5章 初陣 1 駿府の町(2)
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駿府の町は、朝比奈の屋敷の南西にある。
屋敷の西門を発つと、そこには田園風景が広がり、田には作物が植えられている。葉の形と季節からすると、麦のようだ。
田の一画では、男たちがせっかく生えた麦の若葉を、せっせと踏みつけている。
姫に止めさせた方がいいんじゃない、と聞いたら、不思議がられた。と言うのは、あれは麦踏みという歴とした農作業で、麦踏みをすることによって寒さと風に強くなるんだって。
改めて違う国にいるのだと思い知った。
そのようなことを話している内に、大きな街道に出た。東海道だ。
街道の両脇には柳の街路樹が列をなし、僕たちを駿府の町へと誘う。冬なので柳の木は葉をまとっておらず、太陽の光が柳の枝を通って道行く人を暖める。
東海道は人通りが多い。中でも旅人が多く、みな連れ立っておしゃべりをしながら過ぎ去っていく。その表情は明るい。
僕は姫に連れられ、駿府へ向かう人の流れに入った。
田園の中を進むこの街道は、駿府の町を越えて進むと京の都まで続いているという。
遮るものがないので、ここからも駿府の家々の屋根が連なるのを見てとれる。右手の先には木々に囲まれた建物が見え、近いのが先宮神社、遠いのが熊野神社だそうだ。
少し歩くと、東海道を横切る川が現れた。
その橋の手前には侍たちがいて、旅人を誰何したり、荷物を検めたりしている。
僕と姫は、それを待つ旅人の列に並んだ。
「セイ、何と名乗ればよいか覚えているかしら?」
「うん、大丈夫だよ。まかせて」
順が進み、僕の番が来た。
「出身と名を名乗れ」
係りの若い侍が問うた。
「アガパーニ村のセイと言います」
「アガパーニ? 聞かぬな」
「うん。とても遠いから。今は、朝比奈左京亮殿のところに身を寄せています」
「左京亮殿の御家中の方か?」
「うーんと、客人ってことになってるかな」
「これは失礼しました。そちらのお連れの方は?」
「わたしは冬青、朝比奈備中守の娘よ」
「重ねて失礼仕りました。どうぞお通り下さい」
恐縮した若い侍は、そう言って僕たちを通した。その時、奥の方から年配の侍が声をかけてきた。
「これは、冬青姫様、ご機嫌麗しゅう。セイ殿も、数日前とは見違えるほど元気になられたようで、何よりでございます」
「あれ? 僕、会ったことあったかな?」
そっと姫に聞く。
「ええ、あるわよ。前に駿府の町に来たじゃない。一月の日数を聞きに。その時にも、ここを守っていたわよ。会ったのはその時ね」
「そうなんだ……」
確かに僕は、駿府の町に来たことがあるはずだ。あの時は帰ることで頭がいっぱいで、どこを通ったのか、どのような町だったのか、誰と会ったのか、全然覚えていない。
「今日もまた聞き込みで?」
年配の侍は僕を気にするでもなく尋ねた。
「いいえ、今日は、セイに駿府の町を紹介しようと思ってね」
「そうでございますか。駿府の町は我らが守っておりますゆえ、ごゆるりとお楽しみください。ささ、引き留めてしまい申し訳ありません。どうぞ、お進みください」
「そんなことないわよ。お役目ご苦労さま」
年配の侍と別れると、僕たちは駿府の町へと入った。
街道の左右には宿屋や茶屋など多くの店が並んでいた。それぞれの店の前には呼び込みがいて、声を張り上げている。
「すごいね。賑やかだね」
「まだ、ここは入口よ。お店も旅人相手が主だし、目的はもっと町の奥だから、呼び込みに連れていかれないように、しっかりと付いてきてちょうだいね」
「うん」
連れていかれると聞いて、気を引き締める。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




