4章 世の理、人の理 1 月は照らす(2)
姫の後に付いて行くと、母屋の一室に通された。すでに泰朝は部屋の奥に座って待っている。
「よう来てくれた。どうだ? その後、志麻から話は聞いたか?」
「うん、聞いたよ。侵入した賊は、少なくとも十二人だね。八人が死んで、四人を捕まえた。手引きをした賊もいたはずだから、賊は全部で二十人を超える数になる、で合ってるかな?」
「そうだ」
「狙われていたのは、若さま、姫、遠中殿、殿さまだね」
殿さまとは、姫の父親の朝比奈備前守泰能のことだ。
「警護の人たちの詰所の出入り口に釘が打ち付けられて、出られなくなっていたんだよね」
「そうだ。だから誰も駆けつけてこなかった。と言うても、その時は皆、泥酔しておった様だがな」
「いなくなっちゃった人に、お酒を貰ったんだよね」
「いなくなったのは佐平治という奴だ。もともと間諜として潜り込んでいたことは、間違いないだろう」
「その佐平治って人は、どこに行っちゃったか、分かっているの?」
「いや、分からぬ。逃げた手引きの賊も含めて、分かっておらぬ。夜の追跡はそれほど難しいのだ。今、捕まえた者どもを厳しく尋問しておるところだ」
厳しく尋問。まさかただ聞いているだけではないよね。普通に考えて。それはこちらの国でも違いはないだろうな。
セイは背中にすうっと、寒気が通った。
「こちらでは、家が襲われたりすることはよくあるの?」
「駿河では少ないな。ここは今川家がしっかり押さえておるからな。だが、敵対する大名同士の境目の地域は多い。戦の後などは悲惨だ」
「場所によって違うんだね」
「左様。場所によって違う。大名家の力関係が変われば、危険な場所も変わる。そう、今日、セイを呼んだのは、この国の現状を知って貰おうと思ってだ」
「現状?」
「そうだ。知っておかねば、何をするにも困るだろう」
「そうだね。若さまお願いします」
そう言って、僕はちょこんとお辞儀した。
「まず、この国の都には天子様がいらっしゃる。天子様は天皇や帝ともお呼ばれになる」
「その天子様が一番偉い人なんだね」
「そうだ。最も高貴なお方である」
「その天子様が政治をやっているんだね」
「いや、天子様は官位を授けたり、仲介のようなことはなさるが、直接政治をなさったりしない」
「じゃぁ、誰が政治をやっているの?」
「都には公方様がおられる。公方様とは征夷大将軍のことで、全ての武士の棟梁、言い換えれば全ての武士の統率者のお方だ」
「じゃぁ、その公方様が政治をやっているんだね」
「本来はそうあるべきなのだが、公方様の号令に常に従う大名はほとんどいない」
「それだと、政治は出来ないね。じゃぁ誰が政治をやっているの?」
「天下に号令を掛けられる者はおらぬ。ただ、大名がその領国でバラバラに行っておる」
「それって、まずいんじゃないの?」
「そうだ、統べる者がおらぬゆえ、至る所で戦が起きておる」
「そうなんだ」
こちらの国も、王国と同じく戦いの最中なのだ。こちらはゆったりとして平和とばかり思っていたから、それを聞いて、持って行き場のない打ちのめされた気持ちになる。
「今川とて朝比奈とて、自らの故郷、自らが育ち慣れ親しんだ土地を守りたい。強い大名にならなければ、守りたいものも守れぬ。そういう訳で、戦える者、強き者は常に求められておる。どうだ? 王国とやらに帰る見通しが付くまで、俺に仕えぬか? セイの力があれば心強い。もちろん、無理強いはするつもりはないぞ」
「僕は、あの……えっと……」
こちらに来てまだひと月の僕に、故郷を守るために戦う、と言われても、自分のこととしてピンと来ない。
王国では故郷、自分の仲間・家族を守るために戦ったけれど、故郷は蹂躙された。
期待されているのは分かる。その期待に応えたくない訳ではない。けれど、ずんとのしかかる重しのような物が胸の奥にあるようで、言葉が口に出てこない。
「セイ、すまぬな。無理を言ったようだな。大丈夫だ。分かっておる。こちらの生活にも慣れておらぬセイに、我らの故郷のために戦ってくれ、と言うても、土台無理な話であったわ。なに、今川は強い。太守様は東海一の弓取りの異名を馳せるほどの戦上手。我らだけでも十分に領国は守れる」
「ごめんなさい」
僕には、これしか言えなかった。
「気にするな。そもそも人は、目的もなく戦えはせぬものだ。それと忘れてくれるなよ。朝比奈はセイに借りがある。セイが自分の国に帰れるよう、朝比奈は協力を惜しまぬ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。
誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。