出口を目指して一心不乱に走り出す。


 ところが、すぐに足を侍に引っ掛けられ、壮大に転げまわる羽目になった。すぐさま両の腕を後ろ手に縛られる。


「馬鹿め。何を慌てておるのだ。そうではない。解放だ」


 (ろう)の中から、おぉ、と声が漏れる。が、黙れ、と侍に一喝され、また静まり返った。


「解放……なぜ……?」

「昨日言うたではないか。話せば組の相手を開放すると。それがお前と又七(またしち)だ。解ったら大人しく付いて来い」


 にわかには信じられねぇ。そんなお人よしが、いるものなのか?


 半信半疑であったが、取り()えず従うしかねぇと茂吉(もきち)は思った。何か怪しい動きがあれば、全力で逃げる。縛られていようがどうしようが、何とかするしかねぇ、のだ。


 二、三歩進んだところで、左京亮(さきょうのすけ)は何か思い出したかのように立ち止まり、(ろう)の入り口、その一番近くにいた者を指して言った。


「お前さんも出ろ」


 俺も解放ですか、と(うれ)しそうに聞き返したのに対し、

「お前さんは二人が本当に開放されたか、確認するんだ」

 だ、そうだ。(うそ)を付くには手が込み過ぎている。本当なのかもしれねぇ。が、油断は禁物だ。


 地下(ろう)から出され、左京亮(さきょうのすけ)に連れていかれた所は、親指大の砂利が一面に敷かれた庭だ。ここで、尋問を受けていた。二方向が鍵型に曲がった建物、残りの二方向は木の塀で囲われている。木の塀にある(くぐ)り戸を抜けると、庭の中央に(むしろ)が敷かれてあった。いつもは(じか)に正座をさせられていたことを考えると、今日は扱いが違うようだ。


 座れ、と言われたので、(むしろ)の上にドカリと胡坐(あぐら)をかいて座った。直ぐさま侍に、

「正座だ、馬鹿者」

 と、どつかれて、渋々、正座に座り直す。(むしろ)が敷いてあるとはいえ、砂利の上での正座は痛ぇ。何から何まで口うるさく嫌な連中だ。


 その内に、左京亮(さきょうのすけ)が正面の建物に上がり、その部屋の中央に胡坐(あぐら)をかいて座った。左京亮(さきょうのすけ)の左手前には書役(かきやく)がおり、文机(ふづくえ)の奥に座っている。文机(ふづくえ)の上には、丸めた二束の紙が見える。


 書役(かきやく)はその一つを取り上げると立ち上がり、紙を開き掲げて読み上げた。


「一、今後二度と朝比奈(あさひな)家に弓を引き、また、朝比奈(あさひな)家の害悪となる如何(いか)なることもしないこと

 一、今川(いまがわ)家及びその舎弟に対して、害悪となる如何(いか)なることもしないこと

 一、今川(いまがわ)家及びその舎弟の領内において、如何(いか)なる乱暴狼藉(ろうぜき)も行わないこと

 右の旨趣違犯においては、梵天帝釈(ぼんてんたいしゃく)四大天王(しだいてんのう)(そう)日本国中(にほんこくじゅう)六十余州(ろくじゅうよしゅう)大小(だいしょう)神祇(じんぎ)(わけて)伊豆(いず)箱根(はこね)両所権現(りょうしょごんげん)三島(みしま)大明神(だいみょうじん)八幡(はちまん)大菩薩(だいぼさつ)富士(ふじ)浅間(せんげん)大菩薩(だいぼさつ)白山(はくさん)妙理(みょうり)大権現(だいごんげん)天満(てんまん)大自在(だいじざい)天神(てんじん)、部類、眷属(けんぞく)、神罰、冥罰を(まか)(こうむ)るべきものなり」


 書役(かきやく)の読み上げを受けて、左京亮(さきょうのすけ)(おごそ)かに口を開いた。


「内容は理解できたか?」

「解った。決して歯向かわねぇ」


「よろしい。誓いを破らなければ、何処(どこ)となりとも、好きなところへ行けばよい。ところで、名前は書けるか?」

「書けねぇ」


 それを聞くと、書役(かきやく)は筆で起請文(きしょうもん)に何か書き足した。たぶん俺の名だ。しかし、俺みたいなやつで字が書ける奴などいねぇ。分かって聞いていたのなら、たぶんそうだが、性格の悪い野郎だ。


 次は血判だった。ほんの小さな小刀を渡され、自分で親指の皮膚を切る。血が十分に(にじ)んでくる間に起請文(きしょうもん)を復唱させられた。そして押した血判は少し黒目の赤だが、はっきりと濃く押された。


 その後、もう一人の奴が血判をするのを待ち、二人連れだって門まで連行された。そして門から外に(ほう)り出され、二度と顔を見せるな、と解放されたのだ。


 それにしても、あのバカげた取引をする者がいようとは、そして、本当にそれで開放する甘い武家がいようとは、夢にも思わなかった。やはり、この世はバカばかりだ。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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