3章 夜襲 2 死ぬということ(3)
僕がまとっている常設魔法が活動を再開し、体が徐々に元に戻り始める。兇賊たちは目の前の異様な光景に我を忘れ、動けずにいる。今が好機だ。
魔力を練って魔法回路に注ぐ。
セイの周りの空気が、シュルシュルと渦を巻き、一点に圧縮されていく。空気の密度の差から、それはまるで球のように見える。
次の瞬間、球が弾けて兇賊の二人は引き戸の向こうへと吹っ飛ばされた。
衝撃の魔法だ。衝撃の魔法は射程は短く、威力も魔法としては大したことがない。けれど、魔力を練る時間が短くて済む。魔法使いが使用する緊急避難の技の定番だ。
吹っ飛んだ兇賊たちは起き上がってこない。運良く気を失ったとみえる。
セイは一歩踏み出した。
重い。体がとにかく重い。体の修復は進んでいるけれど、筋力の衰えはどうにもならない。一か月もほとんど寝たきりなのだから当然と言えば当然である。
再び魔法回路を開き魔力を練る。肉体強化の魔法。一時的に魔力で筋力を増強するのだ。
セイは自らに魔法をかけると走り出した。
気絶している兇賊をしり目に廊下に出る。右に外への出口が見え、左の奥からは刀で切り結ぶ音が聞こえる。
――ごめんなさい。
右の出口に向かった。まず何よりもヒメを助けなければならない。
出口に黒い人影が見えた。もうそう距離はない。行灯の光も出口にまでは届かないから、気づくのが遅れてしまった。当然、人相は判らない。
――敵だ。
そう直感した時に、黒い影が、ビクン、と反応した。気付かれたのだ。
ところが、兇賊の動きがおかしい。何やら慌てているようだ。
その隙に一気に距離を縮め、右の拳を突き上げた。きれいに兇賊のみぞおちに入った。
兇賊は、ぐぇっ、とカエルを潰したような唸り声をあげると、どさっ、と二つ折りに倒れ込んだ。
カチン。
硬い物が地面に当たる音がした。
刀を持っていたんだ。抜かれていたら僕が地面に倒れていたかも。
相手が戦闘向きでなかったんだ。それで助かった。後方支援向きだったのかな。
倒れた兇賊から目を移し、ざっと周囲を見回す。出て来た建物から天井のある廊下が続いている。その先には建物の影がぼんやりと見える。
この暗さでは兇賊が潜んでいても判らない。けれど、魔法使いには関係のない話なのだ。
新たな魔法回路、暗視の魔法を発動。
視界がみるみる昼のように明るくなる。
――!
新たな兇賊が、すでに渡り廊下の半分、距離にして十歩のところまで近づいていた。手には抜き身の刀。素手で立ち向かっては危険だ。
素早く足元に倒れ込んでいる兇賊から刀を奪う。この国の刀を手にするのは初めてだ。と言っても、刀のような物はどこの国でも基本的に同じはずだよね。
ん?
刀を鞘から引き抜こうとしたけれど抜けない。強く引っ張ても無理だ。この兇賊が焦っていたのはこれのせいだったんだ。
仕方なく鞘のまま刀を構える。どう戦っても鞘のままの刀と抜き身の刀ではこちらが不利だ。
兇賊が残り八歩のところまで近づいている。
威力のある攻撃魔法は魔力を練るのに時間がかかる。その間は隙だらけになる。今、使うにはリスクが高い。
と、なれば使えるのは衝撃の魔法だけ。すぐに魔力を練って魔法発動の準備を整えた。
衝撃の魔法は射程が短い。せめて五歩以内まで近づいていなければ効果に乏しい。
一歩。兇賊が歩みを進めた。
また一歩。よし、あと一歩で衝撃の魔法の威力圏内だ。
………………。
兇賊の足が止まった。
…………。
……。
もう。こっちは早くヒメを助けに行きたいのに。何かに感付いた? 勘が良すぎるよ。
止まって魔法を発動するよりも、動きならが魔法を発動する方が当然、技術的に難しい。なるべく待ち構えて魔法を使いたいけれど、これでは埒が明かない。
セイは意を決めた。ビュッ、と跳躍して衝撃の魔法を発動する。
浅い!
兇賊は吹っ飛び仰向けに倒れたものの、まだ意識はあり、立ち上がろうとする素振りを見せた。
セイは慌てて兇賊まで駆け寄ると、鞘の刀で無我夢中に兇賊をタコ殴りした。
気が付いた時には、兇賊は白目をむいてぐったりしている。
「僕は物理は苦手なんだ。どうだ」
セイは肩で息をしながら、つぶやいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
夜雨雷鳴と申します。
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誤字脱字もあったら教えてください。読み返すたびに必ず見つかるんですよね。どこに隠れているんでしょう?
では、次のエピソードにて、お待ちしております。