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4章 世の理、人の理 1 月は照らす(3)

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その後、若さまは仕官の話をせず、姫の昔話をしてくれた。


 一つ目は五歳の頃のこと。桜の花をとても気に入ったからと言って、木ごと持ち帰りたいと駄々をこねたという話。


 二つ目は八歳の頃のこと。今度は柿を気に入り、たくさん食べたいと種を庭に植え、実が成るのを待ち続けているという話。まだその柿は実をつけていないそうだ。


 その他にも、三年前、近くのお寺に女房狂言の一座、つまり女性の芝居(しばい)の一座が来た時の話も聞いた。姫はその狂言を見て、すごく衝撃を受けたらしい。しばらくは、狂言師になろうかと真剣に悩んでいたそうだ。


 どれも姫の口からは決して聞けそうにない話ばかりで、あっという間に時が過ぎた。


 そのような訳で、若さまの部屋を出るころにはすっかり日は沈んでいた。


「お日様がないと、廊下はやっぱり寒いわね」

 姫が襟元を押さえ、身を震わせて言った。


「そうだね。寒い。まだ、これからも寒くなるの?」

「これから、冬の終わりも終わりになるわ。そうしたらギュッと寒くなって、すぐに冬は終わりよ」


「ここは雪は降るの?」

「滅多に降らないわ。ほんのたまに風花が舞うくらいだわね。あとひと月で春だから、この冬は見れないかもしれないわ」


「あと()()()も寒いのかぁ」

「あら、セイはせっかちなのね」


「そうかな? ()()()は長いよ」

「寒いと長く感じるものよね。早く春が来ないかしら。セイ、春になったらお花見よ」


「若さまが話してくれたのにあったお花見だね。春だったんだ。僕も参加したいけど、早く王国に帰らないと。僕はここに、もう()()()もいるのだから」

藤枝(ふじえだ)長慶寺(ちょうけいじ)でひと月、この屋敷に越してさらにひと月経ったわね。そう思うと時が経つのは早いわね」


「えっ!?」


 思わず驚きの声が口に出た。僕が数えた日数だと長慶寺(ちょうけいじ)()()、この屋敷でも()()だ。合わせて()()()のはずだ。


「ねぇ、姫。僕はそんなに、ここにいたの? お寺で()()、ここで()()じゃないの?」

「セイを見つけた日のことは、よく覚えているわ。雪斎(せっさい)様の月命日(つきめいにち)の次の日だから、十一月十一日であっているわ」


「ちょっと待って、十一月って! 十一月なんてないでしょ。一年の終わりは六月だよ」

「こちらの一年の終わりは十二月よ。一年はだいたい十二か月。お月様が十二回満ちて欠けるわ」


「十二回満ちて欠けたら二年になっちゃうよ。季節だと二回繰り返しちゃう」


 姫が怪訝(けげん)な顔で、確かめるように言う。

「お月様が十二回満ちて欠けたら、季節が一巡するわ。セイ、あなたの国では、お月様は何日で満ちて欠けるの?」


「そんなの六十日に決まっているよ。当たり前でしょ?」

「いいえ、三十日よ」


 血の気がすっと引いていく。


「僕の国では聞いたことがないけれど、こちらでは場所によって変わったりするの?」

「いいえ、そんなことはないわ。どこでもお月様の満ち欠けは三十日よ。これは天の(ことわり)だわ」


「どういうことなの? ねぇ、姫、これはどういうことなの?」

「今、思い出したわ。わたしのお師匠が、セイは異なる世界から流れ着いたと言っていたわ」


「異なる世界……」

「ええ、そう。この世ではない世界よ」


「歩いても、馬に乗っても、船に乗っても、飛んで行っても、王国には帰れない?」

「お師匠は、こちらから向こうへ帰ったなんて話は聞いたことがない、と言っていたわ」


 僕も聞いたことがない。異なる世界へ行って帰ってくる話や、そんなことが出来る魔法も、聞いたことなど一度もない。


「姫……、僕はどうしたらいい?」

 姫は僕の問いには答えず、ただ首を横に振った。


「セイ、あなたは混乱しているわ。疲れてもいるわ。今日はもう休みましょう。ご飯も食べなきゃだめよ。明日、町に行ってみましょう」


 姫はそう言うと、そのまま僕を離れの部屋に送り届けた。食事はほとんど喉を通らず、横になっても眠れる訳もなかった。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 明くる日、姫に連れられて駿府(すんぷ)の町に出た。


 商店が軒を連ねる大きな通りを、隅から隅まで話を聞いて回った。安倍(あべ)川という大きな川の支流、水運で荷物を積み下ろす岸で働く男の人たちにも聞いて回った。


 ()たして、誰一人として王国を知らず、皆、月は三十日で満ち欠けし、一年は十二か月だと口を揃える。


 藤枝(ふじえだ)長慶寺(ちょうけいじ)でも、朝比奈(あさひな)家の屋敷でも、この駿府(すんぷ)の町でも、知らないものばかりなのはそういうことだったのだ。


 僕は決して帰れない。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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