5章 初陣 2 魔法の戦い方(3)
「セイ、もう一度、今の技をやってちょうだい」
わたしの頼みにセイは頷くと、また小声で何かを念じ始める。
桶の水がゆらゆらと揺れ始めた。セイが魔法の発動に入ったのだ。
意を決してしまえば不思議なもので、もう足腰は元に戻り、志麻は立ち上がった。
水は宙に浮かび氷へと変わる。先ほどと同じく四つだ。
志麻は、敢えてわざと足音を立ててセイの目の前に出ると、セイの脳天めがけて勢いよく手刀を振り下ろした。
バシャーーン!!
氷の牙は水に戻り、支えを失った水は当然のように床に叩きつけられた。
「いたー! 何するのさ。ひめー」
両手で頭を抱えたセイが、うらめしそうに言う。
「ごめんなさいね。けれど、これで御屋形様はお判りになったと思うわ」
二人の視線が御屋形様に注がれる。
「うむ。術の最中、セイは無防備となるのであるな。近づく者があっても自らを守れぬ、と。確かに、これで一騎当千とは、とても言えぬな」
「はい、その通りにございます。一度や二度であれば、敵を驚かすことは出来ましょう。しかし、じきに対処法が見破られますわ。さすれば、セイの命はございません」
「冬青姫の言う通りじゃ。じゃが、セイよ、それを口で言うてくれても良かったのではないか?」
「えっと、その……」
言い淀むセイに代わり、志麻が答える。
「セイは魔法のことを、あまり他人に知られたくないのですわ。セイから見れば、御屋形様は信頼に値するか判らない。なので躊躇したのでございます」
御屋形様が深く頷く。
「もっともよの。このような異形の力、そうそう他人に見せるもではないし、その弱点とあらば尚更よの。じゃがな、やはりそれを冬青姫、お主の口から言うてくれても良かったのではないかの?」
「あっ……」
二の句が継げないわたしを、セイが肘で突いた。それを見て、御屋形様が声をあげて笑い出す。
しまった。その通りである。わたしが口で言ってセイに確認すればよいだけであったのだ。けれども、わたしは魔法の発動の最中に衝撃を与えれば魔法は解けるのだろう、という思い付きを得てしまった。そして、それを確かめたいという思いに囚われていたのだ。
「よいよい、わしも口で言われるよりも、直に見た方がすんなりと理解ができたわ。それでセイよ。魔法のことを知っておるのは、誰がおるのじゃ?」
「えーと。ここの三人と、若さま、遠中殿、常盤殿、お景殿、十兵衛殿、それとお杏殿かな。全員に口止めはしてあるから、これで全部のはずだよ」
「後ろの者どもは朝比奈の家人か?」
「そうでございます」
「左様か。わしからも決して秘密を漏らさぬようきつく命じるゆえ、それを伝えてくれぬか?」
「畏まりました」
「うむ。よろしい。それにしても、セイの力は素晴らしいものだと思う。ゆえに、もう一度問うのじゃが、セイよ、わしに仕えぬか?」
御屋形様からまっすぐ見据えられたセイは、しばらくして重い口を開けた。
「ごめんなさい……」
御屋形様はそれを聞いても、表情を変えなかった。予想していたのだわ。
「左様か。こればかりは本人の気持ち次第。無理強いしても詮無きことよの。じゃが、セイの秘密は必ず守るゆえ、安心せい」
「ありがとう」
「日本国中大小神祇、八幡大菩薩、富士浅間大菩薩、白山妙理大権現、天満大自在天神に誓おうぞ。じいもよろしいかの?」
「はっ、拙者も神仏に誓いまする」
それまで影のように気配を消して控えていた正俊殿が応じた。
「これだけ神仏に加護された約束であれば安心ね」
「そうじゃの。ところでセイよ。お主は早く動けるのに剣技が全くなっておらぬの。今は戦国の世、わしに仕えずとも、武芸を磨くは得はあっても損にはならぬ。わしが口を利くゆえ、町の道場に通うがよかろう」
「それはいいお考えですわ。セイ、お言葉に甘えましょう」
やはり一瞬、逡巡した後、セイは答える
「うん。分かったよ。通ってみる」
「よろしい。では今日はこれで仕舞いじゃ。両人ともご苦労であった」
その後、正俊殿に伴われて駿府構を後にした。すでに太陽は西に傾いている。けれど、駿府の町の人波は、普段と何も変わらなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




