5章 初陣 4 采配(2)
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ねぐらを襲撃したその日のうちに、志麻たちは駿府に戻っていた。岡部正綱だけは駿府に来ず、そのまま山西にある岡部氏の居城、朝日山城へと帰っている。
その場で討ち取ったのが、八人。怪我が原因で間もなく死んだのが、一人。生け捕ったのが、六人。その六人は、朝比奈の牢屋に放り込まれている。
対する味方の損害は全くない。死人はもちろんのこと、怪我人すら一人も出さない完全な勝利であった。
一晩明けた昼、朝比奈の屋敷。その広間には志麻、セイ、泰朝、氏真、元康の五人が集まっていた。
「参集、ご苦労」
御屋形様が一同を見渡し、満足そうに言った。
「何がご苦労だ。連絡も入れず突然来よって……、あぁ、これは五郎に言ったのであって、次郎三郎に言うたのではないぞ。どうせまた、五郎に無理やり連れて来られただけだろ」
「分かってるじゃん」
ぼやく兄さまと対照的に、岡崎殿は笑いをかみ殺しながら答えた。
「これこれ、勝手に話をするでない。今からは、どうやって口を割らせるかの会議じゃ。話を最初から逸れてはならぬ」
「五郎、そのために来たのか?」
「当然であろう。賊退治の目的は、捕まえることでも、ましてや殺す事でもあらぬ。背後を聞き出すことが肝要じゃ」
「そんなことは解っておる」
ムスッとして、兄さまは答えた。
「では、弥次郎。もう少しは尋問をしたであろう。どうであったのじゃ?」
兄さまが命じて、すでに尋問が行われたことは、志麻も知っていた。けれど、その結果はまだ聞いていない。志麻も早く知りたいと思っていたのであった。
「まだ本当に尋問しかしておらぬからな。何もしゃべらぬ。名前すらな」
「左様か。相手も阿呆ではない。人質くらい取って話せないようにしている、と言うところかのう?」
「そうだろうな。うちの家中での話し合いでも、それぐらいには組織だっている、と結論した」
「うむ。口裏合わせはありそうかの?」
「今のところはないだろう、という見立てが支配的だ。もちろん今からされないよう、見張りは厳重にしておる」
「左様か。なればこれから拷問かの」
「嫌だな」
「じゃな」
そういう兄さまと御屋形様の顔は、明らかに曇っている。志麻には不思議に思えた。今は戦国の世。拷問が行われることは珍しくないはずだ。
「何、志麻。おかしな顔をしておる」
「あっ……いえ……」
慌てて取り繕ったけれど、もう遅い。顔に出てしまっていたらしい。それを兄さまに咎められてしまった。
「志麻は拷問があるとは知っておっても、見たことがないであろう。もちろん見るようなものでもないし、見せる気もない。あれは受ける方は地獄の苦しみだが、する方もしんどいのだ。戦場で敵を討つは武士の誉れ。討たれる方も納得だ。だが、拷問は違う。名誉などなく、ただおぞましい。普通の神経の者ならば、しばらく、食事が喉を通らなくなる」
「そうであったのね。わたしもやれと言われてやる自信がないわ。兄さまも御屋形様も同じなのね」
「そうだな。だが、真実、こればかりは同じであったことは幸いだ。この世には、拷問することが苦にならぬ者もおる。なれば、その者にさせればいいと思うであろう。だが、その者が行うと、責め苦を与えることが目的になり、情報を聞き出すことを疎かにする。さらに悪いと、拷問をするために罪をでっち上げる。なのでな、そういう者は案外、使いにくいものなのだ」
「そういう訳じゃ。冬青姫、お主の兄とわしが、ただ怖じ気づいている訳ではないことを、理解さてくれるかの?」
志麻は承知しましたと、深く頷いた。人を殺すことを仕事にすると、中にはそれを趣味にしてしまう狂人が現れる。それと同じように、拷問をさせると、それを趣味にしてしまう狂人が現れる、と言うことなのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




