5章 初陣 4 采配(3)
「弥次郎、わしは拷問は嫌いじゃ。何か知恵はないのかの? ほら、昨日はお主の策が見事に嵌まったではないか。そのような秘策はないかの?」
それを聞いた兄さまは、慌てて両手を大きく左右に振って否定する。
「五郎、あれは俺ではないんだ。考えたのは志麻なのだ」
「そうであるのか? 冬青姫?」
驚いたように、御屋形様がわたしを見た。岡崎殿は顔は動かさず、眼だけをわたしに向けた。
「はい。わたしが考えて、兄さまの発案として皆様に伝えてもらいました。さすがに、実戦経験のないわたしの発案とあっては、兵が不安になりましょうから」
「えらいじゃん。兵のことも解ってるじゃん」
岡崎殿が深く感心して頷いた。
「ありがとうございます」
褒められて嬉しい。嬉しいのだけれど、兄さまの発案として皆に伝えることを考えたのは、実はわたしではない。お師匠に、そう助言されたのだ。お師匠は、策、それ自体を授ける気はないらしい。お師匠にも未来は不確実であるし、お師匠の指示をその都度仰いでいたら、刻一刻と変わる現実に置いてきぼりを食うからだそうだ。
その代わり、お師匠はわたしの話を聞いてくれる。ねぐらを発見したとの報から討伐までの間、お師匠が仮のねぐらの状況を指定し、それに対しわたしが策を考えることを繰り返した。わたしが策を出すと、その強み、弱み、注意点をお師匠が尋ねる。それに答えると、お師匠が補足をし、また新たな仮の状況が指定されるのだ。
そして討伐の前日、最後になってお師匠は、根本的な問い掛けをわたしに下した。わたしの策が皆に受け入れられるには、どうしたらよいか、と。
わたしはよい策であれば受け入れられるものだと思っていた。しかしそうではないとお師匠は言い、李衛公問対の下巻、その十一を示した。下巻その十一には、怪しい占いや呪いのような迷信の使い方が書かれている。わたしは分からなかった。わたしには、占いやお告げの類をしている気など、なかったのだから。
分からないでいるわたしに、お師匠は続けて尉繚子の攻権篇を示した。攻権篇には兵に本来の力を発揮させる将の条件、恩愛と威信が書かれている。
ここにきて、お師匠の言いたいことが、やっと分かった。わたしにとって理に適った策であっても、わたしを知らない将兵にとっては、わたしの策など怪しげなお告げの類に過ぎないのだ。実績のないわたしの策を検討するほど兵はお人好しではないし、ましてやその策に従うほど兵は自分の命を軽んじていない。
兵に対して恩愛と威信があり、かつ、わたしの策を検討する労を厭わぬ者。その条件に合うのは兄さまだけである。それが、お師匠の指し示すところだった。
「さて、冬青姫。なにか策はあるかのう?」
無事に終わった討伐の策、それをわたしが練ったことが知れて、わたしは策を聴くに値する存在になったのだ。皆の顔が自然と志麻の顔に向く。
「しか、とはまだありませんが、まずは捕らえた者共の心をバラバラにすることが、肝要だと存じます」
「うむ、さて、具体的には?」
「未だあの者共の名前すら分かっておりませんので、全員の名前を吐いた者には酒と肴を与えます。いつ処刑されるか分からない身、この誘いに乗る者はありましょう。そして吐いた者の食事は、これからずっと、他の者より少し良いものにするのです。さすれば、食事の度にあの者共の心はバラバラに成ります」
「なるほどのう。当面はそれでよいと思うが、皆はどうかのう?」
良いんじゃないか、と応じた岡崎殿に、俺も異存はござらん、と兄さまも賛同した。
「ほら、セイ。サボっておるでない。お主はどう思うてか?」
御屋形様が、今まで黙って置物となっていたセイを見やって問うた。
「えっ、僕? 僕は姫の策でいいと思う」
セイは自分が聞かれることはないと思い込んでいたのかしら。慌てて答えた。
「左様か。何か策が思い付いたら冬青姫に伝えるのだぞ、よいな」
うん、とセイが応じた。もちろんセイも理解したわね。つまり、使える魔法があればわたしに伝えよと、御屋形様は言っているのだ。直接言わないのは岡崎殿が居るからでしょうね。岡崎殿は、セイの魔法のことを知らないから。
「よし、これで当面の策は決まりで良いの。後は……」
そう、御屋形様が言いかけた時、外から女の人の声がかかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




