表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/143

5章 初陣 3 ねぐら(2)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 囲炉裏で(たきぎ)がパチパチと()ぜ、(たきぎ)の山がごろりと崩れた。

 泰朝(やすとも)が長い火箸で崩れた山を整える。


 志麻(しま)たちは今、賊のねぐらから直線距離にして五町(550m)程の所にある民家にいる。十兵衛(じゅうべえ)が百姓の主人から借り受けたのだ。


 民家からねぐらは見えない。というのも、山から南に続く尾根が両者の間に入り込んでいるからだ。その尾根に、十兵衛(じゅうべえ)は見張りに出ている。


「帰ってくれ。五郎(ごろう)

 泰朝(やすとも)が、さぞ迷惑そうに、そしてぶっきらぼうに言った。


「わしがおれば、兵の士気が上がる」

 全く気にするようでもない氏真(うじざね)は、囲炉裏の火に手をかざしながら答えた。


「いや、兵が余計な気を使ってしまうだけだ」

「わしの家臣、陪臣が、わしに気を使うて何が悪い。むしろ日頃から接しておれば、本当の戦場で固くならずに済むじゃろ」


「そんな()理屈を言っても、本当のところは、ただこの騒動に首を突っ込みたいだけだろ?」

弥次郎(やじろう)、相変わらず無粋じゃのう。堅物めが」


 飄々(ひょうひょう)と言いのける氏真(うじざね)を諦めて、泰朝(やすとも)の矛先は氏真(うじざね)の隣に収まっていた松平(まつだいら)元康(もとやす)に向く。


 松平(まつだいら)元康(もとやす)仮名(けみょう)次郎(じろう)三郎(さぶろう)と言い、官途(かんと)蔵人佐(くらんどのすけ)松平(まつだいら)家の当主である。歳は今年で十九。今川(いまがわ)家の一般家来衆からは岡崎(おかざき)殿と呼ばれている。


 岡崎(おかざき)の地は今川(いまがわ)家勢力圏と織田(おだ)家勢力圏の境にあった。時の松平(まつだいら)家当主であった広忠(ひろただ)織田(おだ)信秀(のぶひで)に攻められ、命からがらにして降参した。そして、わずか六歳の息子、元康(もとやす)織田(おだ)家に人質として出される。その二年後、雪斎(せっさい)織田(おだ)信秀(のぶひで)の庶長子、信広(のぶひろ)を生け捕りにした。その時までに広忠(ひろただ)は病死していたが、松平(まつだいら)家は織田(おだ)から今川(いまがわ)の配下へと立場を変えていた。ここに、元康(もとやす)信広(のぶひろ)の人質交換が行われる。こうして、元康(もとやす)今川(いまがわ)家に保護された。元康(もとやす)、八歳の出来事である。


 八歳の子供ではとても領国を経営できない。そこで岡崎(おかざき)領の経営は、元康(もとやす)の大叔母にあたる於久(おひさ)と、松平(まつだいら)家重臣阿部(あべ)大蔵(おおくら)によってなされ、元康(もとやす)駿府(すんぷ)に出仕することとなった。

 これは松平(まつだいら)家中の一部から見れば、当主の人質先が織田(おだ)から今川(いまがわ)に代わっただけ、とも取れる。事実そう憤慨する者もいた。


 しかし、元康(もとやす)駿府(すんぷ)での扱いは、当然、人質などではなく、出仕した国衆の当主として扱われた。立派な屋敷が与えられ、元康(もとやす)の祖母、源応尼(げんおうに)駿府(すんぷ)に招き、また武将としての教育も、与えられる限りのものが与えられた。


 そして、今では今川(いまがわ)家御一門衆の関口(せきぐち)氏純(うじずみ)の娘、芙蓉(ふよう)殿を妻に迎え、元康(もとやす)は疑似的に今川(いまがわ)家御一門衆となっている。


次郎(じろう)三郎(さぶろう)は、どうしてここにいるんだ?」

「俺っちは駿府(すんぷ)の町を歩いていただけだってのに、五郎(ごろう)に無理やりここまで連れてこられたんじゃん。ここは何の集まりなんさ?」


 泰朝(やすとも)が大きなため息をついた。事情を(さっ)したというよりは、やはりそうか、といった様子だ。


「そうか、それは災難だったな。ここは、我が屋敷に先日討ち入った賊共のねぐらを監視するための拠点、といったところだ」

「じゃあ、俺っちは賊を退治すればいいって訳だ」


 泰朝(やすとも)は眉間にしわを寄せ、左右に首を振って応える。

「いや、五郎(ごろう)を連れて駿府(すんぷ)に帰ってくれた方が、(うれ)しい」

「そんなん無理じゃん。五郎(ごろう)は言うこと聞かんし、それを考えたら賊を討った方が楽だって、弥次郎(やじろう)も解ってるら」


「やはり、そうか」

「どう考えたって、そうじゃん」


「はっはっはっ、次郎(じろう)三郎(さぶろう)は物分かりが良いのう。弥次郎(やじろう)も見習うがよい」

 泰朝(やすとも)はむっとしながらも、それを隠すように氏真(うじざね)のもう一方の隣に座る武将、岡部(おかべ)正綱(まさつな)に話しかける。


 岡部(おかべ)正綱(まさつな)は、通称を次郎(じろう)右衛門(えもんの)(じょう)と言い、叔父の岡部(おかべ)和泉守(いずみのかみ)の後見を受け、岡部(おかべ)家の次期当主になるべく修行中だ。ねぐらの近辺には岡部(おかべ)家の知行地もあり、当主の名代として呼ばれたのだ。


次郎(じろう)右衛門(えもんの)(じょう)、わざわざ済まないな。予定と違って人数が増えてしまった」

「俺はいいが、五郎(ごろう)が出張るのなら、叔父貴を呼んだ方がいいのではないか?」

「よいよい、和泉守(いずみのかみ)が来たら何かとうるさい。わしも屋形(おやかた)らしくせんとだしの。お主で十分じゃの」


御屋形(おやかた)様というものは、いつも御屋形(おやかた)様らしくするもんだぞ、五郎(ごろう)

弥次郎(やじろう)は、じい以上にじいだのう」

 泰朝(やすとも)の抗議は、いつもの(ごと)く軽く流されてしまった。


 今まで黙って聞いたいた志麻(しま)が、泰朝(やすとも)の耳元に顔を寄せてそっと(ささや)く。

「ねぇ、(にい)さま、わたしがここに来ることがじゃじゃ馬ならば、御屋形(おやかた)様は何なのかしら?」


 泰朝(やすとも)は、手をひらひらと振って志麻(しま)を追い払うと、

「皆まで言わすな」

 と、ぼそりとつぶやいた。


「そこの兄妹、何をこそこそと話しておるのじゃ?」

 見逃してくれる訳もなく、氏真(うじざね)が口を挟む。


「なに、志麻(しま)がセイを皆に紹介したいと申してな。連れてきても良いか?」

 泰朝(やすとも)がとっさにウソをついた。表情は変わらない。慣れたものである。


「そう言うことにしておこうか。セイも来ておったのじゃな。連れてまいれ。次郎(じろう)三郎(さぶろう)次郎(じろう)右衛門(えもんの)(じょう)は初めてじゃな」


 二人が同時に(うなづ)いた。


「うむ、では、紹介が終わり次第(しだい)、尾根にねぐらを見に行こうかの」

 仕切りを始めた氏真(うじざね)を、泰朝(やすとも)が止めることはもうなかった。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ