5章 初陣 2 魔法の戦い方(1)
2 魔法の戦い方
どうしてこうなったのだろう?
志麻は心の中で、ポツリとつぶやいた。
たすき掛けをし準備を整えた御屋形様が、木刀を片手に仁王立ちしている。
もちろん、御屋形様がセイに手合わせを要求したからなのは、志麻にも分かっている。けれど、朝比奈の屋敷を出た時には全く想像していなかった現実が、目の前にある。
駿府構の中の道場。明かり窓から射す光は完全に冷気に負け、ひんやりとして静かだ。
道場には四人。志麻、セイ、御屋形様と三浦正俊殿がいた。お志寿ちゃんは、どうせ御屋形様が勝つのだからあたくしはいいわ、だそうだ。
三浦内匠助正俊殿は、かつては御屋形様に守衆頭人として仕え、今は側近の重しとして仕える老臣だ。年は還暦に近く、白髪に白い髭を蓄え、細身でありながら顔に深く刻まれた皺が、威厳と存在感を強く放っている。
正俊殿は何も発せず、ただ御屋形様の奥に控えていた。
「セイよ。得物を選べ。刀でもよいし、槍でもよいし、弓であってもよいぞ」
道場の壁際には、木刀、槍先を綿の詰め物に替えた槍、同じく矢じりを綿の詰め物に替えた矢、そして弓が用意されていた。
セイは何も言わず壁際に近づくと、木刀を手に取った。
「わしと同じ木刀か。面白い。さぁ、かかってきよ」
セイが走り出す。始まってしまった。
セイが上段から大きく斬りかかり、御屋形様がバチンと振り払う。
セイが斬りかかり、御屋形様が振り払う。それを十合ほど繰り返した時、御屋形様が横一閃、セイの木刀が弾け飛んだ。
志麻の心臓は、バクバクと音を上げている。
「これは本気ではないの。何か技があるはずじゃ。遠慮せず使ってきよ」
セイが頷く。
ダンッ、とセイが一歩踏み込み、右から袈裟懸けにブンと風切り音を鳴らして斬り込む。御屋形様はそれを木刀で受け、キン、と金属のような高い音が鳴り響いた。
セイは何度となく風切り音を鳴らして斬り込む。その都度、御屋形様は受け止めたり、弾いて剣筋を逸らし受け流したりと、崩れる様子がない。
タッ、とセイが後ろに飛びのいて間合いを取った。今度は猛烈な速度で突進する。
御屋形様はひらりと身を翻すと、すれ違いざまに足を掛けた。
大きく体勢を崩したセイは、勢いそのままに正面の壁に衝突し、倒れ込んだ。すぐには立ち上がらない。
志麻は居ても立ってもいられず、セイの許に駆け寄った。
覗き込むと、倒れ込んだセイの胸が大きく上下に動き、白い息が間欠泉のように吹き上がる。無事なようだ。一方、御屋形様は今まで斬り合っていたのは幻だったかの如く、ケロリとしている。
「セイよ。わしはな。本気を出せ、と言うておるのだ。この程度な訳がなかろう?」
御屋形様の声に怒気がある訳ではないのだけれど、志麻には道場の気温がさらに下がったように感じられた。
「お主が本気を出さぬのであれば、冬青姫が大変な目に遭うがよいかの?」
セイがむくりと体を起こした。
――ちょっと、わたし、何されちゃうの?
「フフフ、これ以上、お主が手を抜くとあらば、冬青姫の兄、弥次郎を道場に呼び、しごきにしごいて、しごき倒す。さすれば、弥次郎は大きに落ち込み、冬青姫は兄を慰めるために奔走することになろう。どうじゃ?」
――それでは、わたしより兄さまがえらい目に遭いそうね。けれど、しごかれたくらいでわたしが慰めないといけなくなるような兄さまではないわ。もっと恰好いいのだから。
「分かった。次は本気を出すよ」
立ち上がったセイが、絞り出すようにそう言った。
「それでよい。それでよいのじゃ。しかし、やはりわしが睨んだ通り、セイは冬青姫大事だの」
――さすがにセイは、兄さまのためにやるのだと思うわ。御屋形様。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




