5章 初陣 1 駿府の町(3)
十字路を越えると、いっそう町の活気が勢いづく。
何人もの呼び込みに声を掛けられたけれど、その度、僕は必死に断って姫の後を付いて行く。
十五人くらいの呼び込みを断ったあと、三、四間(約6m)くらいある川を渡った。すると、また人の数が増えた。この先も十字路になっているのだ。
「ねぇ、姫。今日は何か特別な日なの?」
僕は先を急ごうとする姫に聞いた。
「今日は何もないわね。ここはね、左手からか昔の東海道が加わってきて、右手には今日はやっていないけれど市が立つのよ。そして、この前の方が駿府の町で一番栄えているところだから、普段からこれぐらいの人出があるのよ」
「そうなんだ。僕たちはどっちに行くの?」
「まっすぐよ」
「うん、分かった。ねぇ、姫。あれも神社かな?」
街道の十字路に隣り合って、川も十字に交わっている。その斜めの対岸に、木々に囲まれた建物が見えるのだ。僕はそれを指して尋ねた。
「ええ、あちらは小梳神社だわ」
「神社って、たくさんあるね」
ここに来るまでに、神社らしきものを三つ見つけている。これで四つ目だ。
「どうなのかしら? 生まれた時からずっとあるのが当たり前だったから、多いとか少ないとか考えたこともなかったわ」
「もしかして、僕が最初に救けてもらったところも神社だった?」
「いいえ、あちらはお寺よ」
「お寺?」
「お寺は仏教の建物で、仏教はお釈迦様の教えを学び実践する場よ。神社は神道の建物で、神様がいらっしゃるから祀っているところよ」
「宗教が違うんだ。じゃぁ、姫はどっちの人なの?」
「どっちって、分けるものではないわ」
「そうなの?」
「ええ、セイはお父さんの子なのか、お母さんの子なのか、聞かれても答えられないでしょ」
「うん」
「そういうことよ」
「分かったような、分からないような……」
「そうね、後で神社にお参りしてみましょうか」
「僕が行ってもいいの? 信者でもないのに」
「氏子でなければお参りしてはいけない、なんて規則はないわ。なので問題ないわ。セイに行けない理由や、行きたくない理由があれば、行かないのだけれど」
「大丈夫。僕、行ってみたい」
「よかったわ、後で行きましょう。それよりもまずは第一の目的よ。さぁ、早く行きましょう」
僕たちは十字路をまっすぐ進んだ。道は一度右に折れている。相変わらずの人込みだ。
しばらく歩いたところで姫が立ち止まった。
「ここよ」
姫が、キリリとした声で言う。
目の前には大きな店。深い緑に白抜きの六角形があしらわれた布が前面に張られ、行列もできている。
「何の店なの?」
「入ってからのお楽しみだから、まずは並ぶわよ」
僕たちは、十人くらい並んでいる列に加わった。姫はウキウキした表情で、何度もチラチラと店の入り口を確認している。
第一の目的とやらは、僕のためというより、単純に姫が行きたかったところだったのかな。
もちろん僕はそれで構わない。姫が行きたい場所に行ってみたいし、姫のウキウキとした表情を見ていると、僕の楽しみも増してくる。
そうしているうちに順番が来て、僕たちは店の中に通された。
店内には、背もたれのない赤い布をかけた長椅子が、いくつか置かれている。
僕たちはその内の一つに座ると、姫が店員に、二つちょうだい、と注文した。
店員が奥に消えると、いくらもしないうちにお膳を二つ持って戻って来て、それを僕と姫の間に置いた。
お膳には湯呑に入った緑色の飲み物と、皿が一枚。皿には、白く丸い滑らかなゆで卵のようなものの上に、材木のような色をした粉がかけられたものが、五つ入っていた。
「ねぇ、姫。これは何? 見たこともないのだけど」
「安倍川餅とお茶よ」
「どちらも聞いたことがないや」
「安倍川餅は去年の暮れに新発売されたものだから、馴染みがなくて当然よね。わたしも評判を聞きつけて、今日、初めて来たくらいだし。お茶は、そうね、飲んだことがないのなら、口で説明するより飲んで見た方が早いわね。では、まずお茶から頂きましょう」
そう言って姫はお茶を一口飲んだ。
僕も姫の後に続いてお茶を一口、口に含んだ。
高原を思わせる若葉の清々しく爽やかな香りが鼻を抜け、次に舌に深い渋みと存在感のある苦味が広がり、その奥にまろやかで儚い甘みを感じる。
「どう?」
姫が僕の顔を軽く見上げて心配そうに聞く。
「苦い……」
僕は正直に答えた。
「そうね、最初はみんな、そう言うわよね。ところが、これが病みつきになるのよ」
「こんなに苦いのに?」
「んふふ、絶対にそうなるから、断言できるわ。それより、さぁ、今日の本題、安倍川餅を頂きましょう。安倍川餅はお餅に安倍金山の砂金に見立てたきな粉をまぶし、さらにアレを加えているの。アレは食べてから、当ててちょうだい。いざ」
姫が一口、頬張る。目をぎゅっと閉じ、拳を握って左右に細かく振っている。ん~、なんて声も上げて、見ているこちらにも美味しさが伝わってくる。僕も食べたら、こうなっちゃうのかな。ちょっと恥ずかしかな。
僕も一口、安倍川餅を口に入れた。
軽く炒った大豆の豊かな香りに、餅の心地よい歯ごたえと柔らかさの調和した食感、そして口いっぱいに広がる甘さ。
「もしかして、アレはお砂糖?」
姫が満面の笑みを浮かべて頷く。
「当たり! そう、お砂糖がまぶしてあるの。だからこの甘さ。はぁ、しあわせ」
「お砂糖なんて貴重なんじゃない?」
「そうよ、その貴重なお砂糖を使ってるの。それにお砂糖に負けないお餅ときな粉の質。これを合わせて食べさせるこの陽亀堂は、画期的なの」
「姫が熱を入れるのも解る。おいしいね」
「そう言って貰えて嬉しいわ。あっ、次のお餅に行く前に、もう一度お茶を飲むのよ。その方が、お茶の苦みでお餅の甘さが引き立つから」
姫に流儀(?)を教わりながら、安倍川餅を完食した。途中途中に飲んだお茶は、相変わらず苦かった。
「ねぇ、姫。食べちゃってから言うのもなんだけれど、これって結構高くない?」
「ええ、いい値段するわよ。けれど気にしなくていいわ。こういうのを逃さないために、わたしは普段から貯めているから。それに今日は、セイを歓迎するために駿府の町まで来たのだから、全部わたしに任せておいて」
「うん、ありがとう」
「それでいいわ。では、お腹も膨れたし、お参りに行きましょうか」
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




