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5章 初陣 1 駿府の町(5)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 はぁ、はぁ、はぁ……。


「意外に、セイは体力がないのね」

 先行く姫が、そう言って僕に振り向いた。


「姫、僕はついこの前まで寝たきりだったんだよ。今は魔法で筋力を補助しているから動けるだけで、まだまだ体力は戻ってないんだから」

「あら、そうなのね。見た目が劇的に変わったから、全てが普通の人と同じになったと思っていたわ」


 僕たちは今、駿府(すんぷ)の町のすぐ近くの山を登っていた。


 山というよりも、尾根が駿府(すんぷ)の町の間近まで突き出している、と言った方が正確かもしれない。その尾根の背の部分には、賎機山(しずはたやま)(とりで)と呼ばれる(とりで)が築かれている。


「あの(とりで)まで行くの?」

「いいえ、(とりで)には入れないから、その手前までよ。いい、後ろを振り向いてはダメよ。さぁ、あと少しだから頑張(がんば)りましょう」


 姫に励まされ、力を振り絞って登る。


 あともう少しで(とりで)に着くというところで、(とりで)の門が開いた。二人の若い男女が出てくる。


 男の人はすらりとして背が高く、(かも)し出す雰囲気は品があって柔和だ。女の人は、背が男の人の肩くらいと小柄で、黒い(あで)やかな髪が印象的な少女だ。男の人には見覚えがある。


御屋形(おやかた)様! それにお志寿(しず)ちゃん」

 姫の声が少し上ずっている。


「あら、志麻(しま)ちゃん。こんなところで奇遇ね。そちらのお連れの方は……」

「セイであろう」

 御屋形(おやかた)様がすかさず答えた。


「えっ!? 判ってしまわれるのですか」

 姫が、驚嘆の声を漏らした。

「なに、見た目が変わろうが、眼は変えられぬ。見れば判る」


「すごい! さすが御屋形(おやかた)様だわ」


 そこで、お志寿(しず)ちゃんと呼ばれた少女が口を挟んだ。

「違うわよ、志麻(しま)ちゃん。すでに御屋形(おやかた)様は、弥次郎(やじろう)殿からセイの話を聞いていたまで。賊の撃退に功があったことも。その特異な色の髪のことも」


 御屋形(おやかた)様が、くつくつと笑いだした。

朝比奈(あさひな)備中守(びっちゅうのかみ)家の兄妹は、すぐに人を信用して面白いの」


 それを聞いて少女が、御屋形(おやかた)様の袖をつんつんと引っ張って(たしな)める。

御屋形(おやかた)様、その様なことをなさるものではありませぬ」


「おう、そうであるな。ところで、冬青(そよご)姫たちはこの様なところに何をしに来たのだ?」

 僕には、御屋形(おやかた)様が無理に話題を変えたように思えた。


「セイに駿府(すんぷ)の町並みを見せたいと思いまして。(とりで)に入れずとも門前からならば、きれいに見えるかと」

「そうであったか」


御屋形(おやかた)様、志麻(しま)ちゃんたちをあそこにお連れするのはどうかしら?」

「あそこであるか……いや、ちょっと……」


「いいえ、あそこがいいわ。行きましょう」

「あの、お志寿(しず)ちゃん。あそこと言うのは何処(どこ)なの?」


御屋形(おやかた)様とあたくしが、時々二人で、駿府(すんぷ)の町と駿河(するが)湾を眺めるために訪れる場所よ」

御屋形(おやかた)様と、二人で……」

 姫が、ポツリと繰り返した。


「お志寿(しず)よ、それを言うてくれるな。恥ずかしいではないか」

「あら、志麻(しま)ちゃんをからかったお仕置きとしては、丁度よくなくて」


 御屋形(おやかた)様が言い返せないでいると、少女が続けて言う。

「それでは、御屋形(おやかた)様の御許可も取れたことですし、参りましょうか」


 少女がくるりと向きを変え、(とりで)の中に歩き出すと、しぶしぶ御屋形(おやかた)様も続いた。


「ねぇ、姫。あの御屋形(おやかた)様をやり込めちゃう女の子は誰なの?」

 僕は小声で姫に聞いた。


御前(ごぜん)さま。御屋形(おやかた)様の奥方よ」


「あぁ、あの、隣の北条(ほうじょう)家からお嫁に来たっていうお姫様だね」

「そうよ。これぞお姫様って思ったでしょ」


「うん。姫は親しそうだったけど、友達なの?」

「そうよ。年がほとんど同じで、母方のはとこなのよ。なのでお志寿(しず)ちゃんが駿府(すんぷ)に来た時、わたしが遊び相手として呼ばれたの。初めはお役目の部分もあったはずなのだけれど、すぐに本当の友達になったわ」


 その時、前を行く御前(ごぜん)さまから声がした。


志麻(しま)ちゃん、早く。セイも。決して後ろを振り向いてはなりませんことよ」


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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