4章 世の理、人の理 4 糸を引く者(1)
4 糸を引く者
十兵衛殿から知らせが届いたということで、姫と僕はまた、若さまに呼ばれて母屋の一室に集まっていた。
四畳半ほどのこじんまりとした部屋で、書が一幅掛けられてる他は飾り気がない。おそらくは、密談のための部屋なのだろうと予想している。
若さまはいつものオレンジ色の素襖ではなく、深い緑の素襖を着ている。いつもの素襖よりも刺繍が細かい。一見して晴れ着なのだと判る。もしかしたら、これから出かけるのかな。
「先ほどのことだが、十兵衛から報告が来た。居場所が特定できたそうだ」
「順調にいっているようで、何よりだわ」
「うむ。賊は江尻湊の近くの長屋に入った、とのことだ。十兵衛の見立てでは、そこは賊のたまり場ではなく、単に女のところに転がり込んだだけのようだな」
「さすがに警戒しているわね。すぐに一味のところには行かなかったのね」
「その様だな」
「江尻湊はここから東に一里と半よね。更に東の方に賊の根城があるのかしら?」
「どうであろうな。追手があることを警戒して、あえて逆の方に行ったとも考えられる」
「そうね。そうも考えられるわね。江尻湊なら久能街道を使えば駿府を避けて西にも行けるものね」
「うむ。駿府と東海道筋は、御屋形様の命で兵が出され、厳重に守られておる。しかし他の街道や村は、そうはいかぬからな。賊にもそれは予想できよう」
「逃がした賊は元々駿河の者だったのか、そこそこ地理感のある他国の者だったのか、兄さまはどちらだと思います?」
「駿河の者だな」
「ええ、わたしもそう思うわ」
「ねぇ、なんで判っちゃうの?」
二人して納得しているけど、僕は置いてけぼりを食らって思わず聞いた。
「そうねぇ」
姫が自分の頬を人差し指で軽く叩く。
「セイには難しかったかもしれないけど、捕らえた賊たちの言葉は皆、訛っていないきれいな駿河の言葉だったわ」
「全然気づかなかったや。通辞の魔法じゃそこら辺は無視されちゃうから」
通辞の魔法は、全く知らない言葉でも、しっかりと翻訳してくれる。けれど、訛っている言葉でも、ガシュン語の北部方言、つまり僕が普段話す言葉に変換されてしまう。なので、通辞の魔法越しに訛りを聞き分けることは出来ない。
「有能な忍びの中には、その土地の言葉を自在に操る者もいるのだけれそ、それにしても上手すぎるわ。これと江尻湊のことを合わせれば、駿河の者で間違いないわね」
「その人が駿河の人だと判るとどうなるの?」
「実は、何かが確定する訳ではないわ。むしろ可能性は広がったくらい。賊の雇主、つまり黒幕が他国の大名だけでなく、今川領内の何者かかもしれないのよ。兄さまは、どうお思いです?」
「同感だ。今回のことは諜報ではなく襲撃だ。他国の大名であれば駿河で雇い入れず、子飼いの者を使えばよいだけだ。駿河で雇い入れることがないとは言わぬが、回りくどいと感じるな。逆に駿河の何者かが黒幕だと考えれば、駿河で雇い入れるのが普通であろうな」
「そうですわね」
「それは、結局、何も分からなかったってこと?」
「いいえ、先ほども言ったとおり、可能性が広がったことが分かったのよ。想定外が減ることはいいことだわ」
「そういうものなんだ。難しいね。ねぇ、ところで、これからどうするの?」
「待ちよ」
姫がサクッと答える。
「相手が動くまで泳がすのよ。ね、兄さま」
「おう、我らには時間がある。急がなくとも問題ない」
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




