4章 世の理、人の理 3 脱獄(1)
3 脱獄
ドスッ、と何かが足に当たった感覚で、茂吉は目を覚ました。
隣で寝ている奴が俺の足を蹴ったようだ。とりあえず蹴り返しておいたが、起きやしない。とんまの野郎だ。
くそ、胸がまだ痛ぇ。昨日、じじいから突きを喰らったのだ。あいつだけは許さねぇ。次、見つけた時には、絶対ぶっ殺してやる。
茂吉がいる牢は三方が板の壁で塞がれ、前面に格子が組まれている。奥の壁の天井近くには小さな明り取りがあり、こちらにも格子が嵌められている。
松明が一本、床几に座った見張りの隣に挿されている。さして明るくもないのだが、火が消され明り取りにだけ頼る昼間より逆に明るく、時間感覚が狂っていく。
よく見ると、見張りの男がやけに前かがみになっている。
――けっ、寝てやがる。いい気な野郎だ。
茂吉はおもむろに起き上がると、音を立てぬよう細心の注意を払って牢の出入り口に近づいた。
出入口も木の格子で作られ、胸ほどの高さがある。その出入口は外から閂が掛けられ、閂は錠で固定されている。
茂吉は格子の間からぬっと両手を出すと、錠の状態を調べだした。
――ん!?
動く。錠が完全に嵌められておらず、鍵がかかる直前までにしか掛け金を差し込んでいなかったようだ。
本当に、どいつもこいつもとんまな野郎ばかりだ。
茂吉は音が鳴らないよう、ゆっくりと錠を外し、続いて閂も外しにかかる。冬だというのに汗が噴き出そうだ。たっぷり時間をかけて、閂を外すことに成功した。
出入口を押すと、静かに、ゆっくりと開いていく。
茂吉は急いで仲間の許に戻ると、仲間の体をゆさゆさと揺らした。
ところが、どいつもこいつも起きやしねぇ。終いには寝言を立てる始末だ。
こんなとんまは放っておいて、さっさと逃げるに限る。
茂吉は牢の外に出た。
何か武器が欲しい。見張りは刀を帯びておらず、手には六角棒を持っているが、さすがに触ったら起こしてしまうだろう。
仕方ないので、閂を手にして地下牢の出口に向かう。足音を立てぬよう慎重に歩みを進めた。出口に着くと、首を伸ばして外の様子を窺う。
誰も見当たらない。
茂吉はついに地上に出た。
四方を見渡すと、建物の影が一つ、その両側は低い垣根のようだ。残る一方は高い塀が続いている。高い塀は、この屋敷に侵入するときに越えた、外との境の塀だ。
腰をかがめてゆっくりと塀に近づく。早くこの屋敷からはおさらばしたい。今は逃げるが先決だ。
塀の近くまで進んだ時、ゴツンと何かを蹴っ飛ばした。
よく見ると竹槍だ。長い。身長の三倍もありそうな長さだ。
茂吉は、ひょいと拾い上げて思案する。
長すぎてここでは扱いにくいが、これで門を突破しようか。
いや。茂吉は閃いた。この長さがあれば、堀を水につからずに越えられる。門を突破するのではなく、ここから直接、塀と堀を越え、逃げられはしまいか。
茂吉にとって、塀を越えること自体はさして難しいことではない。問題は堀だった。水に漬かればさすがにこの寒さ、すぐに暖を取らないと凍えてすぐにお陀仏だ。
その問題を、茂吉は知恵で解決した。
早速、茂吉は竹槍を器用に使い、塀を登り始めた。あっと言う間に上り終えると、竹槍を堀にさして一気に越えた。
着地の勢いで体が前に一回転した。胸に痛さが走るが喜びが勝る。
ははっ、してやったりだ。
茂吉はニヤリと笑みを浮かべると、夜の闇の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝比奈屋敷に二基ある櫓の、その一つの上に、二人の影があった。
「行っちゃったね」
「行ったわね」
「見えた?」
「ええ、お月様が出ているから、人影くらいは注意すればわたしにも見えるわよ。堀を飛び越えた時、前に転んだでしょ」
月は上弦の月と満月のちょうど中間の太さで、雲のない南の空に浮かんでいる。
「うん。転んでた」
「うまくいってよかったわ」
「気付かれなかったみたいだね」
「ええ、そう思うわ。どう? 仕掛けの方はうまく動いているかしら?」
「うん。大丈夫。しっかり動いているよ。ほら」
そう言って出された手の上には、鳥の羽根が浮かんでおり、羽根の付け根が逃げた男の方角を指している。
「完璧だわ。では、兄さまに報告に行きましょうか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。