5章 初陣 1 駿府の町(6)
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南を見下ろす前面に、駿府の町並みが横たわる。その先は海。駿河湾だ。
町と海の間には田畑が広がり、海に近いところには葦が茂っている。右手には二本の太い河が流れ、左手に続く平野には、取り残された小高い山が屏風のように鎮座する。その麓にあるのが、朝比奈の屋敷と沓谷屋敷だ。沓谷屋敷には寿桂尼さまが住んでいる。
平野にはいく筋もの川が流れ、それは駿府の町並みも貫いている。川には橋が架けられ、それに続く道は旅人の往来が途切れない。
町は駿府構を中心にして形作られている。
駿府構は正方形の広い水堀に囲まれ、内部は空堀によっていくつかの区画に分けられている。水堀の西側の外には空堀で区切られた曲輪がくっついており、その曲輪の南北に門がある。セイと見た四足門はその南側の門だ。門は水堀の東西の線より内側にあるため、門前が広場のようになっており、祗候する者が、呼び出しを待っている。
駿府構の西、賤機山の尾根の先に、浅間神社の赤い楼門が見える。この浅間神社と駿府構の間から駿府構の北にかけては、一門衆、重臣層の邸宅が整然と建ち並ぶ。この区画は高い塀に囲まれ、それぞれに広い庭があり、ゆったりとして余裕を感じられる町並みだ。
一方、駿府構の北から東にかけて、駿府構と南北に延びる東海道の間の地区には、旗本層の住まいが並ぶ。一門衆、重臣層と比べれば小振りではあるけれど、一軒一軒が塀に囲まれ独立し、庭も小さいながらある。
駿府構の北を東西に貫く大路のさらに北には、公家の邸宅と御屋敷と呼ばれる建物がある。公家は、正親町三条公兄様、三条西実澄様、中御門宣綱様などだ。皆、裕福な今川家を頼って下向して来た。
御屋敷には寿桂尼さまの次女で、中御門宣綱様の妻である御屋敷さまが住んでいる。お志寿ちゃんから見れば、叔母に当たる。御屋敷さまは、今川家の家政を執るにはまだ早いお志寿ちゃんの代わりとして、家政の実務を、ここ御屋敷で執り仕切っている。
駿府構から南に目を向けると、東海道と旧東海道が合流し、西に折れ曲がる地点が見える。その折れ曲がった東海道と駿府構の間は、他国の国衆の中でも、特に重要な国衆の家族が住んでいる地区だ。もちろん、人質であることには違いないのだけれど、無下に扱えば国衆の反発は避けられない。なので、それなりに立派な屋敷が彼らには与えられていた。
ここまでが武家の町だ。百姓の町はその外側に広がっている。
駿府構の東、南北に延びる東海道の両脇には宿屋街が形成されている。志麻とセイが通った道だ。この宿屋街は、比較的高級な宿が多い。安い宿は更に東を走る旧東海道にあり、懐に余裕のない者たちは、そこまで足を延ばさねばならない。
駿府構の南、東西に折れ曲がった東海道の両脇から南が、いわゆる「お町」だ。極上の一品から庶民の口に入るものまで、ありとあらゆる食を提供する料理屋、色鮮やかな反物を豊富に取り揃える呉服屋、農具から芸の細かい細工の飾りまで何でも作る鍛冶屋、あらゆる日用品が手に入る雑貨屋、特産の茜をはじめ米や木綿、アワビなどの海産物に至るまで幅広く扱う問屋、各種証文から金や銀に至るまで扱う両替商、その他もろもろの店が建ち並び、そこに品物を卸す職人たちの工房が、一本、通りを入ったところに構えられている。
こここそが駿府の、いや、今川領国の経済の中心地なのだ。
武家の町も百姓の町も計画的に碁盤の目の様に整備されている。京の都を意識し、その作りを参考にしたと聞く。今川家の統治力の高さを町を見た全ての者が実感できようものなのだ。
「まるで鳥になった気分ね」
志麻とセイは今、砦のもっとも高い建物、その最上階の部屋の張り出しに出て、欄干を掴んで立っていた。御屋形様とお志寿ちゃんは、張り出しが四人では狭いからと言って、部屋のなかで寛いでいる。
「う、うん。そうだね」
「何よ、反応が薄いわね」
思っていた反応と違う。もっと感動してくれるかと思った。これほど大きな町並みを、この高さ、この近さで眺められるところは滅多にない。
「そんなことないよ。きれいな町並みだよね。ほら、あそこなんて道が格子のように敷かれている。こんなに整然とした町並みは見たことがないよ」
よくよく考えればセイは軍にいた。見張りで高いところから町を一望すること自体は、慣れているのかもしれないわね。
「格子状になっているのは、京の都を見習ったからよ。京の都はもっと大きな規模で格子状に整備されてるわね。そうだわ。せっかくだから駿府の町を上から見渡して紹介するわ」
「うん、お願い」
志麻がセイに駿府の町並みを紹介し始めると、セイの反応は最初と打って変わって、あれは何、これは何、と興味深々だった。やはり、単に高いところから町を眺めることに慣れていただけ、なのかもしれないわね。
紹介が終わった頃、御屋形様が張り出しにやって来た。
「どうじゃ、ここからの眺めは格別であろう?」
「はい、わたし、すごく感動しました。今までで見たどの景色よりも、素晴らしいものでしたわ」
「わしと共に来れば、また見れようぞ。また、お志寿と共に来よう。その時は食べ物なども持ち込んでも良いな」
「ありがとうございます」
「うむ、さて、セイはどうだったであろうか?」
「僕もきれいな町並みが見れて、姫の話を聞けて楽しかったです」
「ほう、では、これは一つ、わしからの貸しであるな」
「そうですね」
セイが少し怪訝そうに返す。
「よし、借りはすぐに返した方が良いの。手合わせをせい」
「えっ!?」
志麻の驚愕の声が、遠くこだました。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




