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5章 初陣 1 駿府の町(6)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 南を見下ろす前面に、駿府(すんぷ)の町並みが横たわる。その先は海。駿河(するが)湾だ。


 町と海の間には田畑が広がり、海に近いところには(あし)が茂っている。右手には二本の太い河が流れ、左手に続く平野には、取り残された小高い山が屏風(びょうぶ)のように鎮座する。その麓にあるのが、朝比奈(あさひな)の屋敷と沓谷(くつのや)屋敷だ。沓谷(くつのや)屋敷には寿桂尼(じゅけいに)さまが住んでいる。

 平野にはいく筋もの川が流れ、それは駿府(すんぷ)の町並みも貫いている。川には橋が架けられ、それに続く道は旅人の往来が途切れない。


 町は駿府構(すんぷがまえ)を中心にして形作られている。


 駿府構(すんぷがまえ)は正方形の広い水堀に囲まれ、内部は空堀によっていくつかの区画に分けられている。水堀の西側の外には空堀で区切られた曲輪がくっついており、その曲輪の南北に門がある。セイと見た四足門(よつあしもん)はその南側の門だ。門は水堀の東西の線より内側にあるため、門前が広場のようになっており、祗候(しこう)する者が、呼び出しを待っている。


 駿府構(すんぷがまえ)の西、賤機山(しずはたやま)の尾根の先に、浅間(せんげん)神社の赤い楼門が見える。この浅間(せんげん)神社と駿府構(すんぷがまえ)の間から駿府構(すんぷがまえ)の北にかけては、一門衆、重臣層の邸宅が整然と建ち並ぶ。この区画は高い塀に囲まれ、それぞれに広い庭があり、ゆったりとして余裕を感じられる町並みだ。


 一方、駿府構(すんぷがまえ)の北から東にかけて、駿府構(すんぷがまえ)と南北に延びる東海道の間の地区には、旗本層の住まいが並ぶ。一門衆、重臣層と比べれば小振りではあるけれど、一軒一軒が塀に囲まれ独立し、庭も小さいながらある。


 駿府構(すんぷがまえ)の北を東西に貫く大路のさらに北には、公家の邸宅と御屋敷と呼ばれる建物がある。公家は、正親町(おおぎまち)三条(さんじょう)公兄(きんえ)様、三条西(さんじょうにし)実澄(さねずみ)様、中御門(なかみかど)宣綱(のぶつな)様などだ。皆、裕福な今川(いまがわ)家を頼って下向して来た。


 御屋敷には寿桂尼(じゅけいに)さまの次女で、中御門(なかみかど)宣綱(のぶつな)様の妻である御屋敷さまが住んでいる。お志寿(しず)ちゃんから見れば、叔母に当たる。御屋敷さまは、今川(いまがわ)家の家政(かせい)を執るにはまだ早いお志寿(しず)ちゃんの代わりとして、家政(かせい)の実務を、ここ御屋敷で執り仕切っている。


 駿府構(すんぷがまえ)から南に目を向けると、東海道と旧東海道が合流し、西に折れ曲がる地点が見える。その折れ曲がった東海道と駿府構(すんぷがまえ)の間は、他国の国衆の中でも、特に重要な国衆の家族が住んでいる地区だ。もちろん、人質であることには違いないのだけれど、無下に扱えば国衆の反発は避けられない。なので、それなりに立派な屋敷が彼らには与えられていた。


 ここまでが武家の町だ。百姓の町はその外側に広がっている。


 駿府構(すんぷがまえ)の東、南北に延びる東海道の両脇には宿屋街が形成されている。志麻(しま)とセイが通った道だ。この宿屋街は、比較的高級な宿が多い。安い宿は(さら)に東を走る旧東海道にあり、懐に余裕のない者たちは、そこまで足を延ばさねばならない。


 駿府構(すんぷがまえ)の南、東西に折れ曲がった東海道の両脇から南が、いわゆる「お町」だ。極上の一品から庶民の口に入るものまで、ありとあらゆる食を提供する料理屋、色鮮やかな反物を豊富に取り(そろ)える呉服屋、農具から芸の細かい細工の飾りまで何でも作る鍛冶屋、あらゆる日用品が手に入る雑貨屋、特産の(あかね)をはじめ米や木綿、アワビなどの海産物に至るまで幅広く扱う問屋、各種証文から金や銀に至るまで扱う両替商、その他もろもろの店が建ち並び、そこに品物を卸す職人たちの工房が、一本、通りを入ったところに構えられている。


 こここそが駿府(すんぷ)の、いや、今川(いまがわ)領国の経済の中心地なのだ。


 武家の町も百姓の町も計画的に碁盤の目の様に整備されている。京の都を意識し、その作りを参考にしたと聞く。今川(いまがわ)家の統治力の高さを町を見た全ての者が実感できようものなのだ。


「まるで鳥になった気分ね」


 志麻(しま)とセイは今、(とりで)のもっとも高い建物、その最上階の部屋の張り出しに出て、欄干を(つか)んで立っていた。御屋形(おやかた)様とお志寿(しず)ちゃんは、張り出しが四人では狭いからと言って、部屋のなかで(くつろ)いでいる。


「う、うん。そうだね」

「何よ、反応が薄いわね」


 思っていた反応と違う。もっと感動してくれるかと思った。これほど大きな町並みを、この高さ、この近さで眺められるところは滅多にない。


「そんなことないよ。きれいな町並みだよね。ほら、あそこなんて道が格子(こうし)のように敷かれている。こんなに整然とした町並みは見たことがないよ」


 よくよく考えればセイは軍にいた。見張りで高いところから町を一望すること自体は、慣れているのかもしれないわね。


格子状(こうしじょう)になっているのは、京の都を見習ったからよ。京の都はもっと大きな規模で格子状(こうしじょう)に整備されてるわね。そうだわ。せっかくだから駿府(すんぷ)の町を上から見渡して紹介するわ」

「うん、お願い」


 志麻(しま)がセイに駿府(すんぷ)の町並みを紹介し始めると、セイの反応は最初と打って変わって、あれは何、これは何、と興味深々だった。やはり、単に高いところから町を眺めることに慣れていただけ、なのかもしれないわね。


 紹介が終わった頃、御屋形(おやかた)様が張り出しにやって来た。


「どうじゃ、ここからの眺めは格別であろう?」

「はい、わたし、すごく感動しました。今までで見たどの景色よりも、素晴らしいものでしたわ」


「わしと(とも)に来れば、また見れようぞ。また、お志寿(しず)(とも)に来よう。その時は食べ物なども持ち込んでも良いな」

「ありがとうございます」


「うむ、さて、セイはどうだったであろうか?」

「僕もきれいな町並みが見れて、姫の話を聞けて楽しかったです」


「ほう、では、これは一つ、わしからの貸しであるな」

「そうですね」

 セイが少し怪訝(けげん)そうに返す。


「よし、借りはすぐに返した方が良いの。手合わせをせい」


「えっ!?」

 志麻(しま)驚愕(きょうがく)の声が、遠くこだました。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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