4章 世の理、人の理 3 脱獄(3)
立ち上がりかけた若さまは、姫の一言を聞くと、もう一度座り直した。
「志麻、お前さん、自分で追跡するつもりか?」
「兄さま、任せてちょうだい。きっと賊の仲間の居所を突き止めて見せるから」
姫が自信満々に、きっぱりと言い切る。
「いや、それは、まずかろう」
若さまも引かない。
「僕も姫と一緒に行くよ。だから若さま、姫の護衛は任せてよ」
「志麻、セイ。そうではないのだ。志麻、お前さんは目立つ。俺もそうなのだが、市井、町人や村人の中で生活している訳ではない。だから変装しようが、どうしても浮いてしまう。加えてセイがおったら余計に目立つ。噂が立つのは確実だ。それでは務めは果たせんだろう」
若さまの言うことは、理に適っている。それは僕にも分かる。けれど、魔法の羽根を見ず知らずの他人に渡すことは不安に思う。
「若さま、僕はなるべく他人に魔法を知られたくないんだ」
「前にもそのようなことを言っておったな」
若さまは腕組みをしながら、僕の目を見て頷いた。
「魔法は強力だから……」
「魔法は強力だから逆に恨まれもする、だったか」
「うん、だから追跡は姫と僕とでやりたい」
「しかしな、うーん、しばし待て」
そう言うと、若さまは難しい表情を浮かべて考え出した。
しばらくして姫が口を開いた。
「兄さま、十兵衛にやって貰うのはどうでしょう?」
続けて姫は僕に向き直って問う。
「どうかしら、セイ。十兵衛に魔法のことを説明するのはいけないかしら?」
十兵衛殿は、僕が急に大火傷から回復したのを知っている。何より十兵衛殿は僕の命の恩人だ。いつかは説明しなければいけないと思っていた。
「うん、十兵衛殿ならいいよ」
僕と姫の視線が若さまに向けられる。
「決まりだな。十兵衛にやって貰おう。十兵衛であれば市井に紛れることは容易だ。口も堅い」
早速、十兵衛殿が呼ばれた。
「十兵衛、お召しにより参上仕りやしてございやす」
襖の外から十兵衛殿の声がする。
「おう、入ってくれ」
若さまの声を受けて襖が開く。十兵衛殿と目が合った。十兵衛殿は、はっとした表情を浮かべたけれど、何も言わず進み入り、入口の近くのところに座った。
「十兵衛、お前さんに頼みたいことがある」
「へいっ、何なりとお申し付けくださいやす」
「うむ。実はな、今日の夜に、先日捕まえた賊の一人が逃げる。それを追跡して、一味の居場所を掴んで欲しいのだ」
「逃げるでやんすか?」
「正確には逃がす、だがな。どうだ?」
「へいっ、もちろん、若様の命であれば喜んでこの十兵衛、やらせていただきやす。しかしでやすが、先日、姫様の御供をして、賊共に姿を見られ、声を聞かれていやす。あっしでよろしいんでございやしょうか?」
「あぁ、賊を一喝して六角棒で突いたのであったな。だが、編笠で顔を隠していたであろう?」
「へいっ、隠しておりやした」
「それにな、今回は標的の賊に近づかなくともよいのだ」
「近づかなくていいでやすか。と言いやすと……」
「この羽根が逃げた賊の方角を示すことになっておる」
若さまは、鳩の羽根をつまんで十兵衛殿に見せた。
「へぇ……」
十兵衛殿は全く何を聞かされているのか分からない、という風に、口を開けてぽかんとしている。それはそうだよね。鳩の羽根はまだ魔法をかけられていない。本当にただの鳩の羽根なんだから。
「兄さま、もっと順を追って説明しないと。十兵衛が混乱しているわ」
若さまは忘れていたとばかりに頭を掻いた。
「そうだな。一から話そう」
若さまは、僕が魔法使いであること、魔法で体を治したこと、若さまと姫が実際に僕が魔法を使っているところを見たこと説明した。
十兵衛殿は、終始、困惑の表情を浮かべていたけれど、へいっ、へいっ、と相槌を打って、何とか飲み込もうとしていた。
「それでだな、セイは魔法のことをあまり他人に知られたくない、と言っておる。そこで十兵衛、お前さんに白羽の矢が立ったのだ。信じきれぬのは当然ではあるが、やってはくれまいか?」
「若様を信じないなど、滅相もないことでございやす。やらせていただきやす」
「よし、頼んだぞ。今日これで休んで、また夜に俺のところに来てくれ」
「へいっ、承知しやした」
そう言って十兵衛殿は部屋を退出していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜、十兵衛殿は僕から魔法をかけられた鳩の羽根を受け取った。その宙に浮かぶ羽根を見せて、初めて、十兵衛殿から完全に信じてもらえたようだ。もう不安の表情はない。
そして夜が明けた。十兵衛殿が、朝比奈屋敷から追跡に出て行った。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。




