5章 初陣 5 尋問(3)
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夜が明けて、そして朝が来た。牢屋にも、うっすらと太陽の光が届いている。
茂吉は重い頭を持ち上げると、いつもと変わらぬように装う。盗みと殺しを家業にしながら、てめぇが死ぬのが怖くて夜も寝られなかった、となっては、末代までの恥じた。他の奴らに気付かれるのも御免だ。
飯が運ばれて来た。昨日の夜の飯は味が分からなかった。てめぇがそんなに臆病者だと、心底がっかりしていたが、今朝の飯の味は分かる。一晩経って、心が衝撃から立ち直りつつあるようだ。
今朝の追加の一品は、大根を出汁で煮て味噌をかけたものだった。ひと噛みするとジュワッと出汁が口の中に広がり、それに甘めの味噌がよく合う。
あと三回か四回飯を食うと殺されちまう。その前に逃げ出さなきゃならねぇ。そのためにも、今はしっかり食うのだ。まだ逃げる機会はあるはずだ。ここの連中は間抜けだから、また錠を掛け損じるかも知れねぇし、尋問のために牢から出るその時が、狙い目かもしれねぇ。俺はまだまだやれるはずだ。
そう自分に言い聞かせているうちに飯は終わった。
俺が呼ばれるのは六番目、昼の前くらいだからまだ時間がある。いつもその間に逃げる手筈をあれこれと考えている。何事も準備は必要だ。
そう、ぼんやり茂吉が考えていたところに、左京亮が数人の侍をぞろぞろと引き連れ、地下牢の前に入ってきた。いつもより人が多い。その中には昨日の小娘とガキも混ざっていた。
またしても左京亮が口を開いた。
「茂吉、又七、両名、牢から出よ」
ビクン、と体が雷にでも打たれたかのように反応した。
なぜ俺が呼ばれる? 俺はもっと後のはずだ。嫌な予感しかしねぇ。
茂吉は、ごくりと生唾を飲んだ。
見せしめでまず俺から殺すのか? なぜ俺なんだ? 他に、いくらでもいるだろ。納得いかねぇ……。
「おい、のろのろしてないで早く牢から出ろ。それとも、ここにずっといたいのか?」
年配の太った侍に棒で小突かれた。それでも動かないでいると、今度はきつく突かれた。
堪らなく痛ぇ。
仕方なく牢の外に出る。出たと同時に地を蹴った。身を屈め建物の出口を目指して一心不乱に走り出す。
ところが、すぐに足を侍に引っ掛けられ、壮大に転げまわる羽目になった。すぐさま両の腕を後ろ手に縛られる。
「馬鹿め。何を慌てておるのだ。そうではない。解放だ」
牢の中から、おぉ、と声が漏れる。が、黙れ、と侍に一喝され、また静まり返った。
「解放……なぜ……?」
「昨日言うたではないか。話せば組の相手を開放すると。それがお前と又七だ。解ったら大人しく付いて来い」
にわかには信じられねぇ。そんなお人よしが、いるものなのか?
半信半疑であったが、取り敢えず従うしかねぇと茂吉は思った。何か怪しい動きがあれば、全力で逃げる。縛られていようがどうしようが、何とかするしかねぇ、のだ。
二、三歩進んだところで、左京亮は何か思い出したかのように立ち止まり、牢の入り口、その一番近くにいた者を指して言った。
「お前さんも出ろ」
俺も解放ですか、と嬉しそうに聞き返したのに対し、
「お前さんは二人が本当に開放されたか、確認するんだ」
だ、そうだ。嘘を付くには手が込み過ぎている。本当なのかもしれねぇ。が、油断は禁物だ。
地下牢から出され、左京亮に連れていかれた所は、親指大の砂利が一面に敷かれた庭だ。ここで、尋問を受けていた。二方向が鍵型に曲がった建物、残りの二方向は木の塀で囲われている。木の塀にある潜り戸を抜けると、庭の中央に筵が敷かれてあった。いつもは直に正座をさせられていたことを考えると、今日は扱いが違うようだ。
座れ、と言われたので、筵の上にドカリと胡坐をかいて座った。直ぐさま侍に、
「正座だ、馬鹿者」
と、どつかれて、渋々、正座に座り直す。筵が敷いてあるとはいえ、砂利の上での正座は痛ぇ。何から何まで口うるさく嫌な連中だ。
その内に、左京亮が正面の建物に上がり、その部屋の中央に胡坐をかいて座った。左京亮の左手前には書役がおり、文机の奥に座っている。文机の上には、丸めた二束の紙が見える。
書役はその一つを取り上げると立ち上がり、紙を開き掲げて読み上げた。
「一、今後二度と朝比奈家に弓を引き、また、朝比奈家の害悪となる如何なることもしないこと
一、今川家及びその舎弟に対して、害悪となる如何なることもしないこと
一、今川家及びその舎弟の領内において、如何なる乱暴狼藉も行わないこと
右の旨趣違犯においては、梵天帝釈、四大天王、総日本国中六十余州大小神祇、別伊豆箱根両所権現、三島大明神、八幡大菩薩、富士浅間大菩薩、白山妙理大権現、天満大自在天神、部類、眷属、神罰、冥罰を罷り蒙るべきものなり」
書役の読み上げを受けて、左京亮が厳かに口を開いた。
「内容は理解できたか?」
「解った。決して歯向かわねぇ」
「よろしい。誓いを破らなければ、何処となりとも、好きなところへ行けばよい。ところで、名前は書けるか?」
「書けねぇ」
それを聞くと、書役は筆で起請文に何か書き足した。たぶん俺の名だ。しかし、俺みたいなやつで字が書ける奴などいねぇ。分かって聞いていたのなら、たぶんそうだが、性格の悪い野郎だ。
次は血判だった。ほんの小さな小刀を渡され、自分で親指の皮膚を切る。血が十分に滲んでくる間に起請文を復唱させられた。そして押した血判は少し黒目の赤だが、はっきりと濃く押された。
その後、もう一人の奴が血判をするのを待ち、二人連れだって門まで連行された。そして門から外に放り出され、二度と顔を見せるな、と解放されたのだ。
それにしても、あのバカげた取引をする者がいようとは、そして、本当にそれで開放する甘い武家がいようとは、夢にも思わなかった。やはり、この世はバカばかりだ。
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お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




