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5章 初陣 4 采配(1)

 4 采配


 戸を(たた)く物音で、茂吉(もきち)は目を覚ました。


 部屋では囲炉裏を囲むように、男たちがむしろを巻き、雑魚寝をしている。他に起きた者はいないようだ。

 戸板の隙間からは、ほんのりとも光は射していない。まだ、夜は明けていないのだ。


 ドン、ドン。


 また、戸を(たた)く音がした。


 ちくしょうめ。今、何時だと思ってやがるんだ。

 茂吉(もきち)は心の中で悪態をついた。


 どうせ、ねぐらで待機するのに飽いた野郎が遊びに出かけて、今、戻って来たのだろう。自業自得ってものだ。寒かろうが、夜が明けて誰かが起きだすまで、外で待ってろってなものだ。


 茂吉(もきち)は襟元をきつく直すと、無視を決め込むことにした。冬も終わりに近づいたが、日の出ていない早朝はまだまだ寒い。外の野郎が諦めるか、他に誰かが起きて開けてやるか、だ。俺が開けてやる必要はない。


 ドン、ドン、ドン、ドン。


 しつこい野郎だ……、いや、何かがおかしい。音のした方向が妙にばらけていやがる。最後の音に至っては、ほとんど天井に近い。


 フン、フン。

 鼻が鳴る。


 焦げくさい臭いが、はっきりと漂っている。


 囲炉裏を見ても火は見えない。火種は灰の中にしまってあるから、こんなに臭うはずがねぇ。


 茂吉(もきち)は飛び起きた。はずみで隣のやつを蹴っ飛ばしてしまったが、気にはしていられない。


 すぐに、東の板戸に向かうことにした。そこの板戸は(ゆが)んでいて、外が(うかが)えるのだ。

 (ゆが)んだ板戸に近づくと、すでに先客がいて外を(うかが)っていた。


「おい、どうなっている?」

「これは火事ではない。夜襲だ。火攻めに遭っている」

 先客はこちらを振り返ると、押し殺した声で答えた。


「ちょっと俺にも見せろや」

 先客を強引にどけ、板戸の隙間に顔を張り付ける。


 外はほんのり明るい。その明かりが時々、ゆらゆらと揺れている。夜明けの光でないことは明白だ。


 ドン、ドン、ドン。


 はっきりと判った。この音は誰かが(たた)いているんじゃない。火矢が建物に突き刺さる音だ。


「お前ら、寝てんじゃねぇ、夜襲だ。起きろー!」

 茂吉(もきち)は叫んだ。


 先客が、おい、バカ、と俺の肩を引いたが、起こさねぇでどうするんだ。


 起きた仲間たちは、焦げた臭いで、すぐにそれが危機であると直感する。皆、口々に何かを叫び、部屋の中は蜂の巣を(つつ)いたような騒ぎとなった。


 そうこうしているうちに、誰かが板戸を一枚開けた。外から弱い光が室内に漏れる。

 その光を頼りに、皆が一斉に武器に殺到した。そして手にした武器を携え、外に飛び出していく。


 出遅れてしまった茂吉(もきち)に残っていたのは、刀だけであった。


 ちくしょうめ。誰が起こしてやったと思ってやがるんだ。俺に得物(えもの)を残しておけ。刀より(やり)の方がよかった。(やり)の方が外で戦うには当然に強い。それと弓矢があれば申し分なかったのだが、残っちゃいねぇ。


 仕方なく刀を手に外に飛び出すと、すでに屋根は炎を上げて燃えている。


 茂助は物陰に隠れるように()いつくばり、建物に面した道の先を確認した。


 ちきしょうめ。どちらの先にも松明(たいまつ)()いた四、五人の侍によって封鎖されてやがる。


「北だ。北の封鎖を突破するぞ、続け―!」

 誰かが叫んだ。


 仲間たちが、声に誘われて駆け出す。()いつくばっていた茂吉(もきち)は、またしても遅れた。しかし、それが幸いすることになる。


 ギャー!!


 駆けだして行った仲間たちの悲鳴が(とどろ)いた。


 急いで目を向けると、仲間たちは封鎖する侍に行き着く(はる)か手前で、ある者は倒れ、ある者はねぐらの方へ引き返している。やったのは南北の侍ではない。


 ビュン……ビュン……


 矢が走る風切り音で判る。暗くて見えねぇが、東の方には弓持ちがいる。向こうは闇に隠れる一方、燃えるねぐらに照らされた俺たちは、丸見えなのだ。


 北も、南も、東も、無理だ。もう西の田を突っ切って逃げるしかねぇ。


 茂吉(もきち)は走り出した。他の仲間も同じように考えたのか、茂吉(もきち)に続く。燃える建物の火の粉を手で払いながら建物の脇をすり抜け、田に足を踏み入れる。


 つるん!


 えっ、と思った時には茂吉(もきち)は宙に浮き、次の瞬間、バシャン、と飛沫(しぶき)を上げて腰から田に落ちていた。


 冬だというのに、田には水が張られている。()れた泥で足が滑ったのだ。


 ちきしょうめ。ちきしょうめ。ちきしょうめ。


 そう悪態をつき、茂吉(もきち)は立ち上がった。泥で足は重い。周りには、俺と同じように転んだ仲間がいた。


 闇の中から、武器を捨てろ、と声がする。

「動くな。五つ数える前に武器を捨てろ。さすれば、とりあえず殺さないでやる」


 また、声がした。


 一つ……二つ……


 茂吉(もきち)は刀を構えて声の主を探す。


 三つ……四つ……


 ちきしょう! 何か逃げる手立てがあるはずだ。逃げる手立てが。


 五つ。


 そう声がした時、近くでギャーと悲鳴が鳴り響き、バシャリ、と倒れる音がした。仲間が射抜かれたのだ。


 茂吉(もきち)の手から、刀が転げ落ちる。

 茂吉(もきち)の心が折れたのだ。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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