4章 世の理、人の理 2 生きるということ(3)
「ねぇ、姫。こちらでは、戦争の人集めだとか、捕虜の尋問みたいなことを、女の人もするの?」
「ない訳ではないけれど、あまりする人はいないわね」
「じゃあ、どうしてやろうと思ったの?」
「そうねぇ……。わたしは朝比奈の家に生まれたわ」
「うん」
「他の人よりいい生活をしてもいるわ」
「そうだね」
「わたしのために働いてくれる人がいて、わたしのわがままを聞いてくれる人もいるわ」
「十兵衛殿や若さまのことだね」
「ええ、そして目の前には戦国の世があり、戦のない世を求める人たちがたくさんいるわ」
「うん」
「わたしにはそれをどうにかする可能性が、ほんの少しだけれど、確かにあるわ」
何となく分かってきた気がする。僕の恩返しと同じように、これが姫のやらなければならないことなのだ。
「その機会を活かして戦国の世を終わらせることが、姫のやらなければならないことなんだね」
姫は人差し指を頬に当てて、しばらく宙を見ていたと思うと、ゆっくりと答えた。
「どうかしら? それはわたしが、必ずしもしなければならないことではないと思うわ」
「そうなの?」
「武家の娘の役割は、他家に嫁して家と家との結びつきを強め、団結を作ることよ。戦うこと自体は、当然に求められている訳ではないわ」
「戦国の世を終わらせる責任って誰にあると思う?」
「広い意味では武家の者は、皆、負っているでしょうけど、直接的には公方様や御屋形様でしょうね」
「じゃぁ、何で姫はそれをやろうとしているの?」
「やりたいからよ」
「義務じゃなく、やりたいから?」
「ええ、わたしは誰かにやらされているんじゃなくて、わたしがやりたいのよ。わたしの手で戦国の世を終わらせたいの。わたしが生まれるずいぶんと前から、もう百年も戦が絶えないわ。ならば、わたしの手で終わらせたって、誰にも文句は言われないわよ」
僕にはやらねばならないことしかないけれど、姫にはやりたいことがある。僕の二歩も三歩も前を姫は進んでいるように、僕には思えた。
手伝いたい。
そう感じた。僕にはそれが義務感からなのか、そうしたいからなのかは、相変わらず分からないけれど、それは、僕には明るい道標のように思えた。
「ねぇ、姫。お願いがあるんだけど……」
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。
誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。