5章 初陣 1 駿府の町(5)
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はぁ、はぁ、はぁ……。
「意外に、セイは体力がないのね」
先行く姫が、そう言って僕に振り向いた。
「姫、僕はついこの前まで寝たきりだったんだよ。今は魔法で筋力を補助しているから動けるだけで、まだまだ体力は戻ってないんだから」
「あら、そうなのね。見た目が劇的に変わったから、全てが普通の人と同じになったと思っていたわ」
僕たちは今、駿府の町のすぐ近くの山を登っていた。
山というよりも、尾根が駿府の町の間近まで突き出している、と言った方が正確かもしれない。その尾根の背の部分には、賎機山砦と呼ばれる砦が築かれている。
「あの砦まで行くの?」
「いいえ、砦には入れないから、その手前までよ。いい、後ろを振り向いてはダメよ。さぁ、あと少しだから頑張りましょう」
姫に励まされ、力を振り絞って登る。
あともう少しで砦に着くというところで、砦の門が開いた。二人の若い男女が出てくる。
男の人はすらりとして背が高く、醸し出す雰囲気は品があって柔和だ。女の人は、背が男の人の肩くらいと小柄で、黒い艶やかな髪が印象的な少女だ。男の人には見覚えがある。
「御屋形様! それにお志寿ちゃん」
姫の声が少し上ずっている。
「あら、志麻ちゃん。こんなところで奇遇ね。そちらのお連れの方は……」
「セイであろう」
御屋形様がすかさず答えた。
「えっ!? 判ってしまわれるのですか」
姫が、驚嘆の声を漏らした。
「なに、見た目が変わろうが、眼は変えられぬ。見れば判る」
「すごい! さすが御屋形様だわ」
そこで、お志寿ちゃんと呼ばれた少女が口を挟んだ。
「違うわよ、志麻ちゃん。すでに御屋形様は、弥次郎殿からセイの話を聞いていたまで。賊の撃退に功があったことも。その特異な色の髪のことも」
御屋形様が、くつくつと笑いだした。
「朝比奈備中守家の兄妹は、すぐに人を信用して面白いの」
それを聞いて少女が、御屋形様の袖をつんつんと引っ張って窘める。
「御屋形様、その様なことをなさるものではありませぬ」
「おう、そうであるな。ところで、冬青姫たちはこの様なところに何をしに来たのだ?」
僕には、御屋形様が無理に話題を変えたように思えた。
「セイに駿府の町並みを見せたいと思いまして。砦に入れずとも門前からならば、きれいに見えるかと」
「そうであったか」
「御屋形様、志麻ちゃんたちをあそこにお連れするのはどうかしら?」
「あそこであるか……いや、ちょっと……」
「いいえ、あそこがいいわ。行きましょう」
「あの、お志寿ちゃん。あそこと言うのは何処なの?」
「御屋形様とあたくしが、時々二人で、駿府の町と駿河湾を眺めるために訪れる場所よ」
「御屋形様と、二人で……」
姫が、ポツリと繰り返した。
「お志寿よ、それを言うてくれるな。恥ずかしいではないか」
「あら、志麻ちゃんをからかったお仕置きとしては、丁度よくなくて」
御屋形様が言い返せないでいると、少女が続けて言う。
「それでは、御屋形様の御許可も取れたことですし、参りましょうか」
少女がくるりと向きを変え、砦の中に歩き出すと、しぶしぶ御屋形様も続いた。
「ねぇ、姫。あの御屋形様をやり込めちゃう女の子は誰なの?」
僕は小声で姫に聞いた。
「御前さま。御屋形様の奥方よ」
「あぁ、あの、隣の北条家からお嫁に来たっていうお姫様だね」
「そうよ。これぞお姫様って思ったでしょ」
「うん。姫は親しそうだったけど、友達なの?」
「そうよ。年がほとんど同じで、母方のはとこなのよ。なのでお志寿ちゃんが駿府に来た時、わたしが遊び相手として呼ばれたの。初めはお役目の部分もあったはずなのだけれど、すぐに本当の友達になったわ」
その時、前を行く御前さまから声がした。
「志麻ちゃん、早く。セイも。決して後ろを振り向いてはなりませんことよ」
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お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




