4章 世の理、人の理 4 糸を引く者(2)
「待つんだね。分かった。けど、焦れったいね」
「そうであるな。確かに焦れったい。そうだ。いい機会であるからセイに今川家とその周りの大名について話しておこうか」
「黒幕がいる可能性があるところだね」
「そうだ。だがその前に、今川家から。当主は氏真様。普段は御屋形様と呼ばれておる。セイは一度会っているのだが、覚えているか?」
僕に会いに来た人は限られる。そうすると……
「もしかして藤色の服を着た、すらりとした人?」
「おっ、覚えておったか。そうだ。そのお方が御屋形様だ」
「そうだったんだ。僕には御屋形様というよりは部下……ん~ん、友達が近いかな、そういう人が来たのだと思ってたよ」
「あら、セイって思ったより勘が鋭いのね。実は……」
そう姫が言いかけたところで、若さまは姫を手で制した。
「志麻、セイを混乱させるようなことを言うでない」
姫は目線をすっと逸らすと、なぜか笑いを堪えている。もしかしたら、僕の勘は全然違ったのかな。
「セイ、お前さんの勘違いだ。その時は言葉が通じなかったのだから無理もないがな。あのお方こそ、我らの主君であらせられる御屋形様に間違いない」
「じゃぁ、しっかり覚えておいた方がよさそうだね」
「そうであるな。しかと覚えておいてくれ。そして実はもう御一方、御屋形様がおられる。氏真様の父君にして、先代の当主の義元様だ。御二方とも御屋形様なのだが、不便なので義元様のことは普段は太守様とお呼びする」
「氏真様が御屋形様で、義元様が太守様なんだね」
「うむ。御屋形様は俺と同じ年だから二十三歳、太守様は四十前半であられる。御屋形様は結婚されていて、御前様は後で言う北条家出身だ」
「御前様ってどういう意味?」
「身分の高い人の夫人のことだ。つまり、この場合は御屋形様の妻ということだな。志麻の一つ下だから、御年は十四歳であられる」
「僕と同じ年齢で結婚かぁ、僕には全然想像できないや」
「そうであるかもしれぬな。こういうことは自分の身に起きぬ限り、想像は難しいのかもしれぬな」
「そうだね」
「さらにもう御一方、知っておかねばならぬ御方がおられて、寿桂尼様と言う。昨年、沓谷の龍雲寺に居を移されたので、沓谷の大方様とも呼ばれる。御屋形様の祖母、太守様の母だ。寿桂尼様は今川家の精神的支柱で、当時の御屋形様とともに、今川仮名目録をお定めになられた女傑だ」
「覚えておかないとなのは、御屋形様、太守様、御前様、それに寿桂尼様だね」
若さまが大きく頷いた。
「では次に今川の領国について説明しよう。今川家の領国は、ここ駿河、その西の遠江、さらに西の三河の三ヶ国だ。駿河が元々の領国、遠江、三河は勢力を広げて組み入れた土地だ。西に行けば行くほど、支配力が低い。三河では数年前に反乱も起きた。今は今川家の力が強いから従っているだけ、という者もおる」
「一枚岩になっていないんだね」
「その言葉は正鵠を得ているな。太守様と御屋形様の求心力で、何とかまとまっているに過ぎぬ。それが今川家の最大の弱点だ」
「太守様か御屋形様に何かあったらバラバラになっちゃうかも、ってことだね」
「そういうことだ。もう一つ、これも似たようなことだが、今川家の御一門衆の結束が弱いことも弱点の一つだ。今から三代前の家督相続では、宗家と有力一門が争い戦になった。太守様が家督を御継ぎになる時には、兄弟で刀を交えておる。さらに、遠江の今川家の分家は、宗家を軽視しがちだ。これがもう一つの弱点だ」
「一族の結束が弱いのがもう一つの弱点なんだね」
「次に周辺の大名だな。今川家の領国は三つの大名に囲まれておる。東の北条家、北の武田家、西の織田家だ。ちなみに南は海だ。そして、今川家は北条家と武田家と同盟を結んでおる」
「じゃあ、敵は織田家だけなんだね」
「そうだ。この同盟こそが今川家最大の強みだ。同盟を結んだから領国を西に広げられた、とも言えるほどだ」
「黒幕は織田家かな?」
「判らぬが、その可能性は高いと思うぞ。だが織田家が黒幕であれば、駿府構の御屋形様を狙うのが普通で、うちを狙った理由が説明できぬ」
「まだ謎は多いんだね」
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




