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3章 夜襲 3 志麻の国、セイの国(3)

「うちねぇ、朝比奈(あさひな)家は数百年前からこの駿河(するが)の国に根を張っている武士の家だわね。もっと(さかのぼ)ると、京の都にいる藤原氏という大貴族に連なるわ」

「すごいんだね」


「う……ん。期待させてしまったようだけど、うちの様な都の藤原家から遠く枝分かれしてしまった家は、当の藤原家から同族だと認識されているか、だいぶ怪しいわ。いえ、ほぼ確実に知らないと思うわ。そういう訳で、うちみたいな家格の家ならば、日本中にいくらでもあるわよ」


「貴族ではないの?」

「ええ、そうね。貴族というのは位階という身分の序列で五位以上のことを言うのだけれど、うちは無位(むい)なのよ」


無位(むい)だから貴族ではないんだね」

「その通り。うちは武家、武士の家だけれど貴族ではないわ。そうね。主人である今川(いまがわ)家の御屋形(おやかた)様は五位以上のだから貴族ね。そう、主人は貴族で家臣は無位(むい)が普通かしら」


「難しいんだね」

「そうね。そうかもしれないわね」


今川(いまがわ)家の家臣だと言ったけれど、どのくらいの家臣なの?」

今川(いまがわ)家の家中での序列ってことね。すると次席家老(じせきがろう)かしら。つまり二番目になるわ」


「こっちは高いんだね」

今川(いまがわ)家に仕える朝比奈(あさひな)家はいくつかあるけれど、うちは備中守(びっちゅうのかみ)家と言い分けられていて、朝比奈(あさひな)家の宗家に当たるからね」


「宗家というのもあるんだね。ヒメはなんだかんだ言ってお姫様なんだなぁ。あっ、ヒメっていうのはお姫様のことだったのか」


「今まで何だと思っていたの?」

「みんながヒメって呼ぶから、名前なのかと思っていた」


「あら? わたし、以前に志麻(しま)だと自己紹介したはずだけれど……、そうね、もう一度した方がいいわね」

「うん、教えて」


「では、まずわたしね。名前は志麻(しま)。仮の名前、通称は冬青(そよご)と言うわ。家の者からは単に姫と言われることが多いわね」


「何で仮の名前なんてあるの?」

「んー、当たり前で考えてみたことなかったけれど、本名を呼ぶのは失礼にあたるからじゃないかしら」


「そういうものなんだね。わかった。じゃぁ、僕もこれからも姫って呼んでいい?」

「ええ、そう呼んでちょうだい。続いてはこちら、わたしの母上ね」

 そう言って姫は、部屋の奥に座る白髪(しらが)の女の人を手で示した。


「皆からは遠中(とおなか)殿と呼ばれているから、セイもそう呼べばいいわ。朝比奈(あさひな)家の家政(かせい)を差配しているわ。セイをうちに連れてくるよう言ったのは母上よ」

 姫の祖母ではなくて母親だったのか。完全に勘違いをしていたようだ。


 姫にうん、と(うなづ)き返し、体を遠中(とおなか)殿にまっすぐに向けて礼をする。こちらに来てからずっと観察していた。礼はこのやり方であっているはずだ。


遠中(とおなか)殿、僕の知らないところで助けてくれて、ありがとう」

「いいわよ、セイ。情けは人の為ならず、ね」

 遠中(とおなか)殿の声はどことなく気品がある。それでいてやわらかい声だ。


「では次、こちら、わたしの母さまね」

 今度は右奥の黒髪の女の人を手で示した。


「ちょっと待って! 今、母さまと言ったよね。母上と母さま、母が二人になっちゃうよ?」

「あぁ、そうね。説明しないとね。母上は、わたしの養母で父さまの正妻だわ。そして母さまは、わたしを生んでくれた母だわ。父さまの別妻ね」


 養母と実の母。だから二人の母がいるのか。

「そうなんだ、わかったよ」


「母さまは、皆から常盤局(ときわのつぼね)と呼ばれているわ」

 常盤局(ときわのつぼね)に向き直り、先ほどと同様に礼をした。


「僕はセイって言うよ。はじめまして」

「セイよ、今朝は助かった。礼を言う」

 常盤局(ときわのつぼね)の声は、キリリとした声だ。兇賊(きょうぞく)に一撃を食らわすだけはある。


「そうね。わたしからも、もう一度お礼を言うわ。セイが来てくれなかったらわたしたち、今頃、みな殺されていたわ。ありがとう」

 そう言った姫の声は、確かに常盤局(ときわのつぼね)に似ているような気がする。


「なんか照れるよね。けど、僕もお礼が言いたい。考えなしに突入してしまったから、魔法を発動させる隙がなかったんだよね。姫が気合で兇賊(きょうぞく)の気を逸らしてくれなかったら、僕がやられていたかもしれないんだ」


「そうなの? わたしは挟撃だわ、形勢逆転だわ、って喜んで、気合を入れただけだったんだけど。棚から牡丹餅(ぼたもち)、終わり良ければ全て良し、かしら」

「そうだね」


「そうね。では次は、お(きょう)。お(きょう)の名前は知っていたわね。お(きょう)は母上の側に仕えて、身の回りのことや家政(かせい)の手伝いもしているわ。だから、家の中で起きたことなら、何でも知っているわよ」

 セイはお(きょう)に一礼をしたのち、話しかけた。


「セイって呼んで。その後、腕の調子はどうかな? 痛まないかな?」

「まったく痛みもなく、変な感じもしませんわ」


「それはよかった」

「今一度、改めてお礼を申し上げますわ」


「お礼なんていいよ。だけど、一つだけお願いがあるんだけど、いいかいな?」

「何でございましょうか」


「僕が治療したこと、僕に治療する能力があることを、秘密にして欲しいんだ」

「ようございますが、せっかくのお力、それをもって仕官もできましょうに」


「怪我をする人の数に比べて僕の魔力は小さいんだ。全員はとてもじゃないけど助けられないよ。魔力が尽きれば自分の命を削って相手に与えるしかないんだけれど、そうすると僕の寿命は縮まっちゃうし、下手をしたら僕が死んじゃう。嫌でも助ける人を選ばなきゃだけれど、選べば漏れた人に恨まれちゃうでしょ」


 そう。だから、王国では魔法使いが王府の指示なしで、勝手に人を治療することは禁止されていた。こちらでも積極的に治療するつもりは、僕にはない。ただ、命の恩人である志麻(しま)たちは別だ。命に代えても治療する。そう漠然と思っている。


「つまらぬことを申し上げました。申し訳ありません」

「いや、気にしないで」


 セイは目線を遠中(とおなか)殿たちに移し、念を押すように言う。

「と、言う訳だから、僕が治療できることは秘密にしておいてね」

 遠中(とおなか)殿、常盤局(ときわのつぼね)、姫の三人が同時に(うなづ)いた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 夜雨雷鳴と申します。


 応援、感想など頂けたら嬉しいです。画面の前で滝のような涙を流して喜びます。もしかしたら、椅子の上でクルクル舞い踊るかもしれません。


 誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?


 では、次のエピソードにて、お待ちしております。

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